第8話 祝儀

「あら、巴。来たの。いくらあなたでも、さすがに来るとは思わなかったわ」

 巴が参上すると、山吹は心底驚いた様子を見せた。山吹の声には、驚きを通り越して、呆れさえ見える。

「何の、ご用でしょうか」

 自分で呼んでおいてそれはないだろうと、巴は思った。思ったが、それを表には出さないよう注意を払い、用件を聞いた。

 巴とて、できれば山吹に会いたくはなかったのだ。だが、この時期に対面を避ければ、いらぬ勘繰りを呼ぶことになりかねない。だからこうして、呼出に応じた。

「冠者殿と、私の婚儀が決まったの。もう、知ってるかしら」

「先程、兄から聞きました。おめでとうございます」

 祝辞を述べたはずのその声に、感情を込めることができなかった。

「それじゃあ、話が早いわ。お祝いしてくれるって、言ってたわよね」

 明るい声だった。慕っている相手との婚儀に、心が弾むのも無理はない。しかし山吹の声は、不自然な程に明るい。何かを、覆い隠そうとしている。

「それは、もちろん……」


 山吹の言う「お祝い」とは、祝辞を述べることではないだろう。では、祝宴への列席だろうか。否、それは無理だ。いくら武芸が男子に劣らぬといっても、巴は女子。宴席では手伝いに駆り出されるから、顔を出すことはあっても、正式に席に列なることはできない。それは、山吹とて承知のはずだ。


「私ね、欲しいものがあるの。巴にしか、できないことよ」

「何でしょうか」

 一体、何だろうか。巴は訝しんだ。自分が持っていて、彼女が持っていないものといえば、弓矢に刀、馬具、漢籍くらいしか思いつかない。しかし、それらを山吹が欲しがるとは思えないし、巴でなくても用意ができる。身の回りの調度品や衣などは、彼女の方が、よほど気の利いたものを使っている。

 物では、ないのかもしれない。そう考えが及んだ時、山吹の唇が、巴の最も望まない形に動いた。


「山吹殿は、何と」

 重い心を引き摺ったまま、用意された部屋に下がった巴を、兼光が待っていた。兄の顔を見た巴は、話が途中であったことに気付いた。呼び出されたのは、ほんの数刻前のはずだが、兄と話していたのが、もうずっと前のように感じる。それだけ、山吹との対面は、巴を疲れさせていた。

「特には、何も……」

 巴は、上手く言い繕う言葉も見つからず、ただ曖昧に返した。

「言いたくないなら、無理に話せとは言わんが……山吹殿のことだ。冠者殿とのことで、何か言われたのではないか」

 やはりこの兄に、隠し事はできない。巴は、山吹に「お祝い」が欲しいと言われたのだと、打ち明けた。

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