第7話 義仲

 同じ頃、義仲は一人、弓場にいた。弦を張りつめた弓から、矢が放たれる。真っ直ぐに飛ぶはずのそれは、的の中心を大きく外れ、叢に刺さった。もう一本射ようと矢を番えた時、外したはずの的に、別の矢が中った。


「冠者殿が外されるとは、珍しい」

 気配に気付かなかったことに焦って振り返ると、兼平が弓を構えていた。

「何だ、兼平か」

 義仲は安堵した。的を外したところなど、他の者には見られるわけにはいかない。

「山吹との話が、決まりそうだ」

「決まりそう、ではなく決まったんですよ。冠者殿」

 兼平は断言した。評定の結果は、既に兼遠から聞かされている。ついでに、「冠者殿には、海野から正式に話がある」とも聞いているが、口止めをされたわけではない。そもそも、今更隠すようなことは何もないのだ。


「俺も、山吹の婿になるべきだとはわかっている。だが……」

「冠者殿。妹の、どこがいいんですか」

 何故、そこまであの妹がいいのだろうかと、兼平は真剣に悩んだ。お転婆でじゃじゃ馬、男勝り。口も達者なら手も早い。さすがに義仲に対して手を出すことはないが、巴は彼の前だからといって、兼平達に容赦はしない。


「いくつの頃だっただろうな。巴が、俺や兼平達とは違う、女子だと気付いたのは」

 義仲が、昔を懐かしむように目を細める。

「まさか、幼い頃は男子だと思っておられたんですか」

 思わず、嫌な想像を巡らせてしまった兼平は、不安を覚えた。しかし義仲は軽く苦笑し、それを否定した。

「いや、そういうことではない。ただ、男子だとか女子だとか、関係なかった。共に学び、戯れることが楽しかった。あれは……そう、ちょうど山吹に会った時だ。女子というのは、館の奥で大人しくしているものだと知った。それからだな、巴の顔に傷でもつけたらどうしようと、気にするようになったのは。だが、巴は普通の女子とは違う。何をしても、俺や兼平達が勝てない」

「だから、どこがいいんですか。それに、勝てないという程に差があるわけでは……」

「昔は俺達の方が強かった。でもそれは、歳が上だからだ。自分達が同じ歳の頃に比べれば、明らかに巴の方ができる。学問もそうだ。思えば稽古の時は、巴がいつも一番乗りだった。あれは、何刻くらいからいたのだろうな。ずっと早くから、一人で稽古をしていたんじゃないのか。夜も、遅くまで灯りが点いていた」


 兼平は、ようやく理解した。巴の行動は、全て義仲のためだ。側にいて、役に立つことだけを願っている。そして義仲は、努力を重ねる巴を、見てきたのだ。

「側にいて欲しいのは、巴なんだ。巴ほどの女子は、他にはおらぬ」

「妹は、俺達と同じ、冠者殿の家臣です。娶らなくとも、お側でお仕えしますよ」

 その言葉は、義仲にとって何の解決にもならない。そうと知りながらも兼平には、他に掛ける言葉がなかった。

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