第6話 評定

 数日の後、海野の館。兼遠の呼び掛けにより、主である海野幸親を中心に、根井、小室、祢津、望月など滋野に属する家の当主が顔を揃えた。今の時期は、それぞれに持つ領地の管理で忙しい。それを押しての評定であった。


「金刺殿のことです。向こうに、神託でも持ち出されたら敵いませんな」

 そう言ったのは、祢津であった。祢津の本家は滋野の中でも有力な家だが、分家には、諏訪神党に属する家もある。諏訪神社下社に仕える金刺が、いざとなれば神託を使うことは充分に考えられる。まして、事情に通じた祢津が言うのだから、その可能性は、極めて高いものと思われた。

「では、やはりすぐにでも山吹殿と」

「そうするしかあるまい」

 望月の言葉に、神妙な顔で幸親が同意を示した。いくら家のためとはいえ、愛娘に婿を迎えるとなれば、男親としては複雑な思いもあるのだろう。

「冠者殿のお気持ちは……」

 ややあって、報をもたらしたとして、同席を許された兼光が口を挟んだ。この中で、彼とその父だけが、義仲と巴の思いを知っている。加えて兼光は、山吹の心をも察していた。だからといって、どうなるものでもないことは承知の上であったが、言わずにはいられなかった。

「何を言う。冠者殿とて、望むところであろう。海野の婿殿とあれば、お客人ではなく、畏れながら我らのお身内じゃ。元より二心などは持たぬが、源氏の再興のため、ますますの忠義を尽くそうぞ」

 豪快な声で兼光を遮ったのは、根井行親。行親の長男小弥太行忠や、六男楯六郎親忠もまた、義仲の幼馴染みであり、兼光や兼平とも親しい。

「冠者殿のためには、諏訪の兵も欲しいが……それは、こちらにご嫡男が産まれた後でよかろう」

 小室の当主、光兼が呟く。策謀家で、滋野の中でも煙たがられているが、戦ともなれば、その戦術に頼むところは大きい。

 結局、義仲本人の了解を得た後、諏訪と関わりのない者に日取りを占わせることとなり、この日の評定を終えた。


「巴には、すまぬことをした」

 評定を終えた兼光が、巴に頭を下げた。

「兄様の所為では、ありません。もとより、決まっていたも同然のことです」

 兼光の報告がなければ、これほどまで早く、義仲と山吹の婚儀が決まることはなかった。義仲が巴をと望んだ以上、覆ることは難しいにしても、もう少しだけ、時間があってもよかった。詫びの言葉は、その意味であろう。しかし兄は、自らの義務を果たしたに過ぎない。だから、謝ることなどないのだ。

 何より諏訪が動き始めた以上、滋野が手を拱いているわけにはいかない。幼い頃から男子の学問を学んできた巴には、評定の結果が、嫌というほど理解できた。


 その時、海野の下女の、巴を探す声が聞こえた。顔を見せると、山吹が呼んでいるという。巴は心の内に、鉛のように重いものが広がるのを感じた。息苦しさが込み上げ、手足の先から体温が抜ける。巴はそれらを振り切るように、すぐに行くと返事をした。

「無理をするな」

 兼光の低く穏やかな声に、奪われた体温が仄かに戻る。年長のこの兄は、昔から微かな変化を、心の動きを察してくれるのだ。

「ありがとうございます、兄様。でも、行かないわけには参りませんから」

 巴は、兄の気遣いに感謝し、自分は大丈夫だと笑顔を作って見せると、急いで下女の後を追った。

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