第12話 太公主のもとを訪ねよう
そのうちに、とアリカは答えた。
ヤンサシャフェイ太公主は一番長く皇帝をこの宮中において見てきた女性であるに違いないのだ。単純に時間で見た限り。
「嫉妬するか?」
ちら、と皇帝はアリカの方をそう言って見た。いえ、と彼女は簡単に否定した。
「スリャイは昔怒ったぞ」
「鳥の公主様がですか」
「あれは母親が俺に惚れ込みすぎたことで、何処か俺に対してややこしい性格になっている」
「それはそれで面倒ですね」
「家自体もなかなかしつこい部分があるのが、今の悩みだな。ちょうど良い嫁ぎ先を探しているのだが、『必要無い』と、常に出歩いてばかりだ」
くす、とアリカは笑った。
「何だ」
「そう仰有るのはまるでちゃんとお父上なさってらっしゃる様で」
「外側がこれなだけで、俺の中身は充分歳を取っているのさ」
端から見れば、おそらくそれまでの夫人達と一緒に居れば、彼自身がまるで息子の様に見えるだろう。アリカと並んでちょうど良いくらいに。
だがやはり彼の中身は、娘を心配する父親の歳であり、根本は「宿屋の息子」なのだ、と彼女は思う。
「それにしてもよく今日は星が見える」
杯を傾けながら、皇帝はつぶやいた。
「帝都にしては珍しい。月が無いせいもあるだろうな」
「闇もまた良し、ですか」
「さて。ただあれに関しても、まだまだ帝国においては空に張り付いている程度の認識しか持てないのが現実だな」
二人の中にある「知識」は空に瞬く星が天体であること、そもそもこの帝国のある大地が球体であることも二人に告げている。
「まあ実際、今それを知ったところでどうか、というところなんだが…… それでも、その『張り付いているもの』がどう季節によって変わってくるのか、ということは先代がきちんと一つの学問として定着させたらしい。ただそこで留まっている訳だが」
「数の学問は如何ですか?」
「シーリャを理解できない者ばかりである以上、推して知るべしだな」
「勿体ないです」
「成る程。ではそなたならあれの才能をどう生かす?」
「難しいです。ただ帝国は広いので、必ずシーリャ様の言うことを理解しうるような者は居るとは思います。それこそ星に関しても、天が動いているのではない、ということに気づける者も何処かには」
「何処かに、か」
そう言いながら彼は杯を置いた。
「その誰か、を探してみたいと思うか?」
「叶うものでしたら」
「別に国中に触れを出してそういう者を集めても構わないぞ。才能のある者を集めるのは決して悪いことではない」
「すぐにできることではありません。急がなくてはならない理由が――― 今のところ私にはありませんので」
確かにな、と彼はうなづいた。
*
「まあ、わざわざのお出ましありがとうございます」
太公主の元を訪ねたのは、それから数日後だった。すぐにでも会ってみたかったのだが、彼女の身体の具合が優れない、ということで延べ延べになっていたのだった。
「これを」
共にやってきたサボンに持たせていた例の編み飾りの、最初の丸いものを渡すと、まあ、と目を見開き、次にふわりと少女の様な笑みを浮かべた。
「これが最近ルーシュが縫製方を呼びつけてあれこれと相談しているものね」
「そうなのですか?」
傍らで聞いているサボンも軽く表情を変えた。
確かに女官長経由で編み方について聞かれた、ということは最初の製作を任せたカリョンから聞いている。アマダルシュ公主の近くに仕える手の器用な者に手ほどきをした、と。
「ただ何で自分が下級女官から教わらなくてはならないのか、という嫌な感じがわらわら出てましたけど」
カリョンはそう歳の変わらないこの一応上級女官であるサボンにはずけずけとその様なことが言えるらしい。
無論サボン自体が「上級なんて冗談みたいですよね」と言っているからでもあるが。
「お茶会を開くのでしょう? 私も誘って下さいな」
「お身体の方は宜しいのですか?」
「宜しくなくなったら、その時には残念ながらお断りを入れなくてはならないけど。あまり私を誘ってくれる方も今では居ないからちょっと寂しくて」
そう言ってふんわりと首を傾げる彼女のふっくらとした髪は既に相当元のものから色を変えていた。
若い頃はさぞその豊かな濃茶の髪は美しく結われていたのだろう。だが今は先細りを恐れてか、後ろで一つにまとめているだけだった。
「貴女の様に短い髪も良いわね」
「恐れ入ります。この方が楽でしたので」
「似合っているわ。若い頃、乳母がともかく女の子は綺麗な髪を美しく結い上げなくてはなりません、と煩くてね。されるがままにどんどん高くなっていくのよ」
「高く」
「そう高く。その頃宮中はまだ結構私の母君くらいの夫人方や、彼女達の公主達が嫁ぐ前でなかなかざわざわしていたものよ。あの頃はあの頃でああ面倒だわ、と思ったことも多かったけど、居なくなってしまえばしまったで寂しいものね」
では何故自身は嫁がなかったのか、という問いはしてはならないのだ。
それは皇帝の口からアリカも聞いている。彼が彼女を留め置かせたのだ、と。そしてもう一つ。
彼女は先帝の胤ではないのだと。
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