第15話 第三夫人の四姉妹

「何やってるんだお前等、こんな所で…… セレ?」


 ウリュンは問い掛け、ゆるやかなとび色の髪を後ろで編み揃えている女性の方を見た。


「いえ、お客様がいらしていると聞いて」


 ほほほ、とそう言いながらセレと呼ばれた女性は空いた手で肩掛けを掴んだ。


「だいたいセレナルシュ、お前結婚が決まったんだろ! 何で今ここに居るんだ? あっちの屋敷に居なくちゃならんだろ!」

「お姉様はだから、居るんでしょ」


 うふふ、と笑う声が廊下に響く。


「マドリョンカ……」


 はあ、とウリュンはため息をつく。


「結婚なんかしたら、こんな、お兄様のお友達をのぞき見などできないでしょうに」

「やぁね、マドリョンカったら」

「だって本当でしょう?」


 明るい色のふわふわとした髪を二つに振り分け、マドリョンカは大きな薄緑の瞳を広げる。


「ねえお兄様、お父様とのお話はお済みになったんでしょ? あたし達をお友達に紹介して下さってもいいんじゃなくて?」


 くっくっく、と彼女は笑う。


「マドリョンカ、兄上が困ってるじゃないか」


 助け船。と思った彼は再びため息をついた。


「お前…… まだそういう格好なのか?」

「何ですか、いけないとでも?」

「いけないも何も、シャンポン…… いやシャンポェラン、お前、自分が二十歳の女性だということ、判ってるのか?」

「よぉく判っております。しかし武術の訓練はこちらに来たとて休む訳にもいかず」

「だから武術の訓練はなあ」

「兄上、そう目を三角にしないで下さい。マヌェが怖がってます」


 ん、と兄は妹達の方を改めて見た。四人居たはずの彼女達が三人にしか見えない。


「マヌェ……?」


 その声に、シャンポンの背から、お下げ三つ編みの少女はそっと顔を出した。


「マヌェは大声出されるの嫌だもんねー」


 マドリョンカはそう言いながら、少女の頭を抱えた。ぅん、とマヌェは軽く口をとがらせた。

 その時。


「廊下の声は響く、ウリュン」


 低い声が、廊下にもう一つ響いた。

 判ったもう中に入れ、と兄は妹達を手招いた。



「ミチャ様は最近如何だ?」


 ずらり、と低い卓を挟んだ長椅子に掛けた妹達の、誰ともしれずにウリュンは問い掛ける。


「おかーさま? そうねえ、元気よー」


 マドリョンカが答える。この娘は十六になったばかりだ。


「それにアリカさんのことも心配してたわ。お嬢様大丈夫でしょうか、って」

「アリカのことを」

「不思議なんだよなあ、母上は」


 シャンポンは呑気な口調で言いながら、ちらちら、と兄の両側に座った男達の方へ目をやる。

 ―――いや違う。ウリュンは気付く。この妹の目的は、男達ではなく、男達の前に置かれた酒だろう。

 二十歳になるこの妹は、酒に滅法強い。良家の婦女子としては、全くもって問題のある性質である。

 だが、そもそも彼女に関しては、見た目からして問題がある。行動の一つ一つにいちいち兄は突っ込んでもいられない。

 男勝り。そう言ってしまえば簡単だ。

 シャンポン――― シャンポェランは、まず、武術と作文の才能に恵まれていた。

 もっともそれだけなら構わない。

 きりっとした顔立ちは美人の部類に入る。だがその顔や、引き締まった体を生かす様な、身を飾るということを知らない。知ろうとしていない。いや、むしろ軽蔑しているふしがある。

 「いっそ男に生まれていれば」。

 そんな嘆きが年を追う毎に使用人達のあちこちから洩れる。父将軍も口にしたことがあるとウリュンは聞いている。

 おそらく彼女が男でなかったことを嘆かないのは、たった一人だろう。ウリュンの母親、将軍の第一夫人である。

 彼自身と言えば――― そのあたりは微妙だった。正直、自分以外の男子が居て、将軍家に相応しいなら、そちらが家を継げば良い、と思っているくらいである。 自分が凡庸な人間である、ということは彼自身が一番良く感じていることなのだ。

 やがてシャンポンは予想通り、さりげなく、非常にさりげなく、酒壺に手を伸ばした。


「だーめ」


 ぺん、と音がする。


「何だよマヌェ、いいじゃないか」

「だめよ」


 お下げ髪が揺れる。


「ちぇっ…… マヌェに言われちゃあなあ……」


 仕方ないや、とシャンポンは茶に手を伸ばす。


「全くお前は、マヌェには弱いな」

「それじゃあ兄上は強いんですか?」


 そう言いながらシャンポンは、傍らの妹の肩を抱く。む、とウリュンは眉を寄せる。


「駄目だな」

「駄目でしょう」


 あはは、とシャンポンは笑う。

 しかし笑い事ではない、と兄は思う。

 彼から見て左端に座った妹は、いつまで経っても「少女」にしか見えなかった。

 長い上着。小さな子供に着せられる、動きやすい服。下履きは無い。

 十八にもなる娘が、その格好は無い、と彼は思う。右端に座る、彼女より二つ下のマドリョンカはおしゃれをして、―――色気付いているというのに。


「ねえねえお兄様、これ、どぉ?」

「マドリョンカ、また……」

「セレ姉様も着たいって言ってたじゃない! 『桜好み』」

「その奇天烈な服がか?」


 ぽん、とウリュンの左で声がした。


「あ、それって失礼ですよー、ええと、ツァイ……」

「センで良い。珍しい服だ」

「本当、凄い、失礼っ」

「そうだよ、女性にそういうことを言うのは失礼だ」


 サハヤは穏やかに彼女達に笑い掛ける。

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