学園のアイドルは全力で突き進む

「はぁ……」


 白河可憐はここ数日ため息が止まらない。

 その原因は好きな人である貴音にフラれたからだ。

 学園のアイドルと言われて凄いモテていた可憐であるが、フラれた経験は初めてのことであり、落ち込むのはしょうがない。


「貴音くんは有栖ちゃんと付き合うのかな?」


 以前に有栖のことが好きだと言っていて両想いなのだから、恋人同士になっていてもおかしくない。

 ずっと一緒に住んでいるのだし、付き合ったら別れる可能性は低いだろう。

 それどころかもう愛し合っているのかもしれない……そう思うと自然と涙が出てくる。

 とても苦しい、とても悲しい……。


「有栖ちゃんはあんまり外に出れないみたいだし、今は家にいるのかな?」


 あの白い髪に肌、そして赤い目はアルビノであることが予想でき、夏の季節は家にいることが多いはずだ。

 有栖が家にいれば必然的に貴音も家にいることになり、会うことができるだろう。

 可憐は部屋着から着替えて、家を飛び出した。


☆ ☆ ☆


「来ちゃった……」


 ほぼ、衝動的にここまで来てしまったが、いざ、貴音の家の前に来ると尻込みしてしまう。

 フラれてからまだ一ヶ月もたっていなく、下手をしたら帰されるかもしれない。


「でも、頑張らないと……」


 可憐は勇気を振り絞って高橋家のインターホンを鳴らす。

 予想通り家にいたようで、貴音がドアを開ける。


「可憐、どうしたの?」


 フラれてから初めて聞く好きな人の声に、可憐は嬉しくもあり悲しさも混み上がってきた。

 貴音の声に反応することができず、可憐は俯いてしまう。

 今すぐに話したいのに貴音こことを見ることができない。


「とりあえず上がって」


 可憐は何とか頷いて、貴音の家に入っていく。

 追い出すようなことはしないようで、そこだけは良かったと思う。


「白河先輩……」


 リビングには有栖がいて、自然と目が合ってしまった。

 いつ見ても本当に綺麗だしとても可愛らしい容姿。

 貴音のことを好きなライバル……いや、自分はもうフラれてしまったのだから、そう言うのはおかしいのかもしれない。


「どうされたのですか?」

「それは……」


 どうしても言葉に詰まってしまい、喋ることができない。


「お茶を用意しますね」

「う、うん……」


 有栖はキッチンの冷蔵庫から冷たいお茶を取り出して、可憐にお茶を差し出した。

 外が暑かった影響もあり、可憐はお茶を飲んでいく。


「もし、兄さんがいて話しにくいことがあるなら、席を外させますが?」

「いや、大丈夫。貴音くんにも聞いてほしいから……」

「そうですか」


 しばしの沈黙が続いたと思ったが、突然有栖が口を開いた。


「白河先輩には酷なことを言いますが、私たちはもう恋人同士になりました。そして……私は兄さんに初めてを捧げました」

「……え?」


 予想していたことが現実になったことで、可憐のダークブラウンの瞳から大粒の涙が溢れてくる。

 貴音の前だから抑えたかったが、我慢ができずに涙が止まらない。


「有栖……」

「兄さんは黙っていてください。白河先輩が今日ここに来たことから、まだ兄さんのことが好きだとわかります。私たちのことを黙っていては白河先輩のためにならないと判断しました」


 確かにこのままでは可憐は貴音ことを諦めることができず、ずっと貴音を好きなままでいる可能性だってある。

 だったらこういったことはハッキリと言い、次の恋に進んでもらった方がいいと思ったのだろう。


「本当にごめんなさい。でも、兄さんのことだけは誰にも譲ることができないんです」


 それは可憐にも理解できる。

 抱き枕代わりにされて出会い惚れてしまった自分とは違って、有栖は何年も貴音のことを見てきた。

 他の人に渡したくないに決まっている。


「そう、だね……でも、私も……かな……」


 他の人に渡したくないのは可憐も一緒で、貴音に抱きつく。

 初めてこんなにも好きになれた人……フラれたからってすぐに諦められるものではない。


「可憐?」

「私は……貴音くんのことが好きなの……。好きで好きでたまらないの……」


 さらに力を入れて抱きついて、可憐は貴音から離れようとしない。


「白河先輩……流石にこれ以上は私も怒りますよ?」


 有栖の瞳から光が失われていき、可憐のことを睨む。

 彼氏が他の女に抱きつかれているのだから、怒っても不思議ではないだろう。

 それでも可憐は貴音のことを離そうとはせず、驚くことを口にする。


「私は……貴音くんになら、初めてを……捧げてもいいと思ってるよ……」

「なっ……?」


 思いもよらない告白で、貴音と有栖は目を見開いて驚いてしまう。

 あの可憐がそんなことを言うとは思ってもいなかった。

 フラれてから形振り構ってられなくなったのだろうか?


「俺は……彼女──つまりは有栖以外の人とするつもりはない。俺を好きなままでいるのは、可憐にとって辛いことだよ?」


 好きな人に恋人がいるんだから、可憐はこの先も今みたいに何度も涙を流すかもしれない。

 今以上に辛いことだってあるだろう。

 可憐はそれがわかっていてもなお、貴音のことを好きでいようとしている。


「そうだね。でも、好きになっちゃったんだからしょうがないよね」


 人を好きになるのは理屈ではない……たとえ相手に恋人がいようと、この気持ちを抑えるのは可憐には無理だった。


「白河先輩は自ら修羅の道に進もうというのですね。兄さんと付き合える可能性はほぼないですよ?」


 可憐は覚悟を決めたように、首を縦に降る。


「そうですか。なら私がどうこう言うことらありません」

「有栖?」

「誰を好きになるかは、その人の自由です。私たちが何を言っても白河先輩は兄さんを好きなままでいますよ」


 以前のように有栖が嫉妬心を露にしないのは、自分が貴音の彼氏だからという余裕からだろう。


「俺としては諦めてくれるのがいいんだけど……」

「私としてもそうですよ。でも、白河先輩はフラれても諦めてないじゃないですか」

「二人ともハッキリと言うね……」

「大切な彼氏を渡したくないですから」


 それはそうだ。もし、可憐が貴音の彼氏だったら、有栖に渡したくない。


「それよりいつまで兄さんに抱きついてるんですか?」

「ずっとがいいな」

「そんなのダメに決まってるじゃないですか。兄さんは私のです」


 有栖は可憐を離そうとするが、彼女は力いっぱい抱きつき離れることがなかった。

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