安心

「そう言えば今日は私服なんだな」

「うん。一度家に帰ったからね」


 有栖が貴音の部屋の掃除をしているから、終わるまで貴音は可憐と話すことにした。

 ほとんど学校でしか話したことがないので、可憐の私服は貴音にとっては新鮮だ。

 明らかに貴音を意識しており、花柄のオフショルダー、綺麗な生足が見えるショートパンツで露出度が高め。

 学校でも周囲の男子の視線を独り占めしているが、こんな格好をされては目が離せなくなってしまうだろう。


「えへへ。貴音くんが見てくれるなら頑張ってお洒落したかいがあったかな」


 さっきまでは有栖がいたからあんまり見ていなかったが、今は可憐を見てしまう。

 あんまり女子に興味を示さない貴音でも男の本能には敵わないようだ。

 普段の有栖であればお洒落をした女の子がいたら絶対に二人きりにされないだろうが、させてしまったってことは、よっぽと部屋にある写真を処分したかったのだろう。


「ご、ごめん」

「いいよ。貴音くんになら見てほしい」


 ライバルである有栖には負けたくないという気持ちがあり、可憐はお洒落をしている。

 基本的に肩が出ている服なんて着ないし少し恥ずかしいが、好きな人には可愛く見られたいし、意識だってしてほしい。

 今であれば自分に言い寄ってきた男子の気持ちがわかる気がする。

 下心丸出しは嫌だが、やっぱり好きな人には他の誰よりも自分のことを見てもらいたくてアピールしてしまう。

 見ているから少しは気にしているのがわかるけど、有栖に負けたくないという気持ちが出て、さっき手を繋いで離さない。

 きっと有栖は二人きりの時はずっとくっついて離れないはずだし、恋人らしいこともしている可能性がある。

 今の可憐には恥ずかしくてこれ以上くっつくことはできないが、もしくっついたとしても貴音がそれを望まないかもしれない。

 あくまで貴音は何よりも有栖のことを優先してしまうのだから。


「貴音くんって家だと何しているの?」

「えっと……最近は有栖と一緒にいるね」


 貴音の言葉に「やっぱり……」と呟いてから少し悲しい顔をする。

 一緒に住んでいるというのは大きなアドバンテージだから羨ましい。

 二人が普通の兄妹だったら特に気にしなかったが、もう完全に兄妹の域を越えている。


「有栖ちゃんが本当に羨ましいよ……」


 もし有栖が妹じゃなくて可憐が妹だったら貴音は自分のことを見てくれただろうか?

 可憐から見ても有栖は可愛い……というかとても神秘的に思えて、ブラコンになってしまってもおかしくはない。

 もしこんな人が妹であったら可憐だって溺愛しただろう。

 でも可憐は可愛いけど神秘的というわけではない。

 だから貴音の妹であったとしても、あんな風に溺愛されることはなさそうだ。


「悪いな。すぐ返事できないヘタレで」

「ううん。私からそう言ったんだし、貴音くんは悪くないよ。悪いのは告白したのにフラれるのが怖いと思っている私だから……」


 好きな気持ちは伝えたが、今ではどうあっても付き合うことができない。

 それに妹が好きだからという理由でフラれてしまっては、立ち直るのと時間がかかってしまうだろう。

 それにもうこうやって二人で話すこともできなくなるかもしれない。

 付き合えるのであればいいけど、フラれる可能性が高いのであれば、今の時間だけでもこうやってしていたい。


「可憐は俺のどこが好きなの? 俺は有栖を最優先にしちゃうのに」

「んっとね……抱き枕代わりにされてから意識しちゃってそのまま……」


 有栖も抱き枕代わりがきっかけではあったが、可憐もそうだったようだ。


「本当にごめんなさい」


 貴音は全身全霊を込めて謝る。

 土下座する勢いであったけど、抱き枕代わりにしてしまって惚れられたのであれば、そのくらい誠意を込めて謝らないといけないだろう。


「あ、謝らなくていいよ。貴音くんのおかげで恋がいいことだってわかったから。今の私はドキドキが止まらないよ。触ってみる?」

「いやいや、そんなことをしたら……」


 可憐の胸に触るということになる。

 一瞬だけ貴音の視線が胸にいったことに気付き、可憐は頬を赤くしてしまう。

 ドキドキしているということを気づいてほしかっただけでエロいことをしたいわけではないが、これでは自分が痴女みたいだ。

 貴音のことだからそんな風に思っていないことはわかるけど、恥ずかしすぎる。


「その……変なこと言ってごめんね。私が決してエロいということはないから」


 可憐は何となく謝ってしまう。


「わかってるよ」


 まだ知り合ってからそんなに時間がたってはいないが、可憐がすぐに身体を許す人でないことはわかっている。


「貴音くんって紳士だね。他の人だったらきっと胸を触っていたよ」


 可憐が付き合っていないのに貴音の家に来た理由の一つだろう。

 一番は貴音と一緒にいたいというのだが、エロいことをされる可能性があるのであれば、好きな人の家であっても絶対に行かなかった。

 普通なら男の人に抱き枕代わりにされたら寝ることなんてできない。

 でも、可憐は本能的に安心できたのか、いつものことのように熟睡していた。

 やっぱり安心できるというのは大きい。


「そういうとこも好きだよ」


 可憐は勇気を振り絞って貴音の胸に顔を埋めた。

 やっぱり貴音と一緒にいると安心できる。

 このままずっとこうしていたいと思えるほどに。

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