学園のアイドルとお昼ご飯

 有栖が寝たので貴音は学校に向かう。

 教室に入ると授業の途中だったが、先生には何故遅れたのかは伝わっているようで、貴音は何も言われなかった。


「遅れて何かあったの?」


 貴音が席に着くと、隣の席である樹里が小声で話しかけてきた。


「妹が熱だしたから病院まで連れて行った」

「大丈夫なの?」

「単なる風邪だから薬飲んで寝てれば治るよ」


 その言葉を聞いて安心したのか、樹里は「そっかー」と呟いて授業に戻る。

 先生も貴音が席に着いたのを確認すると授業を再開した。



 貴音は午前中には学校に着いたので、これから昼休みだ。

 今日は有栖が風邪をひいてしまっているので、貴音は学校に向かっている時にコンビニで買ったおにぎりを食べることにした。

 本来なら有栖と食べるために移動するのだが、今日は休んでいるために教室だ。


 おにぎりを食べようとした時に貴音のスマホが震えた。

 確認するとチャットが届いていて可憐からだ。


「そういえば連絡先を交換していたな」


 連絡先を交換して以来、可憐からチャットがきたのは初めてだ。


「良かったら一緒にお昼ご飯食べない? か」


 可憐から送られてきたチャットの内容だ。

 いつもなら有栖と一緒に食べるから断っていたが、今日は一人なので別にいいかなと思い返信をする。

 するとすぐに中庭にあるベンチに来てとチャットが来た。

 チャットを見て貴音はスマホをポケットにしまい、中庭に向かう。


 中庭には昼休みだからか何人かの人がいて、そのほとんどは女子で男子も僅かにだがいた。

 貴音が中庭に先に着いたようで、可憐の姿はまだなかった。

 そして運良く空いているベンチに貴音は腰かける。


「ごめん、待ったかな?」


 貴音が来て数分後に可憐が中庭に来た。

 可憐は小走りで貴音に向かってきて、右手には可愛らしい布で包まれたお弁当を持っている。


「待ったのは少しだから気にするな」

「そこは今来たとこって言った方がポイント高いよ」


 可憐は少しだけ頬を膨らませながら、貴音に言った。


「俺がそんなのを気にするとでも?」

「思わない、かも……」


 貴音がそんなことを気にする相手は有栖にだけだろう。

 本当は今すぐにでも家に帰りたいと思っているのだが、有栖にきちんと学校に言ってほしいと言われたためにいるだけに過ぎない。

 もし、有栖から帰ってきてほしいと連絡があったら、貴音はすぐに帰ることだろう。


「じゃあ、食べようか」

「うん」


 貴音はコンビニで買ったおにぎりを、可憐はお弁当を食べる。


「白河さんと一緒にいるやつは誰だ」

「羨ましい……」


 中庭にいる男子は貴音に対して殺意の込めた視線を向けた。


「あはは……中庭にしたのは失敗だったかな?」


 男子の数は少ないとはいえ、中庭に何名かいる。

 その中にきっと可憐に好意を寄せている人がいるのだろう。

 でも、可憐がいる前で何か言うことなんてできず、ただ二人を見ているだけしかできない。


「何が失敗なんだ?」


 貴音がそんな視線に気づくわけもなく……。


「気づいていないならいいや」


 そんな貴音を見て、苦笑いするしかなかった可憐。


「それにしても美味しそうなお弁当だな」


 いつもは有栖に作ってもらっているが、最近はコンビニのおにぎりばっかりな貴音にとって、可憐のお弁当が魅力的に写ってしまった。


「食べたいの?」

「いや、全く」


 いくら魅力的に写ったとはいえ、他人のお弁当を食べるわけにはいかない。

 だから貴音は遠慮をしたのだが……


「貴音くんが食べたいと思うなら食べていいよ」

「だからいいって」

「そんなことを言っても、顔に食べたいって書いてあるよ」


 貴音はさっきから可憐のお弁当に釘付けだ。


「でも、箸は一つしかないし」


 貴音はおにぎりなので箸を持っていない。

 可憐のお弁当は指で摘まんで食べようと思えばできるおかずはあるのだが、女子のお弁当をそんな風にして食べるわけにはいかない。


「こうすれば問題ないよ」

「は?」


 可憐はお弁当に入っているタコさんウインナーを箸で摘まんで、貴音の口元まで持ってきた。

 その行動に貴音はあたふたとして、挙動不審だ。


「あ……」


 貴音は思わず手に持っていたおにぎりを地面に落としてしまった。

 今日の貴音の昼ご飯はコンビニで買ったおにぎりが三つ。

 まだほとんど食べていないおにぎりを落としてしまったのだから残りは二つ。食べ盛りの男子高校生には足りない。


「ごめんね」

「いや、謝る必要はないよ」


 可憐は悪気があってやったわけではないのだから、貴音はそれを責めるようなことはしない。

 それにおにぎりを落としてしまったのは貴音の不注意だ。

 貴音は落ちたおにぎりを片付けてもう一つのおにぎりに手をつける。


「だから食べていいよ」


 可憐は再度、貴音の口許におかずを持ってくる。


「だからいいって」


 いくら何でも女の子にこうやって食べさせてもらうのは、流石の貴音も恥ずかしい。

 でも可憐はどうしても食べてもらいたいって顔をしている。


「こうすれば食べてくれるのかな? あ~ん」

「いや、これじゃあまるで……」


 恋人同士……。

 貴音の脳裏に一瞬だけそうよぎったが、それを言うのを止めた。


「食べてくれるまで私はこうしてるよ。ほら、あ~ん」


 可憐にとって貴音はまだ気になっている存在なのだが、有栖のことが頭から離れないようで、対抗心があるのだろう。

 だから可憐は貴音に食べてほしいのだ。


「……わかったよ」


 貴音は渋々頷きながらおかずを食べる。


「美味しい」


 貴音の素直な感想が口から漏れた。


「本当? このお弁当は私が作ったんだ。喜んでくれて良かった」


 可憐は心底、嬉しそうに笑った。

 それはまるで彼氏に初めて料理を振る舞ったような顔だ。


「まだまだ食べていいよ」

「それは流石に遠慮しとくよ」


 貴音がこれ以上食べてしまったら、今度は可憐が物足りなくなるだろう。


「遠慮せずに」


 可憐は他のおかずをまた貴音の口元まで持ってきた。

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