第28話

 その頃、魔王城の屋根の上では、セラティアが一人、森の中にぽっかり空いた魔王城上空に広がる美しい夜空を見上げている。

 それは、夜空が好きとかそう言う訳ではなく、ただ単純に美しかったから眺めているのだ。

 そんなセラティアに、ツカサがヒョイっと大きくジャンプし、一気に屋根の上までやって来た。


 「…………」

 「セラティア、紅茶はどうだ?」 

 「おぉ! 紅茶か、すまぬのう、ツカ……さ?」

 「そうだが?」

 「お主、男じゃったのか……!? そ、それにその格好は!?」

 「話してなかったか? あぁこれは、少し前に服の替えを取りに行った時に持ってきたんだ。 寝る前だけは、女の顔はしないさ」


 そう言って紅茶を渡しつつセラティアの隣に座った司の姿は、ただの美少年だった。

 髪はポニーテールから綺麗に整った長い髪へ、どこか中性的な印象を思わせる古風な美少年。

 そして服も、いつもと違い、GパンにTシャツとラフな姿。

 そんな普段との差もあるのだろうか?


 (まずいぞ我……。 すごいタイプじゃこの顔……)


 セラティアの頬は赤くなった。


 「どうした?」

 「あ、いや……。 お主が予想外にカッコよかったからのう……。 な、なんかズルいぞ、そんな良い顔を隠していたとは……。 正直、一目惚れしてしもうたぞ……」

 「セラティア、以外と積極的なのだな」

 「当たり前じゃ! 我らは明日殺されて死ぬかもしれないのじゃから、後悔せぬよう日々生きておるのじゃ! じゃからその……我と付き合わぬか……」

 「…………」


 それは、ツカサの素顔がセラティアのタイプだったからであるが、以外とセラティアは積極的であったようだ。

 今までのツカサの行動を考えれば告白することに躊躇しそうだが、そこじ躊躇しない点が人間と魔族の考え方の差なのかもしれない。


 「セラティア、良いぞ」

 「おぉ!」


 そして、その答えはOK、実に爽やかな笑顔を浮かべての言葉だった。

 だが、ここでふとセラティアは思う事があった。


 「ツカサ……その、告白をOKしてもらっておいて言うのもなんじゃが、マオに愛情を注いでいるのに、我と付き合っても良いのか?」


 確かにツカサはアキラやマオを(変態的なレベルで)愛しているのは周知の通りだが、それなら普通『アキラやマオと結婚する予定だから……』『お前と付き合えば、今までの二人への愛が嘘臭くなる』等と断るハズだ。

 なのに出会って間もないセラティナの告白をOKする、セラティアが疑問に思っても仕方ない事だろう。

 まぁ、変態の世界は常人には分からないので、どのような超理論が飛び出してもおかしくはないのだが……。


 「愛しているが、愛の押し付けはいけないからな。 それに私はあの子達の幸せを第一に願いたい……」

 「意外な答えじゃな、ツカサ……。 マオの衣装の時も、変態的な衣装案を主張しおったくせに……」

 「本人達が近くにいると、愛が暴走してしまってな……。 その、ブレーキが効かないんだ……。 こう、ムラムラするというか……」

 「……その様子じゃと、我にはムラムラしてないのじゃろう?」

 「あぁ、ムラムラはしないな!」

 「…………」


 セラティナの好感度が下がった。

 それは、遠回しにセラティナは女性としての色気が無いから、センサーが反応しませんと言っているようなものである。

 ただ、同姓を惑わせるほどの女装をするツカサの言葉だ。

 もしかしたら、色気の判断基準が高すぎるのかもしれない。


 だが、そうなってくるとセラティナには『じゃあ、何を元に交際をOKしたのか?』と思うようになる。

 なのでセラティナはその点をため息混じりに訪ねるのであった。


 「はぁ、まったく……、それなら我の何を見てOKしたんじゃお主……?」

 「気に入ったんだ、私と同じ考えでな……」

 「ん? 何がなのだ?」

 「明日死ぬかもしれないから、後悔ないように生きようとする考え方に……と言う考え方にだ……」


 驚くことに、ツカサの答えは意外にも常人にも理解できそうな答えだった。

 日頃変態的な思考の持ち主とは思えない、悲しそうな笑顔を浮かべて……。


 「のうツカサ、その考えに至った訳、我に話してみよ……」

 「…………」


 ツカサの頭に手が置かれた。

 夜風で冷えた、冷たく心暖かくなる手が、優しく、ポンと。


 「良いのか?」

 「部下や年下の話を聞くのも魔王の仕事じゃったからな……」

 「分かった……。 だが、誰にも言わないでくれ、他人に心配されたくない……」

 「約束は守ろう……」


 それが魔王だったセラティナのカリスマなのだろうか?

 何故かツカサは、あって間もないセラティナに、今まで話したことのない過去を話す気になっていた。


 そしてツカサは夜空を見ながら、まっすぐ前を見続けるセラティアに、声と言葉を使った。

 寂しそうに……、懐かしそうに……。


 「昔、私にはフタバとミツバと言う双子の従兄弟がいたんだ。 私より五つ下で私を実の兄のように慕ってくれてな……。 私も実の妹の様に可愛がっていてな、よくアキラやマオも含めた5人で遊んだりしたものだ……」

 「死んだのか……」

 「殺されたんだ……車に……」

 「…………」

 「それで、病院のベッドで死ぬ前になんと言ったと思う? 『私……したいこと……一杯あったの……に……』『生きて……自分のしたいこと……したいよ……』って言った……んだ……」


 ツカサの瞳から涙が溢れた。

 それは感情の高まりがそうさせたのだろう、その証拠に握りしめた拳が揺れている。


 「だから……だから私は……後悔無いように生きると決めた……! あの子達の分も生きると決めた! 自分の欲望の赴くままに! 後悔がないように! そして、いつか天国のあの子達に生前の話を……」

 「……それが女装する理由に繋がったりするのではないか?」

 「悪いか! 私は……私たちはツカサであり、フタバであり、ミツバであるんだ! この体は、私たち三人のものだ! 俺たちは、、僕たちは、私たちは……」

 「…………」

 「すまない、つい……」

 「かまわんよ……」


 セラティアの首もとを握りしめた手が離された。

 その時セラティアは感じ取った。

 ツカサの壊れた心、愛情のわけ、ツカサの心の中心にあるモノ……。


 そして、それと同時に感じた、一つの確信に近い疑問をツカサに投げかける。


 「……のう、マオにあそこまで積極的なのは、失ったときに後悔したくないからか?」

 「…………」


 ツカサは下を向いて黙りこんだ。

 どうやら、その読みは当たっていた様だ、しかし。


 (これ以上は聞かぬが良いじゃろうな……)


 これ以上は聞いてはいけない雰囲気を感じたセラティナは、なにも言わずツカサの頭を優しく撫でた。

 ゆっくりゆっくり、手が動く。

 そんな癒しをツカサはしばらく感じたあと。


 「私も聞きたいことがある……」

 「何だ?」

 「魔族を殺され、人間を恨まなかったのか?」


 セラティナの顔を見ながらそう尋ね返す。


 「……人類皆が仇というわけではあるまいよ、それに我の力は、恨まれるにしては脆すぎる……」

 「そうか……」

 「あっ……」

 「立派だよ、お前は……」

 「…………」


 ツカサはセラティナの言葉に感心し、頭を優しく撫で、そしてセラティナは目を閉じ、その優しさに身を委ねるようにツカサの胸にもたれ掛かった。

 そして、ツカサのゆっくりとした心臓の音をしばらく聞いた後。


 「のうツカサ……我と付き合って後悔はないか?」

 「無い……」

 「なら! ん……」

 「んん……」


 セラティナはツカサの口を塞ぎ、自分の唾液とツカサの唾液をごちゃ混ぜにした。

 そんな激しい接吻を済ますと彼女はツカサの顔を両手で押さえ、不適な笑みを浮かべたままこう宣言する。


 「元魔王の告白を受け入れたのだ……。 全て我に捧げよ……。 その代わり、我の全てをやる、ツカサ……」

 「あぁ、分かったセラティナ……」


 その時ツカサは認識した。


 セラティアも守るべき存在に入ったのだと……。

 それも、不思議と本音を話せるほど大切な……。

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