第77話

 コクピットで背後を映し出しているカメラには、カリーフの搭乗する『アリフレール』のアップが。

 しかも己の石化魔法で、機体を彫像のように変えた状態。


 いつもは敵にしている技を、この俺にカマしたというわけか……!



『ドウイウ コトダ』



 俺は背後で震えているフェイスに向かって、メッセージを投げかける。



『ごめんなさぁぁぁぁいっ! 決勝のときに協力すれば、母大は助けてやるって……! 母大のみんなをブラ女に入れてくれるって、ヴィスコリアさんが……!』



 ……なるほど、そういうことか。



『あたし、あたし……! うっかりしてて、ドジばっかりで……! ブロック決勝のときもみんなの足をひっぱって……! 負けそうになって……! でも、でも……! みんなの役に立ちたかったんです……! こうすれば……母大のみんなと別れずにすむから……! こうするしかなかったんです……! ごめんなさい、本当にごめんなさぁい! ボーンデッドさぁん!』



 すべてを告白しながら、せきを切ったように泣き出すカリーフ。

 『取引成立ですわね』と前方から声が近づいてくる。



『ゴーレムは、いくら切り裂いても声ひとつ漏らしませんから、つまらないのですわ……だから最初に片付けて、あとはゆっくりと……ね?』



 ぺろり、と舌なめずりをするヴィスコリア。



『や、やめて! カリーフちゃん! ボーンデッドさんを離して!』



『なんてことしやがるんだ! カリーフ! オレたちを裏切るのか!?』



『見損なった』



 ウェブたちに押さえつけられたまま、口々に叫ぶ部員たち。



『ごめん……ごめんね、みんな……! でも、こうすれば……! バラバラにならなくてすむんだよ……!? メルカヴァ部にも入れてくれるっていうから、またみんなで、メルカバトルができるんだよ……!』



 嗚咽をもらすカリーフに、ヴィスコリアはフフンと笑った。



『ええ、もちろんですわ、カリーフさん』



 言いながら、サーフボードみてぇにでかい、鋭い切っ先がついた脚を持ち上げる。

 両手を拘束されているボーンデッドの腹にぴたりと当てて、狙いを定めたあと……大きく振りかぶった。



『我がブラ女の誇り高きメルカヴァ部の、初の有人ゴーレムとして……! このような形で、敵といっしょに貫いてさしあげますわ……!』



『ええっ!? そ、そんな……!? や、約束が違います! ヴィスコリアさんっ!?』



『わたくしは最初からそのつもりでしたわよ? それにご安心を、毎回多少の怪我……お腹に大穴が開くくらいで、命に別状はありませわ。たったそれだけの対価で、女子校最強のメルカヴァ部に所属でき、毎年優勝できるのですから』



『や……! やめてヴィスコリアちゃん! やめてーっ!』



『やめろっ! やめろっ! やめろーっ! 逃げるんだ! カリーフっ!』



『だめ……!』



 部員たちの懇願にまざって『キエェェェーーーッ!!』とクレイジーな雄叫びがコクピットを揺らした。



『キタ、キタ、キタ、キマシタワァァァァァァァァァァァァ!! ついに、ついにあのクソ生意気なゴーレムが、女子高生最強パイロット、ヴィスコリアさんの手によって……! 処刑されるのです……! ンフフフフフフフフフフフフ! ンーッフッフッフッフッフッフッフッフッ!!』



 もはや正体を隠そうともしねぇ、解説のヴェトヴァ。

 聖堂院のモニターの向こうでは、キャーキャーとパニックになった俺の嫁たちが右往左往している。



『では……そろそろまいりましょうか。覚悟はよろしくて? ま、なくてもまいりますけど』



 ……ゴオッ!!



 そしてあっさりと振り下ろされる、死神の鎌……!

 空を真っ二つに引き裂くソレは、ボーンデッドの腹へと吸い込まれていく。



 ……ゴシャァァァァァッ!!



 鈍い音をたてて、胴体トルソー下部の装甲がひしゃげた。

 しかし、風穴には至らない。



『ごめんなさいボーンデッドさん……ごめんなさいごめんなさい……本当に……ごめんなさい……うええぇ……ひっく、ぐすっ』



 俺は嗚咽を漏らすカリーフに向かって、シンプルな一言を投げかける。



『ブジカ』



『うっ……うええ……ど、どうして、どうしてあたしのこと、心配してくれているんですか……ぐすっ、う……裏切った、のに……?』



『イイカラ ノボレ』



『えっ……? 登れ、って……?』



『アシヲ ノボレ』



 そのメッセージを見ていた一部の人間は、ハッキリと気づいたようだ。

 俺の狙いに。


 涙ながらにカリーフが石化を解除すると、すべてが白日の元に晒される。


 装甲はわずかにひしゃげているだけで、刺さってはいない……!

 そして、脚はまんまと、俺の腕の中にある……!



『キャプテン! ボーンデッドに刺さった脚が抜けません! いくら引っ張っても……!?』



『まっ……まさか、ボーンデッドはこれを狙って!? で、でも……! ネフィラ・クラヴァータの一撃を受けて無事だなんて、そんな……!?』



 そんな子供の遊びみてぇな攻撃が、これのボーンデッドに通用すっかよ……!

 機体を構成するモリオンは、ヘビー級のドルスコスですら傷つけられなかったんだ……!


 刃物を振りまわす悪い子には、お仕置きしてやらなきゃいけねぇな……!


 さあ……やれっ! カリーフ!

 特訓の成果を見せてやるんだ! お前が試合中にもひとりでコツコツと、積み重ねてきたモノの成果を……!



『あっ! そっかあ! ボーンデッド監督って、コレを狙ってたんだ! だからカリーフちゃんに木登りの練習をさせてたんだ……!』



『だからボーンデッドのことを信じろって言っただろ、カリーフっ! さあ、やれっ! お前ならできる! あの高慢ちきなお嬢様を、ブッ潰してやるんだっ!』



『ふぁいと』



 仲間たちの声援を受け、ぐしっと涙を拭うカリーフ。

 俺の抑えている脚にとびつき、器用に登りはじめた。



『えええっ!? し、信じられませんっ!? 母大のメルカヴァ、アリフレールが……! ブラ女のネフィラ・クラヴァーの脚をよじ登っています!? すごいすごい、すごいですっ! こんなことが汎用のメルカヴァでできるだなんて! 解説のヴェトヴァさん、これをどうごらんに……あれ? ヴェトヴァさん? ヴェトヴァさーん?』



 いつの間にか解説席は空っぽになっていて、実況だけになっていた。

 きっとヒステリーのあまり、外にでも飛び出していったんだろう。


 そうこうしているうちに、カリーフはついにてっぺんまで登りつめ、ネフィラ・クラヴァータの頭の上に立った。



『ほ……誇り高き我がメルカヴァを足蹴にするだなんて! 無礼千万ですわっ! 振り落としてしまいなさい!』



『はっ、はい! ですがキャプテン、脚を抑えられていて、動きが……!』



 そしてついに、決着の時が訪れる。

 生まれたばかりの獅子を掲げるように、天に拳をつきあげ、カリーフは叫んだ。



『グランファイル・グランソール・ラウラ・バール・グラインドス……! 我は、堅靭けんじんなるいわお! 牢乎ろうことしてすべてを繋ぎ止める者なりっ!』



 カッと見開かれたその瞳に、もはや迷いはなかった。



『……碧岩の万鈞ブルーストーン・グラビティィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!』



 ……ドグワッ……!!!

 シャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!



 屋根くらいある巨大なシンバルを叩きつけたような、けたたましい轟音が、爆風のように広がる。

 難攻不落だった天守閣は、すでに地の底……石像に押しつぶされて、見る影もないほどにペチャンコになっていた。

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