第60話
部員たちは、いよいよ明日に控えた『ジャスティスナイツハイスクール』との戦いに備え、早朝から最終調整に余念がない。
もちろん俺も突き合わされてるんだが、基本はそばにいるだけで、おかしなところがあったらアドバイスするという役割だ。
カリーフを加えた新コンビネーションを、身体に染み込ませるように何度も繰り返している少女たちを眺めながら、俺はBGMがわりに魔送から流れる元気な声を聞いていた。
『今大会も、いよいよ大詰めとなりました! ついに明日、Aブロック決勝戦となります! ぶつかり合うは、母なる大地学園と、ジャスティスナイツハイスクール! ご覧になれますでしょうか!? この澄み渡った空と、さんさんとした太陽を! おひさまもこの世紀の一戦に注目しているかのようですっ!』
いつもの実況と解説を映し出していたカメラが上に傾き、スポンサーロゴの入った壁の向こうにあるスカイブルーを映し出す。
『なんといっても今大会最大のダークホース、万年最下位と呼ばれた母大の試合なのです! 毎年、1回戦の組み合わせ抽選で、母大に当たった学校は大喜びしているのが風物詩でしたが、今回なんと、母大は1回戦の岩石乙女高校だけでなく、2回戦のすくすく冒険学校、3回戦の聖ローリング学園をも破ってしまったのです! ……ここで、今までの街の声を振り返ってみましょう!』
実況が言葉を区切った瞬間、画面が切り替わった。
人の行き交う街角の風景をバックに、インタビューを受ける3人組のギャルたち。
『第1回戦の試合は母大と岩石乙女に決まりましたが、どちらが勝つと思いますか?』というテロップに対し、
「えーっ、そのクエスチョン、マジでイミフなんですけどー!? ガンオト以外ないっしょ! だってハーダイ、てんでザコいし!」
「うん、マジでそれ、聞く意味ある!? ガンオトに決まってるよねー!」
「うーん、ガンオトのメルカヴァ、『ドルスコス』のパワーはチョー高校生級だからぁ、ハーダイの『アリフレール』なんてスクラップにされちゃうじゃねぇかなー」
そのあとも3人娘はさんざん母大をサゲ、岩石乙女をアゲたあと、
「「「ガンオトさいっこー! ハーダイ、ザコーい!」」」
最後は揃ってポーズを決め、プリクラでも撮るみたいなポーズで総意を発表していた。
さらにインタビューは続く。
今度は港の市場みたいなところで、休憩中の漁師たちに尋ねていた。
『第2回戦の試合、母大とすく冒、どちらが勝つと思いますか?』というテロップに
対し、
「母大は初めて1回戦勝ったけど、ありゃ偶然じゃないか! だからすく冒が勝つに決まっとる!」
「偶然ってのは言い過ぎじゃろ。でもまぁ、母大が勝つことはないじゃろなぁ、あの白いゴーレムは確かに奇策じゃったが、もう通用せんて」
「そうそう! なんたってすく冒にゃ、『爆炎の使徒』がおるずら! ポッと出の母大なんて、ひとたまりもないずら!」
オヤジ3人組は最後に手にしていたお茶を高く掲げ、
「「「すく冒の勝利に、かんぱーい! 母大、ごくろうさーん!」」」
すでに勝敗が決したかのように、湯呑みを打ち合わせていた。
なおもインタビューは続く。
今度は小学校の校庭で、遊んでいる子供たちに尋ねていた。
『第3回戦の試合、母大と聖ロー、どちらが勝つと思いますか?』というテロップに対し、
「聖ロー! だって
「僕は母大! だってあの白いゴーレムが超強いし、超カッコイイから!」
「真似すんなよ! それに母大が勝つわけないだろ! 母大の『アリフレール』って超弱いじゃん!」
「真似してねぇって! でも白いゴーレムは超強いだろ!? なんたってあんなでっかい火の玉を粉々にしたんだぞ!」
「それ、魔法学の先生をやってるうちの父さんが言ってた。魔法を使えないゴーレムにあんなことは不可能だから、ただの偶然だって! 偶然はそう何度も続かないから、次はボロボロに負けるって!」
「いや、負けないって!」
「いや、負けるって!」
「真似すんなよぉ!? じゃ、命賭けるか!?」
「おお、いいよ! もし母大が勝つようなことがあったら、裸で逆立ちして校庭一周したあと、鼻からスパゲティを食って死んでやらあ!」
……彼がいまどうしているのか気になったが、それは明らかにされることなくインタビューは続く。
最初にインタビューしたギャル3人組がまた映っていた。
派手なメイクと着崩した制服は相変わらずだったが、へんなワッペンみたいなのをいっぱい付けている。
『第4回戦の試合、母大とジャスティスナイツハイスクール、どちらが勝つと思いますか?』というテロップに対し、質問とかぶるような勢いで、
「「「ボーンデッドに決まってんじゃーーーんっ!!!」」」
頭に載せていた目出し帽のようなものを、一斉にずり降ろして被っていた。
よく見るとそれは、ボーンデッドの顔をイメージしたマスクだった。
3体のボーンデッドが、堰を切ったようにマシンガントークを始める。
「ボーンデッドって超強いし超イケてるし、超ヤバくない!? アレに勝てるメルカヴァなんて、ありえないっしょ!」
「ウチら最初っからボン様の強さを見出してたもんね! でもいまさら気付いてファンになってるのがクラスにも大勢いてさぁ、ミーハーなのばっかりでやんなっちゃうよねー!」
呆れたように肩をすくめるボーンデッドの隣で、嬉々としてカバンからなにかを取り出すボーンデッド。
「ほら、見てみそコレ! 今日発売のボン様の写真集! オールで並んでやっと手に入れたんだよ! しかもサイン入り~!」
カメラに向かって突き付けられたのは、大判の本の表紙だった。
『白き
下のほうには『ぼんでっと』という、ミミズが酔っ払ったような手書きの文字がのたくっていた。
「ボン様ってカタコトの8文字しか話せないから、いま書くのを練習してんだって! それって超かわいくない!?」
「ああん! やっぱりボン様いいぃ~んっ! んん~っ、チュッ!」
「ああっ!? ウチのボン様になにすんだよっ!?」
ボーンデッドたちが奪い合うようにして、写真のボーンデッドにルージュの跡を残すという、精神崩壊を起こしそうな光景でインタビューは終わった。
……俺は、選手たちの練習をコーチするのもすっかり忘れていて……コクピットの魔送モニターを瞳に映したまま、ぼんやりと考えていた。
試合開始前日に、こんなどうでもいい特番が流れるってことは……『女子校対抗メルカバトル』って、かなりの高視聴率なんだな……。
サッカーとかでもよくあるよな。
それまでの戦いを振り返るダイジェストや、応援してるヤツらのことを長々と垂れ流したりするやつ……。
……それも、この
あの写真集も、わざと下手にサインするのが大変で……。
……って、写真集ってなんだよ!?!?
俺はひとりノリツッコミをしつつ、計器をバンと叩いてシートから立ち上がった。
写真自体はしょっちゅう撮られてたし、隠し撮りなんてそれこそ数え切れないくらいされてきたが……本にして出版するだなんて、この俺に一言もなかったぞ!?
それになんだあのサイン!?
俺の書く字はあんな、覚えたての幼稚園児みたいなのじゃねぇぞ!?
なにが『ぼんでっど』だよ!? ボンネットかよ!
それに、カタカナに長音記号くらい書けるわ!!
いや、写真集だけじゃねぇ……なんだあのマスク!
勝手にへんなグッズ作るんじゃねぇーよっ!
あっ、そうか! あのギャルたちがラブライバーみたいに付けてたやつも、ぜんぶ
くっ……そぉぉぉぉ~!
大会でずっと合宿所に籠もりっきりだったから、世間がそんなことになってるだなんて、知らなかった……!
誰だよアレ作ってるやつ!?
売上をこっちにもよこしやがれ!!
『みなさーんっ! チャッカリ届きましたよーっ!』
不意に、聖堂院と24時間体制で繋がっているモニターから声がした。
はちきれんばかりの笑顔でダンボールを運んできたララニーのまわりに、子供たちが集まってくる。
『ボーンデッド様へのお布施にもなるかと思いまして、たくさん買っちゃいました! みなさん明日はコレを着て、ボーンデッド様を応援しましょー!』
『はぁーいっ!!』
普段だったら頬がニヤける光景だったが、いまの俺の頬には、ひとすじの冷や汗が伝っていた。
ま、まさか……!
そしてダンボールの中から飛び出す、俺グッズの数々。
マスクにシャツに光る棒、それにまくらカバーまで……!
ララニーは『明日はコレを着て』と言っていたが、みんな待ちきれないのかさっそく着替えを始めている。
魔送モニターの前に、ゲシュタルト崩壊を起こしそうなほどのボーンデッド集団ができあがるのも時間の問題かと思われた。
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