第57話

 部員たちにとって、そして俺にとっても激闘と呼べる試合は幕を閉じた。


 一夜開け、俺たちの周辺はさらに賑やかになる。

 『母なる大地学園』の地元のヤツらが大挙としてやって来たんだ。


 以前までは、部員たちのクラスメイトどまりだったが、今回は全校生徒から教師陣、しかも地元の有力者に至るまで、荷馬車を引き連れ押し寄せてきやがった。


 母大はAブロックの決勝進出を決めたので、あと2回勝利すれば優勝となる。

 今までの勝ち上がりを、偶然だ何だと揶揄してたヤツらもさすがに現実味を感じたのか、手のひらを返してきたんだろう。


 初めて会ったばかりのハゲデブのおっさんが、急に幅をきかせはじめたんだ。

 合宿所の庭で、勝手に式典みたいなのを始めやがった。



「栄えある『母なる大地学園メルカヴァ部』のメンバー、サイラくん、ラビアくん、カリーフくん、シターくん……! Aブロック決勝進出おめでとう! ああ、キミたちならきっとやってくれると思っていたよ! 伝統ある母大をブラックサンターの手から守れるのは、希望の星であるキミたちメルカヴァ部だけだ! 学園を守り切ることができれば、国王もきっとお喜びになるはずだ!」



 ……今回の『女子校対抗メルカバトル』において、母大が優勝できなければ、実績不足とみなされて廃校となる。

 その後釜に『ブラックサンター国立第三毒蜘蛛女子』が座ることになるらしい。


 ハゲデブが『国王もきっとお喜びになる』なんて言ってるってことは、ブラ女は招かれざる客……ようは『ブラックサンター』の占拠行為の一環なんだろうな。



 【ブラックサンター】

  闇の神『ドゥンケ』を崇拝する国家組織。

  固定の領土は持たず、国民は他国を不法占拠して暮らしている。

  首都は『移動城塞エルキ・トロン』。周囲50kmを領土と主張し、各国を渡り歩いている。

  首都の周囲や、国民たちが占拠した土地で略奪や大量殺人を行い、それが主だった収入源となっている。



 ……俺なりにクグって調べてみたんだが、ヤツらは各国に禍根として残っている民族問題や歴史問題をほじくり返し、地元住民を扇動して不法占拠で居座るらしい。


 他にも実績不足の学校を見つけては教育委員会に圧力をかけ、より優秀な教育機関として、ブラックサンターの息のかかった学校への鞍替えを迫るそうだ。


 今回その瀬戸際に立たされているのが、俺が手伝っている『母なる大地学園』ってワケだ。


 侵略行為だってわかってるのであれば、武力排除すればいいだろう、って思うかもしれねぇが、そうもいかないらしい。

 強硬手段に出た時点で、ブラックサンターの総本山である『移動要塞エルキ・トロン』が出張ってくるんだ。


 そうなると、完全に国家間の戦争になっちまう。

 いくら相手が領土を侵犯するヤツらとはいえ、コトを構えるのはどの国も避けたいらしい。


 いま俺がいる国は、地の神ゼムリエを崇拝する『ディス・ベスタ』っていうんだが、周囲には他の神を崇拝する国家が3つほどある。


 風の神エントスを崇拝する、『ロンジュ・ホー』

 火の神アゴニアを崇拝する、『ヤン・エイラ』

 水の神マァーアを崇拝する、『リアン・クデル』


 これらの4国間は冷戦が続いていて、テーブルの上では笑顔で握手しているが、その下ではお互いピストルを突き付けあっているような状態なんだ。


 そんな時に、ヤカラの相手をしちまったらどうなるか……想像するまでもないよな。


 だから各国は情報戦を駆使して、貧乏神のようにブラックサンターを押し付けあっているらしい。


 ブラックサンターはブラックサンターで、「我が国は四国の平和を司る、平和の使者バランサーだ」なんてぬかしながら好き勝手やっている。


 まるで、どこぞの独裁国家のようにな。


 ……ちょっと話が逸れてしまったが、ようは母大が廃校になると、JKが悲しむってだけじゃなく……この国の地図が、少しばかり虫食いになっちまうってワケだ。


 そりゃ、地元の有力者も駆けつけたくなるってモンだろう。


 しかし……そういうヤツらって、なんで揃いも揃って声がクソでかいんだろうな。



「おおっ! これが噂のボーンデッドくんか! なかなか精悍な顔つきをしているじゃないか! それにこの純白のボディ! まるでワシの政治人生のようだ! ……そうだ! 次の選挙ポスター用に彼の肩に乗って、大空を指さしている写真などどうだろうか!?」



 「どうだろうか!?」じゃねぇよ……さっそく撮ろうとすんじゃねぇよ……。

 俺は、ゴキブリのようなテカテカとしたツヤ頭で、這いのぼってくるオヤジを……手で払い落とした。


 オヤジはしつこく何度もチャレンジしてきて、とうとう脚立まで持ち出してきたが、俺は全部拒絶する。

 その間、女子高生や地元の小さな子たちが来たので、その子らにはもちろん手をさしのべてやって、肩に乗せてあげた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ハゲデブはロクなことをしなかったが、ほんの少しだけ良いこともしてくれた。

 メルカヴァをパワーアップさせる装甲を寄贈してくれ、専用の整備員まで手配してくれたのだ。


 俺も今まで知らなかったのだが、母大のメルカヴァ部が使っている機体は『アリフレール』という量産型のメルカヴァだった。

 高校のメルカヴァ教育における標準的な機体で、どの学校にもあるらしい。


 ただ、メルカヴァ教育に力を入れている学校……つまり全国大会に出るようなところはオリジナルの機体を使っている。


 この『女子校対抗メルカバトル』に出場するような強豪校は、どこも自前のメルカヴァだ。

 量産機で出場している学校など、母大以外にはないらしい。


 いままでは万年最下位だったのでハゲデブも気にしなかったようだが、今回の大会でいきなりベスト4まで勝ち上がっちまったから慌てたようだ。



「いま専用機体を設計させているが、さすがに今大会には間に合わないから、魔力を増大させる追加パーツを用意したぞ! 装甲強度もあがるから、かなりの戦力アップになるはずだ! がっはっはっはっはっ!」



 なにがそんなにおかしいのかわからねぇが、腹の肉を揺らすほどに笑い、指さす先には巨大な荷車があった。

 そこからパワーローダーのような整備用のメルカヴァがおりてきて、サーフボードみたいにデカい金属板をえっちらおっちら運び出し、アリフレールにくっつけはじめる。


 金属板には母大のロゴの他に、『ゼゲロ・プチャジル寄贈』と文字が掘ってあった。

 たぶん、ハゲデブの名前だろう。


 ……俺はちょっと気になったので、作業中の整備員を捕まえて話を聞いた。


 追加装甲のスペックとしては、装甲強度と魔力が1.5倍に増加。

 しかし重量が2倍にもなるらしい。


 それを聞いた俺は、カタコトながらもきっぱりと言った。


 『キャッカ ダ』、と……!


 これは大いにモメることになった。

 ハゲデブはなんとしても追加装甲をつけろ、と譲らなかったんだ。


 いままで一度も顔出さなかったクセして、「母大が優勝するためには、このパーツでなくてはダメなのだ! 部員ひとりひとりのことを、赤ん坊の頃からよく知るこのワシが言っているのだから、間違いないのだ!」なんていけしゃあしゃあと言いやがる。


 しかしコイツの魂胆は、俺にはお見通しだった。

 自分の名前が掘りこまれた装甲が魔送で流れれば、売名ができるからな。


 そこにどんな事情があるかは知らねぇが……とにかく、動きが鈍くなる追加装甲など絶対に認めるつもりはなかった。


 なぜならば、俺が部員たちの特性を見抜き、もっとも大事にしてきたのはスピード感だからだ。


 部員たちが得意とする魔法は、どれも単体では直接ダメージを与えられないものばかり。

 『地震陥没埋葬コンボ』として連携して、はじめて有効打となる。


 連携攻撃に大事なのは、途切れさせないだけの正確さと素早さ……バケツリレーでモタモタしてちゃ、火を消せないのと同じなんだ。


 ハゲデブは俺の肩に乗れなかった怒りを上乗せして、真っ赤になって怒鳴り散らしていた。

 そしてついに、ぬかしやがったんだ。



「そもそも監督をゴーレムなんかにやらせること自体が間違っていたんだ! こんなでくのぼうにメルカバトルの何がわかる!? おいボーンデッド……偶然勝ち上がったからといって、調子に乗るなよっ!? 貴様はクビだっ! このワシの言うことに逆らうヤツなど、どこへなりとも行ってしまえ!」

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