第52話

 『サテライトシェルママ』からの背徳のキスの名前……。


 それは、『管理者権限スーパーバイザー』……!


 ボーンデッドのパイロットは己の腕前と、様々なスキルを駆使して戦う。

 パイロットがボーンデッドの頭脳とするならば、スキルはその指令を受けて脈動する臓器のようなものだ。


 しかしいくら自分の身体であったとしても、いくら頭脳がしつこく命令を下したとしても、臓器になんでもさせられるわけじゃない。

 たとえば腕に重い荷物を持たせようとしても、自分の筋力をこえる物は持つことができないのと同じようにな。


 ただ、例外もある。

 たとえば火事になった時だったら、普段は押しつぶされそうなほど重いタンスだって持ち出すことができる……。


 いわば『火事場のクソ力』ってヤツだ。


 要はそんな、ボーンデッドの力を限界まで引き出すことのできる、禁断のスキルたちの総称が『スーパーバイザー』……!


 いい子ちゃんが結果が出せず悩んでいるときに、ママがこっそり渡してくれるドーピング用の注射器ってワケだ……!


 今回解放されたのはそのうちのひとつ、『オーバーリミットフォース』。

 『オーバーリミットフォース』は、使ったスキルを10倍の威力にまで引き上げてくれる。


 まさに火事場のクソ力と、まったく同じものなんだ……!


 しかしスキルの発動にはボーンデッドの大半のエネルギーを使用するうえに、とんでもなくあがるスキルの威力によっては、ボーンデッドの機体自体が耐えられるかどうかもわからねぇ。


 だが……! コイツがありゃ、なんとかなる……!

 今まさに沈みゆくメルカヴァとチャリオンを、まとめて湖から引きずり出すことくらい、わけがねぇんだ……!


 『スーパーバイザー』に属するスキルを発動する場合は、いつものようにタッチモニターからの操作というわけにはいかねぇ。

 コクピットに並んでいる、ハードウェアボタンを押し込まなきゃならない。


 しかも、発動できるようになるまでには少し時間がかかる。

 スーパーバイザーが与えられると、初回だけだが、プログラムのダウンロードが発生するんだ。


 俺は操縦桿とペダルをしっかり固定したまま、異彩を放つボタンを睨みつける。

 黄と黒の警告色に彩られた、赤いボタン……アレが光ったら、『オーバーリミットフォース』使用OKの合図……!


 そうなればボタンを覆うカバー外し、押すだけ……!


 早く……早くしてくれっ……!


 焦りまくっている俺の気持ちも知らず、勝手気ままなヤツらはあいも変わらずわめいてやがる。



『沈みゆくグラッドディエイターの元に駆けつけたボーンデッド! 手をしっかりと握りしめています! ヴェトヴァさん、これはボーンデッドは助けようとしているのでは……?』



『ンフフフフ……! 一見そう見えますが、判断するのは性急というもの……! ボーンデッドはああやって腕を掴むことにより、グラッドディエイターを自力では這い上がれないようにしたのです……!』



『ええっ!? 助けようとしているわけではないというのですか!? それは、いったいどうして……!?』



『メルカヴァ乗りにおいて、いちばん大切なことをご存知ですか……? それは「敵を作らない」ということ……! しかしそれは戦わない、という意味ではありません……! 大勢が見ているなかで、パイロットを見せしめのようにじわじわと再起不能にしてやることなのです……! そしてその行為こそが、敵を最大限に減らす……! なぜだか、わかりますか……!?』



『わ、わかりません……!? どうしてそれが、敵を減らすことになるんですか……!?』



『ンフフフ、簡単なこと……! もし次に立ちふさがるようなことがあれば、同じような目にあわせるぞというメッセージなのです……! 』



『な、なるほどぉ……! そういえば昨日、Bブロックの「ブラックサンター国立第三毒蜘蛛女子」の戦いぶりを見て、棄権したチームがいましたね! それと同じことをやっているというわけですね!』



『ンフフ、その通り……! ボーンデッドは相手の事故にかこつけて、偉大なるブラ女のやり方を真似しているのです……! 普通に勝つだけでは飽き足らず、見よう見まねで次の対戦相手を牽制しているのです……! なにせ次の相手が棄権すれば、一気に決勝進出なのですから……!』



「……んなわけあるかっ!! うるせえよっ、この乳女っ!! その西川のりおのオバQみたいな口、ちっとは閉じやがれっ!!」



 あまりに的外れで、あまりにバカげた言い様に俺はカチンときて、思わずモニターを蹴りつけそうになっちまった。



『救護班の到着には、もう少し時間がかかりそうです……! その間に、もうひとつの戦いの模様をお知らせしたいと思います!』



 実況席から画面が切り替わると、そこには……ボロボロになった3機のメルカヴァと、我が物顔で飛び回る1機のチャリオンがいた。



『母大のメルカヴァは3機がかりで挑みましたが、やはりグラッドディエイターを捉えることすらできなかった模様です! グラッドディエイターはチャリオンによる体当たりと、クロスボウによる狙撃で常に3機を牽制、魔法を唱えるスキを与えていません!』



 フェイスに映るサイラとシターは、額から幾重も血の筋を垂らしていた。


 ラビアに至っては反則攻撃を受けたプロレスラーみたいに血まみれだ。

 操縦桿を握るのもやっとの状態のはずなのに、それでもなおあきらめず、魔法を唱えようとしている。


 が、敵の矢弾は容赦なく突き刺さる。

 無数の弾痕がある胸部の装甲が、ついにベコンとへこんだ。


 さらにチャリオンの突進を受け、高く跳ね飛ばされる。

 魔送モニターごしだと、交通安全ビデオのダミー人形のようだった。



『うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!?!?』



『ら、ラビアちゃんっ!?』



『く……来るなっ、サイラ! それよりも魔法だ! お前の地震の魔法で、なんとかしてヤツを足止めするんだっ!』



『で、でも……あんなに速く動いてる相手の行き先を予測して、地面を揺らすだなんて……無理だよっ!?』



『し、シターっ! お前の観察力で、ヤツの軌道を読んで、サイラに伝えろっ!』



『……いまの自分の力量と経験では、高速移動する対象の偏差予測は不可能……でも、ボーンデッドがいれば、あるいは……!』



『ボーンデッドには頼らねえ、オレたちの力でやってやるって決めただろっ! ……ぐわあぁぁぁーーーっ!』



『も、もうやめてぇぇぇ! どうして、どうしてラビアちゃんばっかり狙うのっ!?』



『穴を埋める能力のあるラビアが戦闘不能になれば、たとえ穴に落とされたとしても再び這い上がることができる。相手は「地震陥没埋葬コンボ」の決定打を奪おうとしている』



『も、もういいから! もう立たないで、ラビアちゃんっ! ボーンデッドさんに……ボーンデッドさんに助けてもらおうよ! ……ボーンデッドさんっ! ボーンデッドさぁぁぁぁぁんっ!!』



 迷い子のようなラビアの声が、こだまとなって響きわたり……ボーンデッドのいる湖まで届いた。

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