第44話

『さあっ、この女子高対抗メルカバトルも、いよいよ後半戦! 第3回戦の初戦となるのは、「母なる大地学園」対「聖ローリング学園」! 今大会でいきなり頭角を表し、一気にダークホースに躍り出た母大の試合とあって、早朝にも関わらず注目度マックスですっ!!』



 試合当日。

 朝もやに包まれた森の中に、俺たちはいた。


 いかなる状況も想定して、とは言ったけど、なんでこんな朝っぱらから……。

 太陽だってまだ寝てる時間だろうに……。



『今回の戦場は、長距離ロングレンジフィールドとなります! 今大会、母大にとって初の広大なフィールドとなりますが、ヴェトヴァさん、これをどうご覧になりますか!?』



 直後『ンフフフフ……!』とコクピット内に独特の笑い声が垂れ流され、鼓膜にへばりついてくる。

 相変わらずのこってりした声に、朝メシもまだなのに胸焼けがヤベェ。


 なんだか、あんドーナツを3ついっぺんに食わされたような気分だ……。

 寝ぼけてる時にいちばん聞きたくない音は、俺の中ではミサイルアラートだったんだが……それすら小鳥のさえずりレベルだぜ。



『ンフフフフ……! ロングレンジのフィールドでは、戦術よりも戦略が重視されます……! あの薄汚れた白いゴーレムは、瞬時の判断……戦術能力には長けているようなので、ショートレンジフィールドではそこそこ見られたのでしょうが……やはりしょせんは井の中の蛙……! 智略走る者が勝利する、大海のようなフィールドでは化けの皮が剥がれることでしょう……! ンッフッフッフッフッフッ……!』



 ムカつく胸をさらにムカつかせる言いようだが、解説者だけあって一応の筋は通ってるな……。


 ちなみに補足しておくと、ヤツの言っている『戦術』というのは可視状況、すなわち相手を目視できるようになってからの戦闘力の使い方のことだ。


 そして『戦略』というのは、まだ見えていない相手をいちはやく察知し、有利な状況で『戦術』へと移行するための戦闘力の使い方のこと。


 『戦術』も『戦略』も、本来の意味とはちょっと違うのだが、どちらもメルカバトルにおいては戦闘距離によって定義されている。とクーグル先生から習った。


 ……なんてことを考えてたら、少しは眠気ざましになるかと思ったんだが……ダメだった。

 月曜の朝みてぇな、最悪な目覚めの気分は変わらねぇ。


 こんな時はカフェインがあるといいんだが、カレーが存在しなかったように、この世界にはエナジードリンクはおろか、コーヒーすらないんだよな。


 うーん、今度作ってみるかなぁ。

 さすがに料理好きの俺でも、コーヒーを植物の状態から作ったことはねぇけど。


 ああ……それにしても、どうでもいいコトを考えるのが止まらねぇ……。

 もうすぐ試合だってのによ……。



『……ボーンデッド監督! ボーンデッド監督ってばぁ!』



 急に揺さぶられてハッとなっちまう。

 気がつくとサイラとラビアの機体が俺のそばにいた。


 『ナンダ』と俺は返す。



『ナンダじゃないよー! ずっと呼んでたのにー!』



 フェイスに映った顔を、ぷくっと膨らませるサイラ。

 隣にいるラビアは、俺の様子に眉をひそめている。



『おい、フラフラじゃねぇか……しっかりしろよ! もしかしてお前も、シターと同じで朝が弱ぇのか!?』



 そういえば、シターとカリーフはどこに言ったんだ?

 と思って各カメラのモニターを確認すると、少し離れたところで棒立ちになっているシターと介抱するようなカリーフがいた。


 オートバランサーがあるから俺みたいにフラついてはいないが、フェイスのシターはコックリコックリと船を漕いでいる。


 なんだ……アイツも俺と同じ、朝よわ人間ヴァンパイアだったのか……。


 監督と仲間の体たらくに、ラビアは忌々しそうに舌打ちする。



『チッ……! どうすんだよ……! 戦略を立てなきゃいけねぇってのに、ボーンデッドはこんなだし、頼みの綱のカリーフの分析能力も使えねぇとなると、八方塞がりじゃねぇか……!』



 サイラが困り眉をさらに深くしながら応じた。



『だよねぇ……でも、いつも午前の試合はお昼くらいからなのに、なんで今回に限ってこんな朝早くからなんだろう?』



『さぁな、でも昨日の晩飯のときにカリーフが言ってたじゃねぇか。オレたちの試合って本来は別のフィールドだったらしいけど、急きょこのロングレンジフィールドに変更になったって。でもこのフィールドにはすでに午前の試合予定が入ってて、それがズラせないからムリヤリ早朝にねじ込まれたって』



『そ、そうだっけ……? ボク、カレーに夢中だったからぜんぜん覚えてないや……! でも、なんでムリヤリ変えちゃったんだろうね?』



『オレがそこまで知るかよ! 練習を覗きに来てた記者をとっ捕まえたときに、カリーフが聞き出したらしいから……その記者にでも聞きゃ、もっとわかるんじゃねぇか?』



 ボクっ娘とオレっ娘、ふたりのやりとりを念仏のように右から左に流していたはずだったが……俺はいつのまにか聞き入っていた。ハッキリとした意識で。


 怪しさ爆発じゃねぇか、その話……!


 なんで元々確保してあったフィールドをナシにして、このロングレンジフィールドに変更したんだ……!?

 しかも早朝という強行軍にしてまで……!


 ……くそ、もうちょっと早くわかってりゃ、手の打ちようもあったのに……!

 もうじき試合開始だから、どうしようもねぇ……!


 俺は少しだけ考えたあと、思い切って決断した。

 今回は俺も最初から、全力で参加することを……!


 これは俺の監督方針だったんだが、試合はなるべく部員たちにやらせて、いざという時以外は手を出さないって決めていた。


 前回の試合で言うならば、『赤耀の裂球噴カーディナル・ブラストボール』のようなヤバいのが出てこない限り、指示だけに徹しようと思っていたんだが……。


 でも、陰謀の影がウロついているのがわかった以上、そうも言ってられねぇ。

 部員たちと行動を共にし、率先して指示を出し……時には俺自らが出てやるっ……!


 そうと決まれば作戦変更だ。

 でも、『戦術』のほうはもう時間がないからそのままでいくとしよう。


 戦術はいつもの『地震陥没埋葬コンボ』ってヤツだ。

 さんざん練習した部員たちの動きを邪魔しないように、俺が臨機応変に立ち回ればいいだけの話だからな。


 むしろ手を入れるべきは『戦略』のほうだ。

 なにせロングレンジのフィールドともなると、相手は高機動の戦闘馬車を使って圧倒的な展開力を発揮できるのだから……!


 そこまで考えて、俺ははたとなる。


 もしかして、フィールドが変更になったのは……『聖ローリング学園』のヤツらの仕業じゃねぇのか……?


 それは十分にありえることだ。

 ヤツらの虎の子である戦闘馬車チャリオンは、悪路や森林のフィールドでは張り子でしかない。


 しかしこの広大なフィールドともなれば、水を得た魚と化す……!

 対戦相手である俺たちを、サメだらけの海に浮かぶ、漂流者同然にすることができるんだ……!


 だが、ヤツらの場外作戦の結果かどうかは、今はどうでもいい。

 肝心なのは、最初から全力でかからないと、あっという間に喰い殺されちまうかもしれねぇってことだ……!


 ハッ、いいぜ……!

 この勝負……マジで相手してやるよ……!


 ヤツラのランチにしちゃ、まだ早ぇだろうが……俺にとっちゃちょうどいいブランチだ……!


 よし、腹を空かせるついでだ……!

 世界チャンピオンの戦略ストラテジーってヤツを、見せてやるよ……!

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