第196話 ハッピーエンドに向かって走れ


 粉塵や影の破片も完全に収まり、俺は周りをざっと見渡す。


 倉庫街だった場所は戦いの余波で見る影もなく荒れ果て、あちらこちらに残り火がチロチロと燃えている。幸い火事というレベルにはなっていないようで安心したが、小火にでもなったらマズいから後で消火しておかないとな。


 そしてその張本人である影凶魔は、今の衝撃で完全に消滅していた。最後にまとめて道連れにしてやろうという執念。自分の身よりも相手の破滅を望むこの精神性は、牢獄の鼠凶魔のときから感じてはいたけどなんだかなあ。


 だがまず何よりも、


「皆……生きてるよな?」

「……何とかね」

「うん。私も」

「私死にそう……って冗談冗談っ! まだ元気だよトッキー」


 俺がポツリと呟いた言葉に、エプリを始めセプトやシーメが口々に返す。ヒースは何も言わずに軽く腕を上げ、ボンボーンさんもおうよと返してくれる。


 倒れてはいるもののネーダも呼吸はちゃんとしている。つまりこれは、


「良かった……良かったよ。誰も死なずに済んで……本当に良かった」


 もうダメかと思った。


 ヒースを探しに出て、大葉の伝手でシスター三人娘と合流。そしてまた手分けして探し回りやっと発見したと思ったら、今度はヒースの探していた妙な連中と戦うことになり、挙句の果てには変な男達やセプトの凶魔化騒動だ。


 今日一日で何度酷い目に遭ったことか。毒を吸わされ、鬼凶魔に殴りつけられ、胸に土属性の槍を受けたかと思ったら今度は影属性の刃で斬られ、


 本当に何度自分が、或いは他の誰かが死んでしまうんじゃないかと思ったか分からない。だが、これでやっとハッピーエンドだ。あとは皆で屋敷に戻るだけ。


「……あっ!? そういえばあの鬼凶魔達は?」

「それなら心配すんな。そこの嬢ちゃんに無理やり魔石を引っこ抜かれたあとみるみるヒトに戻っていったんで、邪魔にならねえよう近くの倉庫に放り込んである。……おっと。嬢ちゃん達は見ねぇ方が良いな。服がアレだからよ」


 ナイスボンボーンさん! 俺が気を失っている間に、動いておいてくれたらしい。放っておいたら影の刃に下敷きにされていた可能性もある。


 服がアレというのは……まあ以前ダンジョンでバルガスがなった時と同じだろう。破れて全裸にでもなったか。


「それにしては……ネーダは何で服が破れてないんだ?」

「ネーダの場合はあくまで持っていた武器が基点となって凶魔化したようだからな。内側からじゃなくて外側からなったから服ごと吞み込まれる形だった。だからそれなりに無事だったんだ」


 流石に裸だったら見捨ててたというヒースだが、そこは嫌々ながらも多分助けていたと思う。


「見つけたぞっ! ヒース様ご無事ですかっ!」

「先ほどの凄まじい爆発を見て急いで駆け付けたのですが……って!? なんですかこれは!?」

「シーメ姉! やっと、追いついた!」

「遅いよソーメ! こっちはあらかた終わったよ!」


 そこに続々と駆け付けてきたのは、前に少し見かけた衛兵隊の面々とソーメ。どうやらヒースの迎えらしいけど、なんか迎えだけにしてはやたら多いし武装もしてるな。


「……本来は別件で近くに来ていたんだけど、さっき少し話をしてね。ついでに引っ張ってきたわ。……私だけ先行してきたけど」


 俺と手分けしている間に何があったのエプリっ!? ついでにって!? まあ迎えが多いのは別に良いか。


「ヒース……さん。色々あったけど、迎えも来たことだし早い所帰ろう。もう今日は疲れたよ。……なあセプ」

「……うぐっ!? ……あぁっ!?」

「セプトっ!?」


 振り返ると、そこにセプトの苦しそうな呻き声が響く。そうだ。こんな風に落ち着いている場合じゃなかった。


 セプトは見るからに酷い有り様だった。身体に直接見える怪我は少ないが、顔色は青白く鼻や目から血を流している。影凶魔になっていた以上身体への負担も計り知れない。そして一番マズいことに。



 そう。今回の騒動の一因となった胸の魔石。それはまだセプトの身体に埋め込まれたままだった。一回凶魔化したっていうのに何でまだくっついたままなんだよ!?


「やばっ!? ちょっとどいてトッキー! ……セプトちゃん。少しそのままじっとしていてね」


 シーメが自分も疲労困憊だろうにセプトに近づいて確認する。そのままじっと様子を調べ、立ち上がると顔を横に振って険しい顔をする。


「ダメ。めちゃくちゃ悪化してる。これを力づくで摘出しようとしたら本当にセプトちゃんが危ないかも

。抑える器具も壊れちゃったし、一刻も早く院長先生に診てもらわないと」

「そんなっ!? ……よし。急いで連れて行かないと。エプリっ! ここに来るのに使った雲羊は?」

「離れた場所に待たせているわ。私が先導するからついてきて」

「私も行くよ!」


 エプリが先頭に立って走り出すのを、セプトを背負った俺とシーメで後に続く。


「済まないが、何人かはここに残って消火活動と後片付けを頼みたい。そこに倒れている者は一連の騒動の犯人の一人だ。治療の上厳重に移送してくれ。……ボンボーンはここに残ってくれ」

「はあっ!? なんで俺が?」

「説明に必要なんだ。これからのことも話す必要がある。補償金の事とか」

「…………手早く終わらせろよ」


 ヒースは衛兵隊の人達に後を頼んで後から追ってきて、ボンボーンさんはここに残って話をすることに。


 ああもぅっ! 最後の最後の最後までドタバタだよ!


「……トキヒサ」

「んっ!? 大丈夫だぞセプト。すぐに連れて行って診てもらうからな。だから安心してもう少し休んでろよ」

「……うん。ありがとう」


 今にも消え入りそうなか細い声でそう言うセプトを背に俺は力の限りエプリを追って走っていった。必ず助けるからなセプト。




 ……あれ? 何か忘れているような……気のせいか?






 ◇◆◇◆◇◆◇◆


『……ふむ。あの素体は都市長の手に渡ったか』


 戦いの場から少し離れた場所。やや高い所にある建物の上、そこから事の顛末を確認していた者があった。


 その男こそヒースの言う仮面の男。先ほど影凶魔に串刺しにされ、そのまま多くの武器で責め苛まれモノと化したはずの男である。


『今からでも回収に……いや、それは難しいか。まさか他の素体を使い潰すだけでなく、私自身のゴーレムまで壊されるとはな』


 仮面の男は誰に言うでもなく呟く。


 そう。先ほどまで戦っていたのはただのゴーレム。素材の多くを手作業で組み上げ、魔石を動力として動く半自立型ゴーレムを、仮面の男が遠隔操作していたものだ。


 ゴーレムを介することで毒も受け付けず、動きに合わせて魔法を使うことで本人と悟られにくい。難点はどうしても使用者が近くに居る必要があることと、多少値が張ることだがその点はあまり重要視していなかった。


『……むっ!?』


 仮面の男はその仮面の奥で目を細める。


 彼がこんなことになった理由。執着する素体であるセプトを連れた者達が、衛兵隊から離れてどこかへ向かっていたのだ。向かう先には雲羊クラウドシープが待機している。


『これは都合が良い。あの素体……セプトをどこへ連れて行くか。……移動中に襲撃は難しくとも、その場所さえ分かれば手段は幾らでもある』


 どうやらあれに乗せてどこかへ向かうつもりのようだと考え、仮面の男はその移動先を確かめようとし、



「は~い。そこまでっすよ! どこのどちらか知らないけど怪しい誰かさん」



 


「冴えわたるあたしの第六感! 合流する前にな~んか嫌な感じがして来てみれば、見るからに怪しい人が物騒なことを口走っている現場を目撃っす!」

『何者だお前は? ……いや、何者でも変わらないか。“石槍アースランス”』


 仮面の男は無造作に地面から石槍を隆起させて大葉を貫こうとした。


 見た所大した魔力も感じず、身のこなしもそこまでのものとは思えない。次の瞬間には終わるであろう些事。すぐに意識を切り替えて、素体であるセプトの移動先を確認しようとした時、



「『どこでもショッピング』。カテゴリは剣。試用トライアル……スタート」



『…………なっ!?』


 大葉の手には、いつの間にか持ち手から薄青色の魔力の刀身が伸びる剣が握られていた。それは以前、シスター三人娘の一人、ソーメが持っていた物に酷似……いや、そのものだった。


 迫りくる石槍を、大葉は舞うように切り払う。この動きもまた


「う~んさっすがソーメちゃんの魔力剣! あたしの補正も上がる上がる! ……んで? 諦めて降参して洗いざらい話してもらえないっすかね? あたしも知らない人を傷つけるって言うのはちびっと気が引けたりするんすよ!」


 油断なく剣を構えるその仕草に、仮面の男は目の前の相手への警戒を一気に引き上げる。だが、


『…………っ!? その痣は!?』


 一瞬だけ吹き抜けた風。そしてその風で少しめくれた袖の隙間から見える特徴的な形の痣に、仮面の男は何故か反応した。


「およっ!? もしかしてこの痣が何なのか知ってるっすか? それはますます逃がすわけにはいかないっすね!」

『……あの御方と同じ痣。これはなんという僥倖か。元々の役割は果たした上に、予想外の素体と興味深いヒトを見つけるとは』


 仮面の男はそうどこか狂気を思わせる喜びようをすると、スッと構えを解いて懐に手を入れ何かを探る。そして、


『ああなんとしたことだ。このように幸運に恵まれながらも、今は我らの場所に出迎える準備が出来ていないとは。また後日、あの素体と共に改めて迎えに上がるとしよう』

「逃がさないっすよ!」


 気取った態度で一礼する仮面の男に、無理やりにでも捕まえようとする大葉。だが、


『いいや。お暇させてもらおう。失礼!』


 次の瞬間、懐で何か光ったかと大葉が思った瞬間、仮面の男はフッと姿を消した。大葉は知る由もなかったが、以前時久が使ったのと同じ転移珠によるものである。


「え~っ!? なんすか今の? テレポート? 瞬間移動? そんなのアリっすか!?」


 大葉は悔しがりながらその場に座り込む。自分の能力をあまり人に見せたくないからと、最低限の事だけ告げてここまで一人で来たことが裏目に出た形だ。だがすぐにえいやっと勢いよく立ち上がる。


「……まっ! な~んか知ってそうな人がいるってことは分かったし、セプトちゃんを狙ってる変態っぽい奴を追い払えたと考えればまあ良しとしますか!」


 そうして大葉は仮面の男が見ていた先、自分のセンパイやその仲間達を見てホッと一息つく。


「あっちも無事みたいだし、こっちも早いとこ帰るとしますか! 待ってくださいよセンパ~イ! あたしもここに居るっすよ~!」


 大葉は急いで合流すべく走り出した。





 長い夜は、もうすぐ終わりを迎えようとしていた。

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