第194話 届く流星
◆◇◆◇◆◇◆◇
空に打ち上げた一発一万円を超えるお高い花火……いや、俺の投げた銭投げが炸裂し、一時的に周囲の闇を閃光が切り裂く。
影凶魔は、一瞬だけその光を見て動きを止めていた。それが単に光に反応したのか、それともセプトの意識が既視感でも覚えたのかは分からない。だけどこのチャンスを逃す訳にはいかない。
「これでも、食らええぇぇっ!」
そう叫びながら、落ちる勢いを上乗せしたフライングボディアタックをぶちかまそうとして、そこでふと気づいた。身体に当てたらマズイ!
あくまで魔石があるのは影凶魔の頭部。セプトが身体の中に居る以上、勢いが付き過ぎたらセプトにまでダメージが行く。
「くっ!?」
何とか落下する身体を捻り軌道修正。身体がミシミシと嫌な音を立てるが関係ない! ここでやらなきゃいつやるんだっ!
そのまま影凶魔の頭部にぶつかっていき、何かが割れるような音と共に二人纏めてゴロゴロともつれながら転がる。
「……っつ~っ!? アタタタタ」
着地を考えないでやるとこれだからキツイ。痛む身体を無理やり立ち上がらせ、俺は慌てて影凶魔の様子を探る。
影凶魔は大分弱っているようだった。少し離れた場所まで転がり、頭部の魔石は砕けてこそいないもののひび割れは大きく、身体を覆っていた影のドレスも所々朧気になっている。
周囲の影も収まりつつある。やるなら今しかない! 俺は覚悟を決めて、痛みでふらつきながらも影凶魔へと走る。
目の前に立っても、影凶魔は何故か動かなかった。まだ影は残っている。俺を迎え撃つことも少しなら出来るだろうに、そうはしなかった。
俺は貯金箱を取り出す。動けない今がチャンスだ! 今ならセプトをここから引っ張り出せる。
「もうちょっとだけ待っててくれよセプト! 『査定開始』」
貯金箱から出る光が影凶魔を照らし出す。セプトが居るとしたら身体の中央部分。そしてその正確な位置は、
ブローチ(光属性付与 ランク低級) 五十デン
ビンゴっ! 俺はほつれた影のドレスの隙間に手を潜り込ませる。
今日セプトに渡したブローチ。それをセプトは身に着けていた。それを思い出して探ってみたらドンピシャだ!
「…………ここかっ! よいしょっと!」
そしておおよその場所に当たりを付け、その手に触れた物を力の限り引っ張り出す。ズルリと音を立てて影から姿を現したのは、俺の見慣れたいつものセプトの姿。胸にはブローチが微かに光を放っている。
下半身は影に呑まれたまま。目も虚ろで酷く弱っているようだけど、間違いなく生きている。
「おい。……おいっ! しっかりしろっ!」
下手に揺さぶったりしたら危ないかもしれない。なので声を掛けるだけにしたが、セプトはまだ意識が朦朧としているようでぼんやりしている。
待ってろ。今完全に引っ張り出してやるからな。俺はさらに力を入れて引き抜こうとし、
「Aaaaarっ!」
「何っ!?」
そこで止まっていたはずの影凶魔が急に動き出した。依り代になっているセプトを取られまいと思ったのか、単に自身の危機に生存本能が働いたのかは分からないが、再び影が脈打ちセプトを引き戻そうとし出す。
「させるかっ!」
俺はセプトの腕をしっかり掴んで必死に抵抗する。だが影はまた刃に形を変えて俺に襲い掛かってきた。防ごうにもこっちはセプトを掴んだまま。ここで離したらまたセプトが呑み込まれる。何が何でもこの手は離せない。
迫る刃に俺は少しでも痛くないよう身体を捩って躱そうとし、
「“
その直前、聞き覚えのある声と共に放たれた風の弾丸が、影凶魔の頭部を撃ち貫いた。
ピシっ。パリーン。
エプリの放った二度目の風弾は、見事に同じ場所を直撃。ただでさえヒビの入っていた魔石は衝撃に耐えきれず砕け散る。
「Aaaaarっ!?」
響き渡る影凶魔の絶叫、いやうるさいんだよ! こっちはセプトを掴んでいて耳を塞げないんだぞっ!
しかしナイスだエプリ! そちらの方を見ると、エプリもこちらに駆け寄ってくる。
「トキヒサ!
「分かってる! ふんぬ~ぁっ!」
影凶魔は徐々に光の粒子となって消えつつあるが、最後のあがきで暴れられたらたまらない。俺は急いでセプトを全身引っ張り出すため力を込める。
さっきは腹から上くらいだったが、もう足の辺りまで見えてきた。もうすぐだっ!
「……っ!? トキヒサっ!? 上っ!」
「げっ!?」
見ると上空、そこに一抱えもある大きな影の刃が数本展開されていた。刃先は全てこちらを向き、影凶魔の身体から伸びている。奴め。最後の力で俺達を道連れにする気かっ!?
影凶魔がまだ魔石が壊されても完全に消えていないように、影の刃もすぐには消えない。このまま落ちてきたら消える前に串刺しだ。
銭投げでもあそこまでは届かない。威力を上げればかき消せるかもしれないが、どう考えても爆風でこっちも被害を受ける。落ちてきてからでは遅いしな。
その時、遂に影の刃がこちらに向けて落ち始めた。逃げるか……いやダメだ! 俺とエプリだけならまだ可能かもしれないが、セプトが影凶魔と繋がっていて動けない。
「……くっ!? “
エプリもそれが分かっていて、重ね掛けした強風で吹き飛ばそうとするが、刃が大きすぎて吹き飛ばしきれない。
もう柱というレベルのそれが見る見るこちらに迫り、エプリが素早く俺にしがみつくようにしながら強風を周囲に吹き荒らさせる。限界まで風の範囲を狭め、俺達から刃の軌道をずらすことを最優先する為のものだ。
だけど直感する。まだこれだけじゃ足りない。仮にさっきのようにシーメが護ってくれることを考慮してもギリギリだ。下手すれば貫かれる。そして、
「…………えっ!?」
こんな芸当が出来るのは……俺は咄嗟にセプトの方を見る。すると、セプトが震える手を空に向けて影の刃を睨みつけていた。鼻からは血が一筋垂れて、目の血管も傷つき始めたのか真っ赤に充血している。
誰がどう見てもセプトはもう限界だった。
「うっ……トキ……ヒサ……早く、逃げ……て」
「セプトっ!? お前を置いていけるかっ! すぐに引っ張り出してやる!」
「ダメっ! 今……私……離れたら……止められない。だから……早く」
俺が慌てて引き抜こうとするが、セプト自身がそれを拒否する。ふざけるなっ! ここまで来て、ここまで来て諦めきれるもんか!
「エプリっ!」
「分かってるっ! ……セプト! もう少しだけ粘りなさい!」
少しでも時間が出来たことで、エプリが“
俺は少しでもセプトが楽になるように、身体を支えるべく体勢を移動させる。……魔力暴走の時もこうだったな。そうだ! あの時のように俺が受け皿になってセプトの負担を減らそうとし、
「トッキー! エプリ! あとは私達に任せて!」
「シーメっ!? 何でここに!?」
陰から攻撃を防いでくれていたシーメが、影が上空に集まっている隙を突いてこちらに走ってきたのだ。
「……ありがたいけど、アナタでもあれを完全に防ぎきるのは難しいわ。ここから離れて遠くから支援を」
「大丈夫大丈夫! 少しでもアレの動きを止めてくれて助かったよ! ……セプトちゃん。もう少しだけ頑張ってね!」
シーメは得意げに笑いながら額に軽く手を当てる。またアーメかソーメと連絡を取るみたいだ。だけどこんな状況で一体何を?
「……もしもし。お姉ちゃん? ……うん……
その瞬間、空気が変わった気がした。
「エプリ! あと十五秒くらいで上の奴を乱すから、それと同時にその溜めてるのを打ち込んで散らして! 私は照準の調整で光壁を張ってられないから、トッキーは身体を張ってセプトちゃんや皆を守って!」
矢継ぎ早に指示を出すシーメ。エプリは何も言わずに溜めを続行。何が何だかよく分からないが、この状況を何とかできるんなら従うぞ!
「セプト。心配するな。必ず皆で帰るぞ!」
「……うん」
セプトは今にも崩れ落ちそうな姿で気丈に頷く。
そこからの十五秒間はとても長く感じた。
いつ力尽きるかも分からないセプトが懸命に空に向けて手を伸ばし、シーメは目を見開いて空を凝視し、エプリは何も言わずただその時に備えて魔力を溜める。
俺も何が起きても良いように、貯金箱を片手にセプトを支えながらじっと構えていた。そして、
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