第193話 思い出した名前


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 それはかつて戦った時の再現。目の前に迫るのはあの時と同じ……いや、あの時よりも大きさも威力も一回り大きい影の大壁。


「ボジョっ! 頼む!」


 俺の意を酌んで、ボジョが後ろに向けて触手を伸ばす。届かせるのはエプリの所。ボジョから伝わる影にエプリがそっと手を触れ、


「“影造形シャドウメイク”」


 ボジョの影が、そしてそれに繋がる俺の影がゆらりと不自然に揺らめく。


 懐からいざという時のために取っておいた硬貨を袋に詰め、投げやすいように重さを調整する。軽くポンポンと手で弄び、投げる際の力感覚をイメージ。……これなら行けるっ!


「行くぞっ! うおおおおっ!!」


 迫る影の壁に対して、俺は自分から駆け出していく。


 一秒ごとに近づいていく距離。直撃したら串刺し待ったなし。一歩間違えば死ぬというギリギリの状況。あの時と同じように、怖くて怖くてたまらなくなる。だけど、



 ギシッっ!



 信じてたぜ。エプリの操る俺の影が網のように形を変えて、迫りくる壁に絡みついて動きを押しとどめる。


 影の壁はあの時より一回り大きいものだが、それを言うならこっちのエプリだって今回は体調万全だ。あの時のように、網が階段のように駆け上がれる形にさらに変化する。


「決めなさいトキヒサっ!」

「おうよっ!」


 後ろから聞こえるエプリの激励に背を押され、俺は影で出来た階段をダッダッダッと一気に駆け上がる。影の壁は前より大きいとはいえ、それでもすぐに一番上に辿り着く。


 眼下にはあの時と同じ、残りそれほどでもない距離に佇む影凶魔セプトの姿。そして、


「……くっ!? やっぱりか!?」


 そして俺を待ち構えるかのように、影凶魔から伸びる幾つもの影の槍。


 過去の事を再現することでセプトに俺達の事を思い出させる……というか、強く認識させることで一時的にでも主導権を取り戻させるのが狙いなわけだが、当然そうなると困るのが対策されることだ。


 仮に一部でも思い出すとすると、相手がこうしてくるっていうのが分かるからな。だから以前みたいに、影を乗り越えてきて一瞬焦りで動きが止まるなんてことが無くなる。


 影の槍はそこまで多くない。前のように頭上で硬貨を爆発させることで、影をかき消すこともおそらく可能だろう。問題なのは位置取りだ。


 ここからだと影が邪魔で、頭上まで投げても撃ち落される可能性がある。低い高度で爆発したらこっちにまで被害が出かねない。


 かと言って前のように影の壁から跳びながら投げると、位置取りは良いが俺自身ががら空き。槍の二、三本が身体に突き刺さることになる。いくら頑丈とは言え当たり所が悪かったら非常にマズイ。


 エプリも壁を押しとどめるのに集中していて手一杯。ボンボーンさんやヒースはそれぞれ戦っていて手が出せない。


 まだほんの僅かに残る他の影を抑えようとする別の影も、数が少なすぎて全部は止められない。


 そんな状況で俺のとった行動は、


「どおりゃああぁっ!」



 やはり前と同じく影凶魔セプトに向かって、走る勢いそのままに高所からのスカイダイブを敢行することだった。



 位置取りはバッチリ。影の隙間から見える空。雲で少し隠れかけているものの、三つ並んだ月に向かって力いっぱい硬貨をぶん投げる。


 だけど代償は大きい。袋が空に届くまでの数秒間、俺の身体は完全にがら空きだ。光によって消え去る前にと、影の槍が袋を投げた直後の俺に殺到する。


 こんな状況じゃ身をひねって躱すことも難しい。見える範囲で一本は他の影に抑えられていたけど、それ以外はあと一秒もしない内に槍は俺に突き刺さるだろう。


 だけど、俺はそんなに心配はしていなかった。何故なら、


「“光壁ライトウォール”っ!」


 からなっ!


 影の槍が俺を貫く直前、聞き覚えのある声と共に、落下中の俺を覆うように光の膜が俺を包んで影の槍を弾く。


 ……ふぅ。助かったよシーメ。元々は俺が囮になって影を引き付ける時のための防御を頼んでいたが、こうして少し展開が変わっても上手く合わせてくれたようだ。


 近くに隠れながらタイミングよく防いでくれたシーメに後で礼を言おうと決め、今は俺のやるべきことに目を向ける。


「セプトっ! これを見て少しは思い出せっ! 金よ。弾けろっ!」


 大分高くまで上がったのを見計らい、俺は銭投げの効果を発動。強い閃光が爆風と共に周囲に拡がった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 ああ。なんだろう? 影で出来た壁が途中で止まった時、私はこの出来事をどこか知っている気がした。相変わらず思い出せないけれど、同じような出来事があったような。


 そう。もしかしたら、あの壁を乗り越えて××××がやってくるのかもしれない。私はもう眠ってしまいそうだけど、は私の考えを少しだけ読み取って、壁の上に向けて迎え撃つための槍を伸ばす。


 そうして本当に××××はやってきた。だけど影の槍はもう何本も待ち受けている。もうまるで思い出せないけど、何だか××××にこれ以上傷ついてほしくなくて、僅かに残った力で槍を止めようとするけど止められない。


 何故だろう? 何故××××はこんなに向かってくるのだろう? 私は××××の名前も思い出せないのに。××××を傷つけてしまったのに。


 そこで××××は大変なことをした。こちらに向かって壁の上から身を躍らせたのだ。空に向けて小袋のようなものを投げつけていたけど、今のままじゃ影の槍が突き刺さってしまう。


 一つは何とか抑え込んだけど、残りの槍が××××にまとめて襲い掛かる。


 ……まただ。また××××を傷つけてしまう。もう嫌だ。もう見たくない。自分から意識を手放してしまおうとした時、××××を守るように光が体を覆い、影の槍を弾き飛ばした。そして、


「セプトっ! これを見て少しは思い出せっ! 金よ。弾けろっ!」


 その時、それまで何を言っているのか分からなかった××××の言葉がはっきりと聞こえた気がした。


 自分の名前を……呼ばれた気がした。


 空高く放たれた小袋が、空に大きく光を放ちながら爆発する。それを見た時、また何か思い出しそうな感じがあった。


 がまた囁きを強めて頭がぼんやりしそうになるけど、扱っていた影が光で一時的にかき消されたことで囁きが弱くなっていた。


 あと何となく、これから起きることが分かる気もしていた。それは、



「これでも、食らええぇぇっ!」



 そう叫びながら××××が、落ちる勢いも使って体当たりをしてくるという事。だけど、


「くっ!?」


 ××××は体当たりしながらも無理やり身体を捻った。そして、この身体のに向けてぶつかってくる。


 ピシっ! ピシっと何か割れるような音が響く中、この身体は××××と一緒にゴロゴロもつれながら転がっていく。


「……っつ~っ!? アタタタタ」


 ひとしきり転がって止まった時、××××は痛みをこらえながらも立ち上がろうとしていた。どうやら無理やり身体を捻ったことでどこか痛めたみたい。


 それと同時にこの身体も酷く傷ついていることが何となく分かった。身体を覆っている影のドレスが所々千切れ、も力の源である魔石が傷ついたことで大分弱っている。


 一時的に周囲の影も落ち着いて、ずっと聴こえ続けていた囁き声が一気にスッと小さくなり、頭の中が少しだけはっきりとしてくる。


 さっきよりも影の操作はこっちで出来るようになった気がするけど、でも……もうあまり意味は無いと思う。


 ザッザッザと、ふらつきながらも××××がこちらに走ってくる。が弱って動けない今のうちにこの身体をどうにかするつもりなのだろう。


 それならそれで良い。少しは迎え撃つことも出来るけど必要ない。××××の傍にもう居られなくなるのは辛いけど、また傷つけてしまうのはもっと嫌だ。


 ××××はよく振るっている貯金箱を取り出して大きく振りかぶり、



「もうちょっとだけ待っててくれよセプト! 『査定開始』」



 そう言って貯金箱を持ち替え、この身体に向けて光を放った。そして××××は影のドレスの隙間からその手を潜り込ませる。


「…………ここかっ! よいしょっと!」


 その時、この身体ではなく腕に何かが触れる感触があった。そのまま強く引っ張られ、この身体の視覚ではなく私の目に暗闇以外の何かが映る。それは、


「おい。……おいっ! しっかりしろっ!」


 ああ。魔力暴走を起こしかけながら目を覚ましたあの時と同じ言葉。もう離さないとばかりにしっかりと私の腕を掴み、心配そうに私を見つめてくる……大切なヒト。





 。私のご主人様がそこに居た。

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