第192話 あの時の事をもう一度
「うわっ!? よっと! ……セプトっ! 俺だよ分かるかっ? 時久だ!」
時折飛んでくる影の刃を防ぎながら、俺はそう影凶魔……正確に言うとその中のセプトに呼び掛け始めた。
俺が考えた手はなんてことは無い。一言で言えば、
いくらエプリでも、大量の影に阻まれながら影凶魔の魔石を何とかするのは難しい。それもセプトになるべく被害が無いようにと来れば猶更だ。
ならちょっと心苦しいが、セプトの意識が影響して俺に執着しているのを利用して、俺が敢えて近づくことで影を引きつけ、隙が出来たらエプリに頑張ってもらう。俺が直接セプトを引っ張り出すっていう手でも良いし、まあ大雑把に言うとそういう事だ。
「Aaaaarっ!?」
「そんなデカい声で叫んでないで、ほら。セプト! 暴れるのを止めて都市長さんの屋敷に帰ろうぜ」
「トキヒサっ! そこは危ないから早く下がってっ!」
「こっちは大丈夫だっ! 上手いこと……どわっ!? ……隙を作るから、何とか頭の魔石を狙ってくれっ!」
後ろから慌てて追って来ようとするエプリだが、それを手で制しながら少しずつ進む。影凶魔までの距離はもうあと五、六歩といった所。走ればすぐに届く距離だ。俺は何とか影を躱したり打ち払ったりしながら進み、ゆっくりと影凶魔に近づいていく。
影凶魔は頭を押さえながらこちらを見ていた。周囲に伸びた影は相変わらず動き回り、俺を切り裂こうと伸びる物もあればそれを防ごうとするものもある。
影凶魔とセプトの壮絶な主導権の取り合い。俺にはそう感じられた。そんな中、
「……くっ!? そう簡単にはいかないようね」
時折影凶魔の頭部、魔石の部分を狙撃しようとするエプリだが、先ほどの一撃を警戒しているためか影凶魔のガードは硬い。射線が通りそうになるや、即座に影を地面から突き上げてブラインドのようにする。
俺に対してはぎこちない動きのくせして、俺以外に対しては反応が機敏過ぎないか?
「セプト……聴こえているんだろう? セプトは凶魔なんかになっていないんだろう? 頼むから落ち着いて攻撃を止めてくれ。少しの間だけで良いんだ」
前に進む。あと四歩。……三歩。
「セプトが俺の事が分からないって言うなら分からせてやる。忘れたんなら思い出させてやる。大丈夫。絶対助ける。……だから」
ガキン。さっきより少し勢いの付いた影の刃を打ち払う。……二歩。
「その手を伸ばしてくれ。くっついている凶魔なんか振り払って、お前の姿を見せてくれ」
三本まとめて突き出される刃を、一本は貯金箱で受け止め、一本はボジョが触手で絡めとり、一本は俺の頬を掠めるだけに留まる。
あと……一歩。
俺は影凶魔に向けてゆっくりと手を伸ばす。伸ばされる手を掴めるように。
すると、これまで攻撃してきた影の刃とはどこか少し違う影。ゆっくりで、どこか触れるだけで壊れるんじゃないかという感じの細い影が伸びてきた。
何となく直感した。これは
俺はその影を掴み取ろうとし、
「……ぐあっ!?」
その影とは別の影の刃に腕を切り裂かれた。血が軽く噴き出したので反射的に腕を引っ込めると、セプトの影はフッとただの影に戻ってしまう。……くそっ! もうちょっとだったのに。
再度手を伸ばそうとするが、今度は一気に十本近くの影が伸びてきたのでいったん距離を取る。……何か嫌な予感。
「……トキヒサっ! 少しずつだけど、
影を躱しながらやってきたエプリの声に慌てて周りを見渡す。先ほどまで俺に向かってくる影とそれを抑える影が大体半々くらいだったのに、今じゃ七三くらいの割合で向かってくる影の方が多くなっている。だからどんどん止めきれなくなってるわけだ。
これはマズい。これがセプトが俺達の事を完全に分からなくなってきたからなのか、もしくは単に影凶魔との繋がりが強くなってきたからなのかは不明だけど、少しずつ影の主導権争いでセプトが不利になってる感じだ。
気づけば俺以外に対して攻撃が再開し、エプリにボンボーンさんやヒース、凶魔化したネーダにまで影が伸びている。
もしこのまま完全に主導権が影凶魔の方に渡ったら、今以上に見境なく暴れまわる可能性が高い。まだ少しでもセプトが抑えられている内に何とかしないと。
何かセプトが一時的にでも俺達の事をはっきり認識するか、影凶魔との繋がりを弱める方法があれば、
「Aaaaarっ!」
ぐっ!? ゆっくり考えさせてくれる暇もないのかよっ! さっきより影の勢いが激しくなってきて、まともに近寄ることも難しくなってきた。
槍状になって次から次へと飛んでくる影を、必死に一つ一つ弾いたり躱していくのだが、少しずつ対処しきれずに身体に切り傷が増えていく。後ろからエプリも風で影を散らしてくれているのだが、このままではジリ貧だ。
「……へへっ! 何か初めて会った時みたいだな」
思わず笑ってしまうほどの苦境。そんな時に、ふと最初にセプトと会って戦った時の事を思い出す。あの時もそう言えばこんな感じだったっけ!
エプリが風で砂を巻き上げて影をなくそうとして、それを守りながらセプトの攻撃を防いでたんだっけか。それであの後は確か、
「そうそう。こんな感じで……って
俺の目の前にあるのはあの時と同じ。縒り合さって一枚の壁のようになった影が、他の影の妨害をものともせずに凄い勢いで迫っていた。
……あれ?
「エプリっ! 二人でセプトと初めて戦った時のこと。覚えてるか?」
「何をこんな時に! …………トキヒサ。アナタまさか!?」
「多分そのまさかだよ!」
背中越しに聞こえてくる、珍しくエプリの慌てたような声に、俺は全部終わった後説教と折檻されるネタが増えるなと内心ため息を吐く。
だけど……待ってろよエプリ。お前が忘れたなら何度だって教えてやる。
◇◆◇◆◇◆◇◆
どうしてこんなことになったのだろう。
××××が自分から来てくれた。何故か名前が出てこないけど、来てくれたこと自体はとても喜ばしいことだった。
なのに、さっきから私に囁き、あるいは喚き続けている
こっちに攻撃してくるよく分からないモノに反撃するのは別に良い。でも××××に刃を向けるのは許さない。
私は自分に動かせる影を伸ばして、××××に向かって行く刃を抑え込む。
ああ。××××が近づきながら手を伸ばしてくれた。なら私もそれに応えないと。私は
ズバッ!
やめて。……やめてっ! ××××の腕が切り裂かれ血が噴き出す。
傷つけさせないと誓った相手を自分の影で傷つけてしまった。そのショックで私の伸ばした影が消え去り、逆に一気に
ああ。頭に霧がかかったようにモヤモヤしてきた。どんどん自分の感覚が無くなっていく。なのに
壊せ。打ち砕け。食らいつけ。殺せ。ここに居る全員を。周囲にある全てを。全部。全部。
……
この声に全てを委ねて、自分は眠ってしまっても良いのかもしれない。とても大事なことを忘れているような気もするけど、このまま眠ってしまえば何も考えなくて済む。
抵抗する力が抜け、
そして
中に何か詰まった袋をポンポンと手で弄ぶ××××のその姿に、私の頭の片隅で何かが引っかかる感じがした。
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