第181話 双剣対剣盾


「オイオイ。ようやく出てきたと思ったらお前一人かよ。一緒に居た奴はどうした? まだそこらの瓦礫の後ろでブルっちまってんのか?」


 作戦会議を終え、瓦礫から姿を見せたヒースに、ネーダは嘲笑うかのように訊ねる。


 一足飛びで距離を詰めようにも、その前に奴の持つ短剣によって丸焼きか氷漬けにされる可能性が高い。ネーダもそれを分かっているのか、話しながらも一定の距離を保っている。


 作戦通り上手くやれよヒース!


「さあな。戦う相手に言う義理があるとは思えないが? それが反撃のされないような所から攻撃するだけの臆病者なら尚のことだ」

「……言ってくれるじゃねえか。そっちこそ、さっきと違って盾が増えたくれぇで俺に勝とうってか? 粋がってんじゃねえよ!」


 戦いは剣を交えるより前から始まっている。互いに少しでも優位に立とうと攻撃ならぬ口撃が飛び交う。


 そしてヒースは先ほどまでと違い、右手にこれまで使っていた長剣を、左手にシーメから借りた装着型の盾を身に着けていた。


「確かに……こうして盾を借り受けることになったのは、間違いなくだけで勝てなかった僕の落ち度だろう。粋がっていると言われるのも仕方のないことだ。……だが、これでお前やあの仮面の男のような悪党を捕らえられるというのなら、僕は喜んでを受け入れよう」

「はっ! キレイごとほざいてんじゃねえよ。俺を捕まえるだぁ? そんな事はよ……これを食らっておっ死んでからあの世でほざきなっ! 爆ぜろレッドムーンっ!」


 真っすぐ前を見据えて語るヒース。その正論らしい正論に耐えかねてか、先手を取ったのはネーダの方だった。これまでのように強く振るったオレンジの短剣から激しい炎を吹き出し、ヒースを丸焼きにしようとする。だが、


「障壁展開っ!」


 ヒースも当然何の対策も無しにのこのこ出てきたわけではない。シーメから借りた魔力盾をかざし、その言葉と共に前方に幕が展開して炎を防ぐ。


 幕と炎のぶつかり合い。その中心部から白い光が放たれ、闇夜から急に明るくなったことでまともに直視することも出来ない。地面に映った幕の内側に居るであろうヒースの影だけが、妙にくっきりと周囲に存在を証明している。


「しゃらくせぇっ! 止められたんならもっと出力を上げれば良いだけだろうがっ! おらあっ!」


 ネーダのその言葉と共に、剣から放たれる炎がさらに勢いを上げた。あんにゃろまだ火力を上げられるのかよっ!


 さらに火力と幅が広くなった炎を光の幕はしっかりと受け止める。……しかしそれも一瞬のこと。ほんの数秒ほどで幕は風船が割れるような音を立てて消滅し、対照的に中の人影は音一つ立てずに炎の奔流に呑み込まれる。


「……ハ。ヒャーッハッハッハ! 大口叩いた割にはあっけねぇなオイ! まあそれも当然か。この剣に、そしてこの剣を自在に操る俺に勝てるはずねぇんだからよっ!」


 ネーダはひとしきり嫌な高笑いをすると、やっと気が済んだのか軽く腕を振って周りの瓦礫を見渡す。


「さあて。あとは瓦礫のどっかに隠れている奴らを一人一人見つけ出していたぶり殺してやれば」

「それはどうかな?」

「……!?」


 悪党とは言え流石にヒースと最初は切り結べただけのことはある。ネーダは咄嗟に双剣を交差させ、死角から斬りこんできた何者かの剣を受け止めた。だが、斬りこんだその相手の顔を見てネーダは困惑する。


「お前っ!? なんで無事でいやがんだっ!? たった今そこで焼け死んだはずだろうがっ!」

「ほおっ! それは知らなかった。僕は焼け死んだのか。……それではこの僕はいったい何だと言うのだろうなっ!」


 ネーダに斬りこんだのは、今炎に吞まれたヒースだった。





 種明かしをすると実に単純だ。さっき炎に呑まれたのはヒースではない。


 まず最初に瓦礫から出た時は間違いなくヒースだった。しかしその後、ネーダの剣から放たれた炎を受け止めたのは、


 見るからにそれらしい盾をかざし、「障壁展開っ!」と威勢よく掛け声を上げた瞬間、瓦礫の陰に隠れていたシーメが障壁を張っているなどとは誰も思わない。


 そうして障壁と炎がぶつかった瞬間、白い光が中心部から放たれる。……


 先ほど魔力盾でシーメが割り込んで炎を防いだ時も、そんな光は一切出なかった。ではあの光は何か? ……


 一円玉、つまりはアルミニウムを細かく砕いたものを燃やすと白い光を放つ。俺はシーメと一緒に、瓦礫の陰からこっそりアルミニウムの粉末を詰めた袋をタイミングを合わせて投げ入れていたのだ。


 そして光に紛れてヒースがネーダの死角に回り込み、それと同時にセプトが影造形シャドウメイクでヒースに似せた影を身代わりに置く。毎日練習していた影絵の技術と読み聞かせの時の知識がこんな所で活かされるとは驚きだな! 動きまでそれっぽかった。


 あとは頃合いを見計らってわざとこっちの出力を落とし、タイミングを合わせて障壁を砕かせる。その時はとっくに皆他の瓦礫に退避しているため、残っているのはセプトが伸ばしたヒースに似せた影のみという訳だ。


 まあ予想より相手の火力が高かったので驚いたが、余裕を持って退避していたので特に問題はなかったな。


 ……とまあ種明かしはここまで。あとはヒースの仕事だ。最初は意表を突かれたが、次は白兵戦なら負けないと言ってのけたその実力、しっかり見せてもらうぜ!





 ヒースとネーダ。この二人の戦いは佳境に入っていた。


「この糞野郎がっ!」

「失礼なっ! これでも身だしなみには気を遣っているんだぞ!」


 ネーダのついた悪態に、ヒースはどこかズレた返答をする。


 ヒース本人が豪語したように、戦闘自体はヒースの方が優勢だった。片手持ちなので先ほどより若干長剣が重いだろうに、そんな事をまるで感じさせない動きでネーダを追い詰めていく。


「このっ! 凍てつかせろブルーム―ン!」


 当然ネーダもやられっぱなしではない。一度鍔迫り合いに持ち込んだ時、超至近距離で青色の剣より放たれる冷気が礫となってヒースを襲う。だが、


「なんのっ!」

「ぐふぁっ!?」


 なんとヒースは至近距離からの礫を魔力盾でガードし、そのまま鈍器のようにネーダの顔面に裏拳気味に叩きつけたのだ。


 軽く鼻字を出しながら思わずよろけるネーダに、ヒースはそのまま猛攻を仕掛ける。……う~ん。あの盾で敵の攻撃を完封しながら倒す戦い方、どっかで見たことある気がするんだよな。


「凄いな。盾を持ってから、ヒースは一度も相手の攻撃を貰っていない。仮面の男の掩護がないとはいえ、ここまで違うものなのか?」

「そりゃそうだよトッキー! 元々今の剣と盾のスタイルが、本来ヒース様が都市長様から伝授されたスタイルなんだから」


 えっ! そうなのっ! というかそんなのよく知ってるなシーメ。


「エッヘン! 教会にはいろんな情報が集まってくるのです! 元々都市長様は一流の剣士でね、調査隊のヒト達に型の基礎として自分の戦い方を教えていたの。だから調査隊の多くは剣と盾のスタイル。隊長のゴッチさんもそうだったはずだよ!」


 そうだゴッチさん! 以前ダンジョンの中で見たゴッチさんの戦い方がさっきのヒースの動きにダブったんだ。


「だけど都市長様も多忙で毎回剣を教えられる訳じゃないし、剣だけならともかく盾は嵩張るからね。いっつもヒース様みたいな要人が持ち歩く訳にもいかない。だから新しく来たアシュってヒトの戦い方を学んで、剣一本で戦えるように練習していたんだって!」


 そこでアシュさんが教育係という話に繋がるのか。確かにアシュさんはいつも剣一本だし、いざとなったら棒切れでも何とかなりそうだ。


 しかし話をきいてみると今のヒースの動きにも納得だ。アシュさんがヒースに教えたのは確か半年にも満たない時間だったと聞く。対して都市長さんの方は、おそらくヒースが子供の頃から何年も教えてきた剣技。


 積み重ねた時間が全然違う訳だ。それはもう劇的に変わるくらいに。


「ねぇトキヒサ。ヒースの掩護、するの?」


 影の人形を操るのを止め、セプトはこちらを上目遣いにじっと見つめる。自分が関わった以上、ヒースのことが気になるのだろう。ここで待機している俺達には。いざとなったらさっきの仮面の男の掩護を阻止する役割もある。


「いや、多分もう必要無いと思う。だって」


 ズバッ!


「うぎゃあああっ!」


 俺の言葉とほぼ同時に、ヒースがネーダの双剣をかいくぐってその左肩から胸元にかけてを切り裂いていた。


 勝負あり……ってところかね。

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