IFルート『もしも時久がイザスタと一緒に行くことを選ばなかったら』その五
「時久さん……ですか? 変わったお名前ですね。……あっ!? 別に悪いって言っている訳ではないんですよ」
「そうかな? 自分じゃそうは思わないけど」
慌てたようにぶんぶんと手を振る月村。まあちょっと古めかしい名前だとは俺も思っているけどな。よく聞くキラキラネームとかじゃなくて良かったとも思うけど。名前は一生ものだからね。安易な名付けはいけません。
ちなみに俺はこの城では名前だけ名乗っている。ディラン看守もそうだったけど、名字を名乗るとよく没落貴族と勘違いされるからだ。個人的にはそれでも良いのだけど、何故かウィーガスさんに止められている。
「さあてと。じゃあそろそろお暇するとするか」
俺はゆっくりと立ち上がる。とりあえず当初の目的である食事は頂いたし、『勇者』の一人の顔も見ることが出来た。
まだ少々小腹が空いているが、そこはあとで厨房に寄れば余り物くらい分けてもらえるだろう。という訳で自室に戻ろうとしたら、
「あ、あの……もう少しだけ、お話しませんか?」
引き留められた。……腹ごなしに話がしたいという事だろうか? 俺は腹ごなしどころかまだ腹が減っているのだが。
だけどそう言う月村の顔を見て考えを改める。それはどこか張り詰めた顔で、放っておくとどうにも良くなさそうな気がしたからだ。
……仕方ない。幸い今日は午後からの仕事がいつもより始まりが遅く、ここで多少話をするくらいの余裕は十分ある。俺は再び椅子に座り直して雑談に興じることにした。
「えっ!? 月村って俺より年上なのっ!? じゃあやっぱり敬語の方が良いかな?」
「年上って言っても一つだけですから。普通に話してくれた方が良いですよ」
月村はちょっと慌てながらそう言うが、見かけからして俺と同じか年下だと勝手に思っていた。
俺と同じかほんの少し上くらいの身長に、肩まで伸びた艶のある黒髪。化粧っ気のない線の細い顔立ち。だけどどこか伏し目がちでオドオドした態度から、どことなく小動物のような印象を受ける。しかし実際は十八歳で俺より年上だというから驚きだ。
それからしばらく俺達は当たり障りのない話をした。好きな食べ物とか、互いの仕事のとかな。さっきの食事にもあったけど、こう見えて肉が大好きらしい。それにしちゃあ線が細いけどね。
『勇者』の仕事に関しては本人もよく分かっていないようだった。あまりその話題は話したくなさそうだったのですぐに切り上げたけど、向こうはどうやらこっちの雑用係の方に興味があるみたいだ。単に手が足りない所を手伝う仕事ってだけなんだけどな。
それからしばらくして、もうそろそろ良いだろうと俺は本題を切り出す。さっき見も知らない俺を引き留めるくらいだ。何か話したいことがあるのだろう。何で俺なのかは知らないけどな。
そしてそれは……きっとさっきのような雑談とは違う何か。
「それで月村。答えたくないなら答えないで良いんだけど、さっきはどうしてあんなことを? 毒とはまた穏やかじゃないな」
「それは……」
月村はそこで黙り込む。……自分の食事に毒が入っているなんて普通は思わない。少なくとも俺と同じ日本出身でそんな心配をする奴はそうは居ないだろう。
だけどさっきの言葉によると、月村は昨日からまともに食事を摂っていない。仮にそれが毒が入っているかもしれないという疑念からだったとする。じゃあなんでそんな話になったのか?
「…………あの、その」
「何で毒が入ってるなんて思ったのか知らないけど、言いにくいんなら言わなくても良い。ただ、食事はちゃんと食ってくれ。メイドさん達も心配してる」
「……本当に、そうなんでしょうか?」
「何が?」
また月村の瞳が暗く陰る。だがそれは一瞬のことで、すぐにまた申し訳なさそうな顔をする。
「頭では分かってはいるんです。ここの人達はそんなことしないって。……だけど、ふと思ってしまって、怖いんです。この前の襲撃で酷い怪我をして、やっと治ったと思ったら急に周りの人が、何でもないことが怖くなって」
「何でまた? 怪我を治してもらったんだろう? それなのに怖くなるっていうのは」
「襲撃の時、私の付き人の方に化けて襲ってきた人が居たんです。それもあって、また身近な人に化けているんじゃないかって……考えてしまって」
月村の言葉をまとめると、つまりはこういう事だろうか?
前の襲撃の時身近な人が別人だったことが気になって、今でもまたそんな事が起こるんじゃないかって不安。また襲われるんじゃないかって疑念。それが合わさってもう頭ん中がぐちゃぐちゃになっていると。
「なるほど。何となく言いたいことは分かった。……なあ月村」
「何でしょうか?」
「……お前バカだろ? 俺にそう言われるなんて相当だぞ」
「バ、バカって!?」
正直に思ったことを言うと、月村は驚いた様子で反応する。もしや慰めてもらえるとか思っていたんじゃないだろうな。
「あのな。詳しくは知らないけど、怪我したってのは同情する。身近な人に化けていたから怖いってのも分かる。……
「そ、それは……」
ほら口ごもった。誰かに相談できているんならこうはなっていない筈だからな。
「付き人さんやメイドさんがダメならもっと偉い人だ。偉い人ならガードが固くて化けづらいだろうし『勇者』なんだから話くらいは聞いてくれるかもしれない。対応策だって考えてくれるかもだろ? それも嫌だって言うなら同じ『勇者』の誰かでも良い。少なくともこんな所で食事も摂らずに引きこもっているよりは大分マシだ」
「だって……だって、私みたいな役立たずが、他の皆さんの手を煩わせるわけには」
「何をもって役立たずって言うのかは知らないけどな、本当に役立たずなら皆してこんなに気を遣ったりはしないよ。……それに怪我だって子供を守って負ったって聞いたぞ。それだけでも凄いことなんじゃないか?」
月村はどうも自己評価がとことん低いようだ。まあ見るからに荒事は向かなそうだし、『勇者』としての役割が戦闘のみであったのなら役立たずと言われてもおかしくはない。
しかし仮にウィーガスさんが『勇者』を広告塔として使いたいのなら、こういう性格の方がむしろ使いやすい。噂で聞いただけだけど、人助けが本当なら立派な行動だ。能力的に役立たずであっても広告塔としては上々だと思う。
ちなみに本当に役立たずならあの爺ちゃんのことだ。クビにするなり立ち直れるようカウンセラーでも付けるなり何らかの手を打つはず……待てよ。もしかして
「それでもまだ怖いってんなら……また俺が毒見役になってやるよ。だからさっきも言ったけど、食事だけはきちっと摂りな。きちんと栄養を摂らないと頭が回んないからな。相談云々はそれから改めて考えよう」
「…………分かりました。じゃあ、お願いします。……私が、周りの人が怖くなくなるまで」
これでも勇気を振り絞っているのだろう。そう答えた月村はまた身体が震えていた。だけど自分の意思でしっかりと出したその答えに、目の前の人は文字通りの意味での『勇者』なのだと感じる。
「そっか。じゃあ早速夕食もご馳走にゲフンゲフン……いや、毒見させてもらおうかな」
「ふふっ。ではいつもより多めに頼んでおきますね」
やっと普通に笑った。食事の時も雑談をしている時も、どこか無理したような顔だったからな。やはり美少女は笑っている方が良い。
「ちなみに、なんで俺を引き留めて話をしてくれたんだ? 初対面の相手なんだから警戒ぐらいするだろ? 周りが怖いって言うなら尚のこと」
「け、警戒してたのに時久さんが無理やり入ってきたんじゃないですかっ!? それで勝手にテーブルに食事を広げちゃうし、毒があるかもって言うのにためらわずに食べちゃうし。……もうここまで来たら、顔を知っている人より初対面の人の方が裏切られてもショックが少ないだけ話しやすいかなって」
「なんか無茶苦茶な理論じゃないかそれっ!?」
裏切られること前提で話さないでほしい。どうにも月村は基本ネガティブというかそういう気があるから不安だ。『勇者』としてこれから大丈夫だろうな?
そうしてなんやかんや俺達は夕食の約束をし、また後でご馳走が食えるとルンルン気分で自室に戻ろうとして、
「……っと。そうだ。雑用の仕事が遅くなった時のためにこれを渡しておくよ。小腹が空いたら摘まんでくれ」
扉を開ける時、ふと思いついて胸ポケットから取り出した品を投げ渡す。持った感じ溶けたり形が崩れたりもしてなさそうだから大丈夫だろう。月村は一度取り損ねてお手玉するも何とかキャッチする。
「おっと。そろそろ次の仕事の時間だ。そんじゃまた夕食時に。あっ! 怖くなくなって先に食べててもそれはそれで良いぞ!」
「はい。…………これってっ!? 時久さん。貴方はもしかして」
何か月村が言っていたような気がするが、流石にもうあんまり余裕はない。厨房に寄る時間もないな。そのまま俺は急いで自室へ戻っていった。さあてまたお仕事頑張りますか!
それにしてもあんなに反応してくれるとは。……月村も好きだったのかね? あの
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