閑話 風使い、後輩、三人娘(末っ子) その七


 しまった。本命はこっちっ!? 私は降ってくる“炎柱”を見て内心冷や汗をかく。これまで物理的な攻撃のみだったので、相手が魔法による追撃をしてこないと無意識のうちに思ってしまっていた。


 この炎柱は見たところかなりの大きさと威力がある。普通の“強風”では無詠唱では防ぎきれず、詠唱有りでは間に合わない。


 かといって先ほどのように無詠唱の重ね掛けをしようにも、こちらは今使ったばかりで連発が出来ない。


 このまま走り抜けようにも範囲から考えれば避けきれず、仮に引き返して直撃を避けたとしても爆風で大怪我は必至。逃げ場がないっ!


私一人だけなら全力で自身を風で飛ばして回避に専念すればもしかしたら……しかしそうなればネッツ達はまず間違いなくやられる。


 炎柱が直撃するまであと僅か。どうする……どうすれば良い? とっさに使える分全てで少しでも相殺する? それとも風でむりやり回避? ダメっ! 考えがまとまらないっ!


「「エプリさんっ!」」


 後方から聞こえるその言葉に、私は一瞬だけチラリと視線を向ける。顔に疲れが見えながらも、護衛を信じて走るネッツとその部下達。そして、


「「任せてください(っす)っ!!」


 最後尾を走る二人。この二人の半ば叫びに近い大声により、ほんの少しだけ諦めかけていた私の心に活が入る。


 私は傭兵。護衛として依頼人を護る者。本来それは誰の手によるものでもなく自分の力で行うこと。……だけど、自分だけで出来ないからって護ることを諦めていては護衛なんて言えないわね。


「……このまま走り抜けるわっ! 私が出来る限り散らすから……!」


 覚悟は決まった。なら後は行動するだけ。私は足を止めることなく間近に迫りくる炎柱を見据える。


「……“風刃”っ!」


 普通に風をぶつけても、生半可なものでは却って炎の勢いを強めるだけ。ならば出力が足りない以上、より鋭く研ぎ澄ませたもので切り散らすっ!


 私は周囲を探っていた風を攻撃に回し、風の刃で炎柱を切り刻む。だけど、


「エプリさんっ!? まだ核がっ!」

「……っ!? やはりしか散らしきれないか」


 ネッツの焦ったような声に、私も苦々しくそれを睨みつける。


 炎柱の特徴は、。中心部に土属性で核を作ることで、ごく短時間ではあるが高い物理的な破壊力も有する厄介な魔法だ。


 そのため炎だけ散らしても、一抱えほどある大きさの核を防ぎきれなければ被害が出る。だから……


「『どこでもショッピング』、カテゴリは槍。試用トライアル……スタートっす!!」

「魔力、注入。……抜剣っ!」


 私の後ろから、左右に別れて二つの影が走り出る。二人は壁の僅かな出っ張りや壁そのものを足場に、瞬く間に迫りくる炎柱の核の前に躍り出た。


 よく見れば二人……オオバとソーメはそれぞれこれまで持っていなかった武器を持っていた。


 オオバはどこかで見たことのある装飾の施された槍を、ソーメは持ち手から魔力が噴き出して薄青色の刀身となった剣をそれぞれ構えていて、構えもそれぞれ堂に入ったものだ。オオバに関しては以前武器屋で見た時とはまるで違う。


「せ~の……ちょいさ~っすっ!」


 そしてオオバがどこか気の抜けた掛け声とともに空に向けて槍を投擲。槍はグングンと速度を上げて核に到達し、そのまま核を貫いて打ち砕く。しかしまだ拳大の破片が大量に残っている。


「やあああっ!」


 それはまるで舞踏を見ているよう。降り注ぐ破片をソーメが素早い身のこなしで切り払い、走り続ける私やネッツ達には一切届かせない。その舞踏は全ての降り注ぐ破片が粉々になるまで続いた。


「ふい~。……今の内っすっ! 次が来ないうちに早いとこ逃げるっすよっ! にしてもどうっすかあたしの活躍は? 褒め称えてくれても良いっすよ!」

「……みんな止まらず走り抜けて! ソーメも早くこっちに。……もう後方の警戒は要らないわ」

「えっ!? ……は、はい!」

「ってちょっと!? あたしを置いてかないでほしいっすよ~っ! だから殿は嫌っす~!」


 調子に乗って鼻高々なオオババカ二号は放っておいて、この先に待たせているクラウドシープまで駆け抜ける。


 まずは安全を確保してからよ。叱るのも……礼を言うのもね。





「ふひ~。ドッと疲れたっす。もう後はさっさとセンパイ達を迎えに行ってぐっすり寝たいっすよ」

「私も、へとへと、です」

「……そこは同感ね。私も、少し疲れたわ」


 まあ疲れたと言っても、少し休めば戦闘続行できる程度のものだけど。……そして見たところ、この二人もおそらくそんな所ね。


 私達は待たせていたクラウドシープに乗り込み、ネッツの情報から衛兵隊の本隊がやってくる方角を目指していた。


 周囲を“微風”を二重に重ね掛けして探っているので、今なら大分離れた所でもそれらしい動きが有れば分かる自信がある。念の為追手の気配も探っていたが、どうやらその気配はなさそうだ。


「皆様。この度は本当にありがとうございました。貴方方が居なければどうなっていたか。深くお礼申し上げます」

「ネッツさんの、役に立てて、良かったです」

「……仮とは言え護衛として仕事をしただけよ。それに礼なら無事に合流してからにすることね」


 ネッツ一同が頭を下げようとするのを軽く制する。どうもネッツ達は商人のためかいちいち頭を下げようとするけど、そういうのは全部終わってからで良い。


「それにしても驚いたっすね。このヒツジさんの所に戻ったと思ったら、周囲に変な奴らが倒れてるんすから」

「……おそらく先回りしていたのでしょうね。だけど……クラウドシープを甘く見ていたのね」

「メエ~」


 私の言葉に呼応するようにクラウドシープが高らかに鳴く。実際乗り込む際に、周囲に武器を持った男達が数名気を失っていた。


 気性がおとなしくこんな見た目で油断する者が多いけど、成獣のクラウドシープはれっきとした上級指定のモンスターだ。戦闘力も当然そこらのモンスターでは相手にならないほど高く、簡単な人語を解する程度には頭も良い。


 高い防御力で並の魔法や武器では傷つけることが出来ず、その巨体を活かして敵に突撃していくのはかなり厄介だ。その上都市長直属のテイマーに躾けられているとなれば尚更だろう。


「けど良かったんすか? 倒れてる人達をそのままにして。捕まえて話を聞くって手もあったっすよ?」

「……私は護衛よ。雇い主を護る以外のことに首を突っ込むつもりは無いわ。……それにあの場合、一人でも乗せる人数を増やしたらそれだけクラウドシープの速度が落ちるし、取り戻すためになりふり構わず追手がかかる可能性もあったから避けただけ」


 極論すれば倒れている奴らに止めを刺すという選択肢もあったけど、それこそ時間をかけて追撃を受けたら本末転倒だしね。


 ちなみに今再び探ってみると、クラウドシープにのされた男達の反応は消えている。おそらく他の奴が起こしたか運んで行ったのだろう。


「それにしても、よくあの時あたし達を信じて動いてくれたっすね。任せてくれたのはちょっち嬉しかったっすけど、我ながらよくあんな言い方で任せる気になったなって思ったっすよ」

「私も、気になって、ました。どうして、ですか?」

「……別に。ただ私一人では護り切るのは難しい場面で、可能性が有りそうなヒトが名乗りを上げたから任せただけよ。……最悪少しでも時間が稼げれば対処の仕様があるし、それぐらいはおそらく二人共出来るって予想できたから」


 そう。ある程度は予想が出来ていた。この二人は少なくともそこそこの実力か、あるいは隠している何かがあると。


「う~ん。あたしエプリさんの前でそんな素振り見せましたっけ? それにソーメさんも」

「……最初にアナタの家で会った時、護衛として実力を訊ねた時にこう言ったわよね? だと。あれは逆に言えば、自分の身を守れる程度には自信があるということ。既に二週間もあそこに住んでいてああ言えるという事は、最低限自衛が出来ると見て間違いないもの。……トキヒサと同じ出身なら尚更ね」


 トキヒサの言動から想像するに、異世界はそれなりに平和な場所のようだ。そんな世界から急にこちらに飛ばされてこんなことが言えるとなると、それだけの実力があるか余程強い加護かスキルがあると考えられた。


「……一応これまでそれとなく観察していたけど、身のこなし自体はトキヒサより上だけど一流とまでは言い難い。これは加護かスキルでまだ何かあると踏んで任せたけど、どうやら当たっていたようね。武器屋で試し切りをした槍が出てきた時は少し驚いたけど。……あれは確かのではないかしら?」

「これはその……あんまり褒められた能力じゃないんで出来れば言いたくないんすよ。実質使い捨てにしてるみたいなもんですし……その内言えるようになったら言うっす」

「…………なら良いわ」


 護衛としては護衛対象の能力はなるべく把握しておきたい。言わないと言うならもう少し粘るつもりだったけど、言う意思があるのなら待っても良いだろう。


 ちなみに、決してオオバがすまなそうに目を伏せていたことに調子が狂わされたわけではない。ただ無理やり聞き出すことで不和を招かないように配慮しただけのこと。


「……次にソーメだけど、こちらも最初から大体察しはついていたわ。オオバの所に駆け付けた時点でね」

「そうだったんですか?」


 ソーメが驚いたような顔をするが、これくらいは普通に推測できると思う。そもそも夜の町を巡回するという時点で、最低限の実力が無ければ危険なことは明白。


 後に知った加護のことを考えれば、実力が無いのなら教会で連絡役に徹するという選択肢もあった。そうしなかったという時点で、それだけの実力者だというのもほぼ確定。


「……三人一緒に居ることに意味がある能力も考えはしたけど、途中でアーメが一人で離脱した時点でその線は消える。……ならやはり一人でも何とかなる程度に実力があると考えた方が自然ね」

「よくそこまでほとんど知らない相手のことを推察できるもんっすね。……エプリさんって探偵か何かっすか? その内椅子に座って話を聞くだけで謎を解いたりとかしそうっす」

「本当に、凄いです」

「……そんなに大したことはしていないつもりだけどね」


 あと敢えて言わなかったが、先ほど衛兵達に見つかった時にこれらのことはほぼ確信に変わっていた。


 所属不明の武器を所持した男達に囲まれれば、まず大なり小なり普通なら身がすくむ。だがオオバはどう見ても普段通りだし、ソーメも縮こまっているように見せながらも服に仕込んだ何かを取り出そうとしていた。今考えるにさっき使っていた魔力剣だろう。


 こうしてどこか余裕が有るのを確認したために、私も最悪押し通る気で行動した。流石にそうでもなければあそこまで強引な手は使わない。……大抵は。


「……お喋りはそこまで。少し先にかなりの数のヒトが集まってこちらに向かっているのを感じるわ。……多分ネッツの言う衛兵隊の本隊だと思う」


 動き的にさっきの衛兵達と近いし、まず間違いないだろう。そのことを伝えると、全員の雰囲気が大分和らいだ感じになった。


 それと何故かオオバが「しかしその剣カッコいいっすね! ライト〇イバーかビーム〇ーベルかって感じっす!」などと訳の分からないことを言いながらソーメの魔力剣を見ている。ソーメも褒められてまんざらではなさそうなのが何とも言えない。二人共なごみ過ぎね。


 と言ってもあとはネッツを送り届ければ護衛は完了。先ほどの場に残っている衛兵達がまだ戦っているようだけど、それはこの本隊に任せるとしましょう。


 ただ一つ気にかかるのは、あの仮面の男達の動向だ。先ほどから周囲を探っているのにまるでそれらしい反応がない。


 先ほど私は、少しの間“炎柱”を迎撃するために風による周囲の察知を止めた。そしてクラウドシープに乗り込む際、風による察知を再開した時にはもう仮面の男達を見失っていた。その時間は長くても数分といった所だろう。


 わずか数分で風の範囲外に逃れるのは難しい。少なくとも荷車を牽きながらではほぼ不可能だ。荷物だけ持って逃げるにしても、あの魔石はそれなりの量があった。そのまま運ぶのは少し苦労する。


 空属性持ちでも近くに居て転移で逃げた? その場合途中まで普通に移動して逃げるのは不自然だし、そんな魔法を使えば前にクラウンと戦った時のように風が反応する。転移珠も同じ。となるとあと考えられそうなことと言ったら……。


「……風の届かない場所に入った?」


 ふと考え着いたことを言葉にする。つまり反応が消えた辺りに、仮面の男の隠れ家か何かがあるという事になる。ただしその場合、下手に閉じこもったら追い詰められるだけなので、何か他にも策が有りそうなものだけど……。


 まあ、これ以上は私の考えることではないか。おそらくもう会うことはないだろうし、ネッツ達を無事届けたら最低限状況を説明して早くトキヒサと合流しなくては。


 もうすぐ迎えに行くから、どうか何事もなく待っていなさいよ雇い主様トキヒサ





「ところで、あたし達が一応自衛出来るって考えてたんなら、どうして護衛云々って言い続けてたんすか? そこまでしなくても良かったのに」

「……自衛出来るかどうかは関係ないの。強かろうが弱かろうが、一緒に行く以上二人共私の護衛対象で護らない理由はないわ。だから……おとなしく護られていなさい」

「…………何かセンパイがある意味気の毒になってきた気がするっす」

「これは……やっぱり強敵だよセプトちゃん」


 普通に答えたら、二人の目が何とも言えないヒトを見るような目になった。何故かしらね?

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