第174話 探し人は見つけたけれど


 さてどうしたものか。目の前のボンボーンは明らかにお怒りモードって感じだし、新たにやってきた二人も友好的な感じはあまりしない。これで実は平和主義者……ってことはないかね?


「珍しく外が騒がしいと思ったら、どうしたよボンボーン?」

「何だお前らか。このガキ共が俺のことを貶してやがったからよ、今からちいっとヤキを入れてやろうと思ってな。今からチャチャっと済ませるからさっさと戻んな」

「ヒヒッ。良いねぇ。丁度酒も切れて退屈していた所だ。俺も混ぜろよ」


 ボンボーンが手をヒラヒラと振って追い返そうとするが、男の内の一人が拳をぽきぽきと鳴らしながら、歪んだ笑みを浮かべてこちらへ歩いてくる。どう考えても平和主義者じゃないだろアレっ!?


「ま、待った! ちょっと待ってくださいよ。これは色々な偶然が生んだ悲しいすれ違いって奴で、俺達は決してそこのボンボーンさんを貶してた訳じゃないんですって!」

「そうだよそこのお兄さんたち。私達はちょっとヒトを探していただけで、そこのお兄さんがボンボーンって名前だなんてこれっぽっちも知らなかったんだよ!」


 俺とシーメは慌てて何とか弁解しようとするのだが、二番目の男は止まる気配がない。……よく見たら顔が赤みがかっているしうっすらと酒臭い。この人酔っぱらってんじゃないか!?


「……ったく。俺がやるから良いってのに。自分で歩いて帰れるぐらいまでにしておけよ。わざわざ遠くに放り出すのも楽じゃねえんだから」


 ボンボーンも明らかにぶっ飛ばしてやるぜって様子でこちらを見てるし、これもうどうしたら良いんだ?


「トキヒサ。このヒト達、やっつける?」

「待てってセプト。こういう時は話し合いで解決しないと」


 小さな声で、セプトが俺達にだけ聞こえるように呼びかけてきた。よく見たらカンテラの光に照らされたセプトの影がやや不自然に蠢いている。なんでこっちもそんな喧嘩腰なの? 


 シーメもよく見たら謝りながら身構えている。実力とかはよく分からないけど、いつでも逃げ出せるように準備しているのだろうか? こっちはヒースを探してるだけなのに、何でこんな事になっちゃうのかね? 


「そこら辺にしておけよ。お前ら」


 今にも乱闘に発展しそうなこの状況。そこにこれまで何も言わなかった三人目の男が止めに入った。おうっ! もしや話せば分かる平和主義の人か!?


「おいそこのチビ。お前らの言い分は分かった。ボンボーンのことを貶したのはあくまでも偶然だって言うんだな?」

「……はい。その通りです。偶然とは言え気を悪くさせたことは謝ります。申し訳ありませんでした」


 チビと言われたことはグッと飲みこみ、俺はその問いに素直に頷いて頭を下げる。怒られて殴られるくらいは仕方ないから受け入れよう。痛いのは嫌だけど、“相棒”の拳骨に比べればまあ多分大丈夫だろう。


「そうか。……それなら許してやってもいい。俺達も話の分からねえ訳じゃないんだ」

「本当ですか!? ありがとうございます」

「おい! 良いのかよ?」

「まあ待てって。……その代わり、そっちも誠意って奴を見せてもらわねえとなぁ」


 ボンボーン達が不服そうな顔をするが、それを諫めながら男はニヤリと笑う。……なんか嫌な予感がするな。


「もしかして金を払えとか? あまり手持ちがないのでそんなに払えないんですが?」

「誰もガキの小遣いなんか期待してねぇよ。なぁに簡単なことだ。……そっちのオンナ二人を置いていきな」

「………………へっ!?」


 今言われたことが理解できず、つい呆けた顔をして聞き返してしまった。今なんて言ったこの人。


 その言葉と共に、シーメがセプトを連れて一歩下がり、セプトの影もより荒々しく蠢き始める。


「よく見りゃあ二人共可愛い顔してっからよぉ。最近ご無沙汰だったし、軽く遊んでいくのも悪くねぇと思ってな。ちいっと一人はガキ過ぎて好みじゃねえが、まあそういうのが好きな物好きに渡せば金になりそうだ。むしろ男は要らねえ。消えな」

「何だそういうことかよ! ヒヒヒッ。なら小せぇ方は俺に寄こせ。渡す前に大事に遊んでやっからよ。安くならない程度になぁ!」


 そう言いながら、二人目の男が好色そうな笑みを浮かべながらセプトに手を伸ばした。だが、あと少しで触れるという所で動きが止まる。ボンボーンが横から手で腕を掴んで止めていたからだ。


「何のつもりだボンボーン?」

「そりゃあこっちの言葉だ。舐められたらその分ぶちのめすのは当然だが、ガキに手を付ける程日照っちゃあいねえんでな。……ほどほどにぶちのめして追っ払うつもりだったが、気が変わった。おいガキ共。さっさと行け。今回は見逃してやる」

「おいおい。そりゃあないぜボンボーンよぉ」


 なにやら男達とボンボーンの間に険悪なムードになってきた。一触即発って奴だ。だが、そんな事よりも問題なのは。


「……うん? ヒヒッ! なんだチビ助。消えろって言われたのに逃げないなんて悪い子だなぁ。ああそうか! お前もそこの奴らと遊ぶのに交じりたごはあぁぁっ!?」


 俺は目の前で聞くに堪えない言葉を垂れ流す男の顎に、素早く取り出した貯金箱を下からかちあげるように叩きつけた。


 ボンボーンがそのまま手を離したので、二番目の男は勢いよく地面に仰向けに倒れ込む。完全に白目を剥いていて、よく見れば今ので舌を噛んだのか血が出ている。


 だが呼吸はしっかりしているようなので、まあ窒息で死にはしないだろう。流石に死なせたら目覚めが悪いしな。


「……黙って聞いていたら無茶苦茶言って、いい加減にしろよっ!!」


 俺の突然の行動に周囲の視線が集まる。セプトの影まで心なしか落ち着いているのはアレか? 人が怒っているのを見るとその分冷静になるってことか? だが安心しろ。俺は冷静に怒っているから。


「こっちはちゃんと謝るつもりだったんだ。ボンボーンさんを偶然とはいえ貶してしまったのは事実だから、二、三発殴られるくらいは仕方ないと思ったし、多少であれば金を払っても良いと思ったさ。けどな……仲間を、しかも美少女を身代わりに差し出せなんてこと言われて、黙ってられるわけないだろうがっ!!」


 セプトは言わずもがな、シーメもなかなかの美少女っぷりだ。それを初対面でいきなり手を出そうなどと恥を知れこの野郎。


 おそらく触れられた瞬間、セプトの影が反撃して普通に撃退出来ていただろうとは言え、ここで言わなきゃ男じゃないっ!


「そうよ。もっと言ってやってトッキー! 特に美少女の所を重点的に」

「おうよ……ってそこっ!? ま、まあそれも言ってやるからしっかりセプトを抑えててな。……あとそこのあんた!」


 シーメの声援を受けながら、俺は三番目の男をビシッと指差す。……本来なら人を指差すのはちょっと行儀が悪いことだけど、今は勢い重視なので許して欲しい。


「そもそも迷惑をかけたのはボンボーンさんであって、あんたじゃないの! それなのに横からしゃしゃり出てきて言いたい放題。俺をチビって言ったこともムカッと来たが、美少女二人をいきなり手籠めにしてあまつさえ売り払おうとはどういう了見だっ!! 一発こっちがぶん殴ってやるからそこに直れっ!」


 俺の言葉を最後に、静寂がその場を支配する。…………頼むから誰か何か言ってくれ。何か俺が盛大に滑ったみたいな感じになっちゃったじゃないか。


「……てめえチビ。覚悟は出来てんだろうなぁ? もう泣いて謝ったって遅えぞ」

「謝るかっ! むしろそっちが二人に謝れっ!」


 三人目の男は額に青筋を立ててこちらを睨みつけてくるが、こちらも負けてたまるかと睨み返す。二度もチビって言ったからさらにこっちもむかっ腹が立ったぞこの野郎!


「……っは! はっはっは! 言うじゃねえかオイ! 少しだけ気に入ったぜそこのガキ」


 何故かボンボーンがこっちの様子を見て、先ほどの怒りが嘘のように爆笑している。


 元はと言えばこの人が最初に詰め寄ってきたのだが、さっき横からセプトに手を出すのを止めてくれてたしこの三人の中ではまだ好印象だ。……比較的という意味でだけどな。


 三番目の男はもう顔を真っ赤にして拳もぷるぷると小刻みに震えている。そして、


「このガキがあぁっ!」


 大きく腕を振りかぶり、そのまま殴り掛かってきた。まともに当たったら痛そうだ。


 ……だけどなぁ。こちとらこれまで異世界に来るなりヒドイ目に遭いまくってるんだ! 今さらこんなんでビビると思うなっ!


 俺はその拳に合わせて貯金箱を盾のように突き出し、男の拳は貯金箱に思いっきり当たってガツンと鈍い音を立てる。


「がっ……このっ!」

「どおうりゃあぁっ!!」


 一瞬男が痛みでひるんだ隙を突き、貯金箱でそのまま男を横薙ぎに殴りつけた。男は獣のような呻き声を上げながら殴られた場所を押さえる。……今の感触だと、骨は折れていないだろうけど結構痛いはずだ。


 以前スケルトンと大乱闘をやっているうちに、相手の骨が折れた時の手ごたえがなんとなく分かるようになってしまった。こんな暴力沙汰でしか使えないような特技は要らないやい!


「……一発。確かに食らわせたぞ。これでこっちの気は済んだ。ここで互いに謝って終わりにしよう。あんただってそんな腕じゃ続けられないだろ?」

「ふ、ふざけるな! ちくしょうぶっ殺してやらぁっ!」


 男は無事な方の腕で服の中から何かを掴みだす。……げっ!? ナイフじゃないか!? そんな物騒な物を人に向けるなよ! 目は血走り、怒りからか痛みからか、口の端からダラダラとよだれを垂らしている。完全に危ない奴じゃん!


「くそっ! くそがっ! ふざけやがって。殺してやる……殺してやるぅっ!」

「トキヒサっ! 危ないっ!?」

「トッキーっ!?」


 いきなり男が俺に向かってナイフを振りかざして突進してきた。急だったのと男の殺気に当てられて、一瞬だけど俺の動きが止まる。やっぱり怖いもんは怖いんだ。


 セプトの影がズズッと音を立てて俺を守ろうとして伸び、シーメが割って入ろうと走り出す。俺もハッと我に返り、慌ててまた貯金箱で防ごうとした時、


「ガアアァっ……ぐわっ!?」

「…………あれっ!?」


 一瞬まるで疾風のように何かが目の前を通り過ぎ、怒声を上げながら向かってきた男が急に倒れた。何かに躓いた? ……いや、よく見ると首筋に一筋の痕が出来ている。


 まるで……これは!


 俺の脳裏にこんなことが出来そうな一人の用心棒の姿が浮かび上がる。だが、


「さっきから騒がしいと思ったら、どうしてお前達がここに居る?」

「アシュさ……って今度はお前かよヒースっ!」


 そこにカンテラを持って歩いてきたのは、あの頼れる用心棒ではなく、ある意味今日ここに来る理由となった都市長の息子ヒースだった。


 もう片方の手には鞘に納められた剣らしきものを持っていて、どうやらあれでぶっ叩いたみたいだ。


 いやまあ探していた人なんだけど、このタイミングで来るなよな! 文句を言うべきなのかお礼を言うべきなのか困るじゃないか。

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