第163話 語らなかった秘密と優越感
「わあぁっ!? エプリ。早く扉を閉めて早く!」
「……今更閉めてもそんなに差はないと思うけどね」
全員が入ったのを確認し、エプリは廊下をもう一度見て静かに扉を閉め、こちらに合図する。
「よし。……えっと、何をどこまで話したんだ大葉?」
「えっ!? そりゃああたしの能力とか、能力で出す品物の出どころとか……これって言っちゃダメなヤツだったっすかね?」
慌てて詰め寄ると、大葉はこれはマズイって顔をしながら頬をポリポリと掻く。
「……ダメとは言わないけど、そうホイホイ言う事でもない気がするぞ。言うなって事前に言っておかなかったこっちも迂闊だったけどさ」
そう言えば最初に会った時、別の世界から来たなんて言ってる頭のおかしな大ぼら吹きだって笑いに来たかなんて言ってたからな。つまり信じてもらえないながらもそう言い続けていたってことだ。口止めしなかったこっちが完全に悪いなこれは。
しかし大葉自身も言うように、いきなり異世界だのなんだの言っても信じる人なんて極少数。ジューネだってそう簡単に信じたりは、
「おおっ!! 異世界の品を取引出来るなんて商人冥利に尽きますねこれは! もう特大の儲け話の匂いがプンプンと漂ってきますよ~っ!!」
ジューネはどこか興奮した様子でそう言った。普通に信じているじゃないかこの商人っ! いやもっと疑おうよそこは!
「……珍しいわね。普段のジューネだったらもっと疑ってかかるのに。……何か事前に確証でも得ていたのかしら?」
俺と同じことを思ったのかエプリがそう口にした。するとジューネはほんの少しだけ落ち着いた様子で返す。
「見せてもらったのは一部だけのようですが、どれも見たことのない品物ばかりでした。むしろ異世界の品物と言われた方がしっくりくるという感じですかね。……それに最近勇者召喚によって『勇者』様が異世界から召喚されたという話もあります。その話を聞いていたから連想出来たということもありましたし」
「なるほどね。まあジューネとアシュさんにはどのみち話すことになってただろうし、それが早まったと思えば良いか」
「おやぁ? その口ぶり。トキヒサさんもオオバさんのことについて知っていたようですね。そう言えばこの前のイチエンダマのことも色々気になってはいましたし、その点も含めて詳し~くお話を伺いたいものですねぇ」
なんかジューネがどっかの刑事ものよろしくねっとりとした口調でこちらをニヤニヤと見ている。
「分かった。話すっ! 話すからそのねっとり口調はやめてくれっ! ……セプトも良い機会だから聞いてくれるか」
「うん」
観念して話をしようと席に着くと、各自で話を聞く姿勢を……ってまともに聞く姿勢なのセプトとジューネだけじゃないか。エプリは相変わらず壁に背を預けて腕を組んでるし、大葉に至っては床にぐで~っと広がったボジョをムニムニ摘まんでご満悦な顔をしている。
「エプリはいつものことだけど、大葉は自分のことでもあるんだからちゃんと聞こうな」
「…………はっ! 一瞬意識がふわ~って飛んだと思ったら、つい手が伸びてしまったっす! ボジョちゃんの魅惑のムニムニボディのせいっすよ!」
「ボジョのせいにするんじゃないっての! 聞くだけじゃなく自分でも説明してもらうからな」
「はいっす! お任せっすよセンパイ!」
返事だけは良い大葉と共に、俺達は自分達が地球……つまりこの世界から見た異世界から来たことなどを説明した。
ゲーム云々や神様なんかについては一応伏せたが、ジューネもセプトも目を輝かせていたように見えた。といってもセプトは元々表情が分かりにくいので何とも言えないし、ジューネの方は一瞬目が金の形になったように見えたから少し不安だけどな。
エプリは既に知っていたので特に普段と変わることはなかった。……いや。気のせいかほんの僅かだけ口元に笑みを浮かべているような。
まあ何はともあれだ。話し終えてみると、意外にどこかスッキリした感じがした。なんだかんだ自分達の抱えていた秘密を誰かと共有できるという事は良いこと…………あっ!!
俺はそこまで考えて、さあ~っと血の気が引いたような感じがした。バカか俺は。秘密の共有なんてエプリの特大の地雷案件じゃないか。
俺や大葉のことも結構な秘密ではあるが、話してもせいぜいがほら吹き扱いされる程度。エプリのように悪意を向けられるまでのものではない。そんな前でペラペラと秘密を話すことができる相手を見たらあまり良い気はしないだろう。
それを踏まえてエプリの方をもう一度見ると……なんか口元の笑みがどちらかと言うと自嘲、自虐的な笑みに見えなくもない。これはマズイ!
「エプリ。何か……そのぉ…………ゴメンナサイ」
「……ゴメンって何が?」
「いや。色々と……ゴメン」
手を合わせて頭を下げたのだが、一度さらに大きくニヤリと笑みを浮かべ、それからしばらくその笑みは絶えることはなかった。怖い。とても怖い。これなら風弾を五、六発食らった方がマシな気がするなぁ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
私の目の前で、我が雇い主がこの部屋に居る者に向けて話をしている。決して弁が立つという訳ではなく、むしろどちらかと言えば下手な部類ではあるが、それでも何とか理解してもらおうと言葉を重ねるのは好感が持てる。
本来ならオオバも一緒に、というよりオオバの方が主となって話すべき事柄もあるけれど、どうやらオオバはトキヒサとはまた違う意味で説明には向かないようだ。
「……そうしてあたしはこのセンパイと出会ったって訳っすよ! これぞまさにブ〇ックサンダーが繋いだ縁」
「何ですかそのブ〇ックサンダーというのは?」
「ブ〇ックサンダーというのはそりゃもう美味しい菓子の一種でっすね」
「その話は今は良いから! 話が進まない」
よく話が脱線し、聞く側であるジューネに事細かに訊ねられてその都度トキヒサが窘めている。本来ならトキヒサの方もよく脱線するのだが、今回はオオバが先にしてしまうので止め役になりつつあるようだ。
私は既に一度トキヒサから聞かされているのでそこまででもなかったが、やはり異世界から来たというのは衝撃だったらしい。ジューネは明らかに表情を変えていた。セプトはやや分かりづらかったが。
ただ、どちらも驚きではあっても、それは決して悪意や害意といった負の感情ではなかった。それがジューネ達の善良さによるものなのか、トキヒサ達の人柄によるものなのかは分からないが。
「エプリ。何か……そのぉ…………ゴメンナサイ」
大まかな説明が終わり、何故かトキヒサが謝ってきた。先ほどの説明で私が気を悪くしたとでも思ったのだろうか?
確かに妬ましくはある。少なくとも私が自身の秘密を打ち明けたとして、悪意や害意が微塵もないというのは想像が出来ない。あるいはトキヒサと同じく異世界の住人であるオオバなら打ち明けても問題ないかとは思うが、それでも自分から打ち明けるつもりは今のところない。
妬ましくはあるのだけど、実のところそこまで怒りを覚える訳でもない。もう何人かには知られているから開き直れるというのも要因の一つかもしれないし、仮に打ち明けることになっても何とかなるかもしれないという微かな希望があるからというのも考えられる。
だけど一番の要因を聞いたら、この雇い主は笑うだろうか? それとも呆れるだろうか?
ただ……ただトキヒサが、
この前の夜、この屋敷の中庭で話した内容。トキヒサがこの世界にやってきた理由。神を名乗る者達のゲーム。トキヒサに与えられた課題。これらのことは今の話の中では触れられていなかった。
ただ単に忘れていただけなのかもしれない。言う機会を逃しただけなのかも。あるいは言うべきではないと考えたという事もあり得る。
しかし、それでも、同じ境遇のオオバと聞いたけれどあまり理解していなかったセプトを除いて、
もちろん課題のことを考えれば、ジューネや他の有力者により正確に語ることは必要だろう。今そう指摘して話させることも一つの手だ。どのみちこの程度の優越感はすぐになくなる。
だけどもう少し、もう少しだけこのまま浸っていたいと思ってしまうのは許して欲しい。
何故かそれからしばらくの間、トキヒサが私に対しておそるおそる接してきた。私はただ自然と笑みが零れるくらいに機嫌が良かっただけなのに。不思議なものだ。
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