第132話 これはご褒美か尋問か?
セプトの言葉にこの医務室にいる人達の顔色が変わった。エプリはフードの上から軽く額に手をやり、ジューネは商談が終わってほくほく顔だったのが凄まじく強張っている。そして肝心のヒースはというと、
「………………誰から聞いた? そんな事」
その声はどこか探るようで、それでいてセプトを威圧しないようにどこか優しさを感じられるものだった。子供相手に咄嗟に気遣いをしたみたいだ。
「都市長様に。ヒースが、何処に行っているのか、聞いてって言われた」
「そうか。……お前達もか?」
「……ああ。そうだ。アシュさんの鍛錬のついでに聞き出してくれって頼まれた」
ここまでくると下手に隠す方がマズいか。俺達を見据えるヒースの言葉に俺は静かに返す。悪いなジューネ。搦め手で少しずつ聞き出すつもりだったのだろうけど、段取りが変わりそうだ。
「ということはこの商人もか。…………もしかしてこのリングも実際は効果がないとかじゃないだろうな?」
「それだけはありません。商品に嘘を吐かないのが商人の最低限の誇りですから」
僅かに疑いの気持ちを見せるヒースの言葉に、ジューネはハッキリとした口調で断言する。そこは商人として譲れないのだろう。
ヒースはしばらく買ったリングと睨めっこしていたが、「良いだろう。商人はともかく商品は信じよう」とポツリと漏らす。
ジューネは平然とした見た目だったが、横から見ると微妙にホッとした様子なのが分かる。折角売れた品が返品にならなくて良かったって所だな。
「まあこうなったら仕方ないな。という訳で普通に聞くけどヒース。結局授業をさぼってどこ行ってるんだ?」
「だからさんか様を付けろ。……僕に答える義務があるとでも?」
「全然ないな。なら…………これならどうだ」
その言葉と共に、俺はセプトをずずいと前に出す。セプトは無表情ながらも、じっと前髪の隙間から覗く眼がヒースを見つめている。
人形じみた外見のセプトにじ~っと見つめられると妙な圧力を感じるからな。しかも今回はセプト自身も自分の身体についての交換条件みたいなこともあってやる気がある。さてさてどれだけ耐えられるかな。
「お願い。教えて」
「…………ふ、ふん。そんな目で見ても教えると思うなよ。この僕を誰だと思っている。ヒース・ライネルだぞ」
「お願い」
「……このまま続けても結果は同じだ。いいからさっさと出ていけ。早くっ!」
「お願い」
「………………」
無言の圧力に耐えられなくなったのか、ヒースは布団を頭まで被ってベットに横になる。しかしセプトは見つめることを止めない。
ヒースもチラチラと布団の隙間からこちらを伺っているのだが、セプトは視線を逸らそうともせずじ~っとガン見しているのでたまらない。
「…………まさかセプトに取り調べの才能があったとは驚きね」
「別に取り調べってほどじゃないんだけどな。ただこうああいう感じの子に無言で見つめられると弱いっていう人はいるもんなんだよ」
無表情人形系美少女に見つめられるのはある意味どこぞの業界の方にとってはご褒美なのかもしれないが、ヒースはどうやらその類ではなさそうだ。
そうして遂に十分が経過した。徐々に布団の中という隠れ家に籠城を決め込むのも難しくなっていき、ヒースは僅かな諦めと共に起き上がろうとしたように見えた。その時、
「お待たせしました。ヒース様。御加減はいかがですか?」
「……!? あ、ああ。問題ないさ。大分疲れも抜けたようだ」
間の悪い。もう少しという所で薬師さんが戻ってきた。ヒースはそのままスムーズに身体を起こしてベットから立ち上がる。
「さて、そろそろ次の授業の用意でもするとしようか。では君達。さらばだ」
そうあからさまに言い訳じみた言葉を残し、ヒースは素早く身を翻して医務室の外へ出ていく。君達なんて余裕を見せようとするところが微妙に何とも言えなさがあるな。
「…………あの、私何かマズイことをしてしまったのでしょうか?」
「いや、そんなことは。……ただ少し間が悪かったってだけですよ」
間が悪いって言うのは責められるようなことではない。俺達はそのまま薬師さんに一礼して静かに医務室を出る。当然ながら近くにヒースの姿はない。逃げられたか。
「よう。遅くなって済まない。ヒースに話は……その様子じゃ聞けなかったみたいだな」
「はい。もう少しだったんですが」
そこにアシュさんが戻ってきたので、簡単にさっきのことを説明する。仕方ない。仕切り直して一度ジューネの部屋に戻るとしようか。
「しかし、これからどうしましょうか。私としてはもう少し時間をかけて聞き出していくつもりだったのですが、少し段取りが狂いました」
「ごめんなさい。私のせい」
「セプトを責めないでやってくれよジューネ。今回の都市長さんからの頼まれごとは、セプトにとっては自分の身体を治療するための交換条件みたいなところもあるからな。それに、俺も分かっててさっきセプトを前に出したしな。謝るなら俺の方だ。ゴメン」
ジューネの部屋に戻った俺達は、これからどうしようかと悩んでいた。表情が分かりづらいが少し落ち込んでいたセプトはジューネに向かって頭を下げ、俺も悪かったと続いて頭を下げる。
「…………ああもぅ二人とも、別に責めてはいませんよ。それを言うなら段取りを伝えていなかったこちらにも非が有ります。すみませんでした」
こうしてジューネも頭を下げ、三人それぞれ頭を下げ合うという妙な構図になってしまった。
傍から見ているエプリとアシュさんは、それぞれ呆れたり笑ったりしている。俺も傍から見る立場だったら笑っていたかもな。
「じゃあもうこの話はおしまい。次のことに向けて切り替えていきましょう」
ひとしきり謝り合った後、ジューネが最初に立ち直って話題を変える。そうだな。ずっと気に病んでばかりもいられないしな。
「私は当初、徐々に商品を売り込みながら近づいて信用を得、さりげなく情報を聞き出すつもりでした。しかし今回のことで、ヒース様も次は警戒するでしょう。これではさりげなく聞き出すのは難しいですね」
「やっぱり、私の……」
「ただし、今回のことで良い風に働いた点もいくつかあります」
また落ち込みかけたセプトの話をぶった切り、ジューネはなおも話を続ける。
「一つは時間。私のやり方では、アシュがヒース様の鍛錬を全て終える予定の八日後。それに合わせて聞き出す想定でした。しかし逆に言えば、どうしても八日は
時は金なりって言うしな。時間がかかるやり方よりもかからないやり方の方がそりゃ良いよな。
「二つ目はヒース様の人となりが知れたこと。こればかりは直接当たってみないと分からない所がありますからね。それに、セプトさんのやり方でもそれなりに効果があるのが分かりました。結局のところ、上手くいったことも多いんです。ですから……もう落ち込まなくて良いんですよ」
「…………うん。大丈夫。ありがと。ジューネ」
最後に慰めるような言葉を付け加えるジューネに、セプトは静かに礼を言う。……うん。どうやら少しは落ち着いたみたいだ。ジューネナイスフォロー!
「まあこうなった以上、さりげなくというのは無理でしょうからね。明日からは作戦を変えましょう」
「とするとやはりまたド直球か?」
「上手く先ほどのようにヒース様を逃げられない状況に追い込めるなら一考の余地ありなんですけどね。それは流石にヒース様も警戒して避けるでしょう。なので……これまで通り普通に接します」
普通にって、警戒されてるって言ったばかりじゃないか。しかしジューネにからかっている様子はない。
「どうせアシュの鍛錬の時にまた顔を合わせますからね。まずは警戒を解くことから始めましょうか。まだ時間は有りますし、二、三日は何も聞かないで放っておいても良いくらいです」
「下手に聞いて意固地になられるよりは、一歩退いて機会を待つってことか。では俺の鍛錬の時はまたこれまで通りに全員来るってことで良いのか?」
「そうなりますね。トキヒサさん達は先ほどと同じく鍛錬の手伝いをしてもらえれば問題ありません。話も無理に聞き出そうとさえしなければ大丈夫でしょう」
ジューネにしてはやや消極的だな。だけどまあ一応これからの方針が立ったのは喜ばしい。明日からも鍛錬に付き合ってガンガン石貨を投げまくってやろうじゃないの!
「それにしても、今度は何を売り込みましょうかねぇ。こちらのことを警戒している相手に売り込むとなると…………ふふっ。腕が鳴りますね」
ちょっと訂正。全然消極的じゃないよこの商人。むしろ積極的だよ! アクティブだよ! まあこれくらいじゃないと商人なんてやっていられないのかもしれないが。
だけどまずは明日のことより今日のこと。今日も今日とて資源回収に勤しむとしますか。
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