第130話 横やりは石貨で

 異世界生活二十日目。


「はっ! でやあぁっ!」

「まだまだ。今だけを見るんじゃない。もっと動きの先を読めっ!」


 ヒースの打ち込みを軽くいなしながら、反撃と共にアシュさんの喝が飛ぶ。二人の攻防はもう十分にも及んでいるが、アシュさんもヒースもまだまだ元気そうだ。体力有りすぎない?


 昨日アシュさんに「明日のヒースの鍛錬を手伝ってくれ。これなら話のきっかけにもなるだろ?」と言われて来たのだが……どうしろと?


 割って入れとかじゃないよね? 動きを見るだけで手いっぱいだぞ。加護で動体視力が強化されていなかったらまさに目にもとまらぬって動きだ。


「……戦闘訓練としては上物よ。見るだけで参考になる動きも結構あるし」

「目が、疲れてきた」

「…………何が何だか全然見えませんね」


 この動きを普通に見えているエプリはやはり凄い。セプトはなんとか目で追えると言ったところか? ジューネは見えていない様子っと。


 流石にジューネに負けると色々な男としての自尊心的な何かが崩れ去りそうなので少しホッとする。……セプトに負けそうなのは出来ればノーカンとしたい。


「…………よおし。大分身体のキレも戻ってきたな。準備運動はこの程度で良いだろう」


 そう言ってアシュさんが剣を下ろすと、ヒースもふぅと息を吐きながらそれに合わせる。えっ!? これで準備運動なのか? アシュさんには準備運動なのかもしれないけど、ヒースの方は少しだけ疲れたって感じだぞ。


「ずっと同じように二人で戦ってばかりじゃ味気ないからな。今回は少し趣向を凝らしてみようと思う。……お~い! 待たせたなお前ら。出番だ。……ジューネも暇なら一緒にな」

「暇じゃありませんっての! ですが頼まれごとなので仕方なくですよ」


 ようやく出番らしい。俺達はそのまま二人に近づいていく。ジューネもぶつくさ言いながらだが一緒だ。


「来たな。……ヒース。今回の鍛錬はこのメンツにも協力してもらう」

「はぁ。しかしアシュ先生。この者達は父上の客人。怪我でもさせたらことなのでは? 見たところ僕の相手になれそうなのは……そこのフードの者、エプリでしたか? その者くらいのものです」


 普通にこっちの戦力を見抜かれてるよっ! いやそうだけどさっ! さっきの動きに完全に反応出来ていたのはエプリくらいのものだったからな。


「……正直トキヒサの護衛以外は契約の範囲外だけど、多少程度なら付き合うわ」

「別に直接戦えとは言ってない。まあ実際まともにやり合えるのはお前さんと……周囲の損害やらなにやら度外視して良いのならセプトも戦いになるな。トキヒサは…………全財産をぶち込んで二、三度斬られる覚悟をすれば勝ち目が出てくるか」


 うん。こっちも冷静に分析されてるな。セプトは最初に戦った時みたく影をフルに使えるのならいけるかもしれない。


 ヒースは動きは速いけど見たところ直接攻撃のみのようだし、それなら先に影で囲ってしまえば動きを制限できる。と言ってもこの中庭はあまり遮蔽物のない場所だから、まず影を作るために準備がいるけど。場を荒らす的な。


 あと俺に関して言えば、まず斬られた時点で負けだからね普通。二回も三回も斬られること自体がまずズレているからねホント。あと全財産って……。


「私も、戦う?」

「いや、三人がかりでヒースと戦うというのもアリだが……今回はあくまで俺とヒースでこれまでのように戦う。お前さん達に頼みたいのは横やりだ」

「横やりですか?」


 俺の問いかけに、アシュさんはあぁと首を縦に振る。


「俺とヒースが戦っている最中に、適当に金魔法でも風魔法でも何でもいいから攻撃を加えてくれ。一応威力は弱めでな。ちなみに狙いは俺を狙おうがヒースを狙おうがかまわないが、出来れば無作為の方が良い。流れ弾のような感じだ」

「なっ!? アシュさん。それはちょっと危ないんじゃ?」


 威力は弱めったって、一番弱めの石貨でもちょっとしたかんしゃく玉くらいの威力はある。服の上からならまだしも素肌に当たったら火傷くらいはするし、目にでも当たったらえらいことだ。


 エプリの風弾だって結構痛いし、セプトの魔法も然りだ。それで横やりとなると少しだけ不安というか。


「戦いは常に目に見える相手だけとは限らない。一人相手だと思いきや、陰から伏兵が来るなんてのも良くある話だ。だからそういう時に備えて鍛錬を積んでおかなきゃいけない。それにだ」


 俺の不安を見て取ったのか、アシュさんはニヤリと不敵な笑みを浮かべて見せる。


「なに。心配するな。ヒースは一発や二発当たったところでダメになるような鍛え方はしていない。それに……俺がエプリの嬢ちゃんならともかく、お前さんの金に当たると思うかい?」


 なるほど。もっともだ。確かに俺がいくらアシュさんに金をばら撒いたとしても当たるとは思えない。ならヒースにだけ注意していれば良い訳だ。


「…………分かりました。でもちゃんと避けてくださいよ。あとヒースもな」

「当然だ。……それと呼び捨てではなくさんか様を付けろ。父上の客人であろうともな」


 はいはい。それではまだちょっと不安だけど、鍛錬に協力するとしますか。…………そう言えばここで使う石貨は必要経費か何かで出してくれるのかね? 自腹だとちょっときついんだけど。





 こうして再び二人の鍛錬が始まった。基本的には先ほどと同じように剣による試合である。しかし今回は、


「金よ。弾けろっ!」

「…………“強風ハイウィンド”」


 このように俺とエプリが邪魔を加える。金は言われた通り特に狙いも付けず、半ばばら撒くように投げるものだ。


 破裂するタイミングも適当。エプリも同じような物だろう。するとどうなるかというと、投げた金が風に流されてそこら中を飛び回るという予想しないことが起きていた。


「くっ!? このっ!」

「ほらほらどうしたヒース? 反応が遅いぞっ! そおらっ!」

「ぐはっ!?」


 威力は弱いといっても魔法は魔法。自身の近くや視界内で金が破裂すれば一瞬とは言え気を取られるし、風に押されれば僅かに体勢だって崩れる。それが戦いの中ではどんなに少しであったとしても致命になる。


 哀れヒースはほんの一瞬とは言え隙が出来、そこをアシュさんに突かれてビシバシ身体に木剣を当てられている。


 ちなみにアシュさんときたら、適当に投げているとは言え飛んできた硬貨を全弾回避しているのだから驚きだ。ほぼ真後ろからのものもあったんだけどな。いったいどうやっているんだ?


「…………やるわね。こっそりアシュを風弾を混ぜて狙撃してみたけど、三発撃って一発掠っただけか」


 エプリそんなことやってたんかいっ!? だけどよく当てたね。


「私も、やる?」

「今回はやめておいた方が良さそうだ。だって見ろよ。俺とエプリの分だけでアレだぜ」


 セプトはやる気だが、この時点でヒースはもうボロボロな気がする。これに追い打ちをかけるというのはちょっと気が退けるな。


 それにセプトは闇属性の魔法を使った時点で素性がバレる。多分大丈夫だとは思うが、今はさせなくても良いだろう。


「はぁ。はぁ。こんなもので…………負けるかぁっ!」

「おっ!?」


 今にも倒れそうになっていたヒースだが、木剣を杖のようについてなんとか踏みとどまる。しかしフラフラで身体中ボロボロだ。


「よし。良く立った。では今日はこれで終わりだ。最後に思いっきり来いっ! 一撃当てて見せろっ!」

「はいっ! うおおぉっ!」


 最後の力を振り絞り、ヒースは剣を構えて声を上げながら吶喊する。今にも倒れそうなのになんて気迫だ。


 途中風に乗って石貨が何枚かぶつかりそうになったが、なんと木剣で弾き飛ばしてそのまま一気に距離を詰めてアシュさんに迫る。だが、


「速さは良い。気持ちも乗った良い剣だ。だが……真っ正直すぎるっ!」


 ヒースの剣を半身をずらすことで紙一重で躱し、アシュさんはカウンター気味の一撃でヒースを胴薙ぎにする。ヒースはその一撃で膝を折り、遂にその場に崩れ落ちた。


「…………よし。今日の分はここまでとするか。最後もしっかり一撃当てたしな」


 倒れこんだまま疲労であまり動けない様子のヒースに対し、アシュさんはそんなことを言う。えっ! 最後はアシュさんはギリギリで躱していたように見えたけど。


 アシュさんは何も言わずに服の袖の一部を指差す。そこには……石貨の破裂によって出来た焦げ跡が付いていた。


 そうか。これは途中でヒースが弾いた石貨だ。アシュさんは自分に向かってきた石貨は全て回避していたけど、ヒースが弾いた分までは回避しきれなかったらしい。


「じゃあこのまま少し休んだら戻るとするか」

「ちょ、ちょっと。結局私来た意味無いじゃないですか!」


 ジューネときたらただ見てただけだもんな。暇だったらって呼ばれたから微妙に怒っている。


「ジューネの仕事はこれからだ。休んでいる間に話をしておいてくれ。トキヒサもな」


 そう言えばそうだ。これまで都市長さんから頼まれてはいたものの、じっくり腰を据えてヒースと話をしたことはなかったな。折角ジューネもいることだし、ここは一つやってみるとするか。

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