第122話 解呪師の居場所

「よ~し。報酬でやる気も出たところで、早速出発するとしますか」


 キリはそう言うとグッと体を伸ばす。出発って……何処へ? 俺がそう訊ねると、


「まずはその箱を見つけたっていう町に。実際に行ってみないと分からないことも多いからね! という訳で、ゴメンエプリん。戻るまで依頼は受けられそうにないや」

「だからエプリんと呼ばない! …………別に依頼は良いわ」

「まあまあそう言わずに。戻ったら色々と引き受けるからね。例えばそう……

「……っ!? どうしてそれをっ!?」


 薬? 薬って何のことだ? 不意に出たその言葉にエプリは妙な反応をした。まるで隠していた秘密をズバリ暴かれたような、ひどく驚いた様子だった。


「さ~てどうしてでしょう。おっと。そろそろ行かないと馬車に乗り遅れちゃうよ! それじゃあ皆さん。またね~」

「待って。まだ話は……」


 エプリの呼びかけに応えることなく、キリはそのままシュッと指を振ると素早く身を翻して走り出した。……速っ!? 瞬く間に人混みに紛れてしまったぞ。


 見えないほどの速さだったアシュさんとは違い、こっちは視界には入るんだけど視線から上手く外されてしまうというか。どうやらそれはエプリも同じだったらしく、悔しそうにキリの消えた方を睨みつけている。


「ふぅ。いつも現れる時もいなくなる時も突然なんだから困ります。まあ仕事が早いのは良いことなんですけどね。それで、商談は終わった訳なんですが……どうします? 予定より大分早く終わりましたし、少し町を見て回りますか?」


 ジューネの言葉に俺は一瞬考え、


「いや。一度都市長さんの所に戻ってアシュさんと合流しよう。向こうの様子も気になるし。そうだろエプリ?」

「…………そうね」


 見て回りたいのはやまやまだが今の俺達はジューネの護衛だ。ならば早いところアシュさんと合流した方が良い。


 そう思ってエプリに声をかけたのだが……どこか気のないというか、心ここにあらずと言う感じだ。どうしたのだろうか?


「そうですか。それじゃあ戻るとしましょうか。皆さんクラウドシープに乗り込んでください」


 そうして俺達は一度都市長さんの屋敷に戻ることにした。ただその間、エプリがずっと何か考え事をしている様子だったのが気にかかった。





「今日はありがとうございました。おかげで助かりました」

「そうかなぁ。あの分だったらジューネだけでも大丈夫だったんじゃないか?」


 屋敷に到着し、アシュさんと合流することで護衛の仕事は終了した。しかしお礼を言われるとどうにもこそばゆい。今回俺は特に何もしていないからなあ。


 ヌッタ子爵の所では歓迎されていたし、キリとの商談もそこまで長くはなかった。唯一ちょっと危なかったのは商人ギルドでの一件だが、それにしたってエプリとセプトはともかくとして俺はほとんど役に立っていない。


「いえいえ。一緒に居るだけでトラブルの抑止になることもあるんですよ。何せ私はほらっ! ただのか弱い少女ですから」

「いや雇い主様よ。ただのか弱い少女が護衛一人でダンジョンに潜ったりはしないだろ」


 アシュさんの的確なツッコミを、ジューネは軽く目を逸らして誤魔化す。


 全くその通りだと思う。特に今日の様子を見た後ではそうだ。あんなに堂々とした交渉をしておいてか弱いとは何を言うかって話だ。


「まあ何はともあれだ。皆ありがとうな。……おかげでこっちもそれなりに進展があった」


 アシュさんの言葉に全員の注目が集まる。つまりアシュさんがここに残った理由であるヒースのことについて、何か進展があったという事だ。


「まずこれからのヒースの鍛錬におおよそ目処が立った。ひとまず十日の予定を組んだから、その間はここに滞在することになる」


 その点は出かける前にもそんな感じのことを言っていたから分かる。セプトの治療にも最低七日くらいかかるらしいしな。キリと話した時の期限も十日だったし、特に問題はない。


「それともう一つ。

「……!? 本当ですかアシュ」

「ああ。ジューネ達が出ている間に連絡が来た。本当は大体の居場所は少し前から掴んでいたんだが、本人から連絡が来るまで待っていたんだ」

「……やっとね」


 指輪の解呪。これはエプリもジューネも他人ごとではないので身を乗り出す。


 ジューネからすれば欲しがっている幸運を呼ぶフォーチュン青い鳥ブルーバードの羽がかかっているし、エプリもダンジョンでの契約の際に、俺がダンジョンで手に入れた金目の物を売却した利益の二割を払う事になっている。


 この場合ダンジョンの中で指輪(の入った箱)を手に入れたので、一応権利はエプリにもあるのだ。


「それでアシュさん。その解呪できる人は何処に?」


 羽も指輪も額が額だからな。何せ箱も合わせると二十四万デンにもなる。


 加えて呪いが解けることによって値段も上がる可能性が高く、上手くいけば目標額まで一気に近づくことが出来る。当然俺も真剣にならざるを得ない。


「それが……場所はハッキリしたんだが、少々厄介な場所でな。今エイラ……その解呪できる俺の知り合いなんだが、エイラは交易都市群第十二都市ラガスにいる」

「ラガスっ!? 何でまたそんな所に?」

「それがよく分からないんだ。あそこは性格的にも能力的にも合わないと思うんだがなぁ」


 何やら場所を聞いた瞬間、ジューネが驚いたように話すとアシュさんも首を傾げながら答える。


 二人だけで納得していないで俺にも教えてくださいよ! 俺のそういう視線に気が付くと、二人してこちらの方を見る。


「うん? ああ。トキヒサは知らなかったか?」

「はい。ここら辺の地理とか詳しくなくて」

「じゃあ私が説明しますね。エプリさん達は大丈夫ですか?」


 ジューネが確認すると、エプリは知っているようだった。セプトは知らないようなので俺と一緒に聞くことに。二人で勉強しようぜ。


「分かりました。では簡単に説明すると、交易都市群の各都市にはそれぞれ特色があります。例えばこのノービスは交易都市群の中で魔国と一番近い都市。そのため魔族の方への対応も他の都市と比べてかなりしっかりしています」

「それはなんとなく分かっていたよ。……なるほど。これが都市ごとの特色って奴か」

「はい。そしてそのアシュの知り合いのエイラさんがいるラガスは、一言でいえば賭け事に力を入れている都市です」


 ジューネの説明によると、そのラガスと言う都市は別名ギャンブル都市とも呼ばれていて、実に都市の五分の一が賭け事に関連する店らしい。


 全交易都市の中で金の流れだけで言えば一、二を争うほど賑やかだというから驚きだ。しかしギャンブルか。ちょっとやってみたい気もするな。


「ただそういう所は治安が悪くなることも多くて。腕に覚えのある人か護衛をつけていないと危険なんです」


 つまり金と欲望渦巻く危険地帯って訳か。確かにそれは厄介そうだ。だが、


「大丈夫。私が、トキヒサ守る」

「……やっと護衛らしい仕事が出来そうね」


 しかしこっちには頼れる護衛と言うか仲間が居る。まあやる気を見せている二人はひとまず置いておいて、俺は話の続きを促す。


「ラガスはノービスからだと馬車でおよそ二日。歩きだと早くても四、五日ほどかかります。やはりネッツさんに頼んで物資の準備をしてもらって正解でしたね」


 馬車でも二日か。これは遠いというべきか。それとも近いというべきか。日本に居た頃の感覚で言ったら遠いというべきなのだが、この世界においては近い気もする。


「ところでアシュさん。そのエイラさんは賭け事には強い方なんですか?」

「微妙だな。くじ運とか引きの強さだけなら結構強いと思うが、心理戦とかが絡むとちょっと不安って所だ。ポーカーフェイスも得意じゃないし」

「そうですか。じゃあ強くないけど賭け事自体が好きとか?」

「それもどちらかと言うと違うな。賭け事を否定はしないだろうが、積極的にするという奴でもない。だから妙なんだ」


 確かに不思議だ。そんな人が何の用があってラガスにいるのか?


「…………今は気にしても仕方ないな。エイラとはまた連絡を取り合うから、その時にでも聞けば良いさ。それより今はこのノービスでやることをしっかりやっておいた方が良いな」

「セプトの治療とヒースのことですね」

「そうだ。鍛錬は俺が毎日少しずつ受け持つとして、話を聞くのはジューネ達に任せる。頼むぜ」


 こうして俺達の次の目的地は決まり、話の途中で夕食の時間となったため一時解散となった。


 今回は最初から都市長も食事に間に合い、身体のあちこちに打ち身などを作ったヒースも交えて比較的和やかな夕食の席となった。次もこうだと良いんだが。

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