第117話 ジューネの過去(お試し版)

 商談も終わったしもうそろそろ良いだろうという事で、俺達は屋敷の応接間に戻った。実を言うともう少し展示室を見て回りたかったが、流石にそういう雰囲気ではないのでそこは自重する。


「別にあのまま展示室に行って話しても良かったんじゃないかの?」

「そうしたらそのまま自慢話に持ち込むつもりでしょう? トキヒサさんあたりと話し込んでしまうのは分かってるんですから」


 戻るなりヌッタ子爵は未練がましくそんなことを言うが、ジューネの先を読んだ言葉でバッサリ切り捨てられる。


 ……確かにそうなる可能性は非常に高い。多分あの中だったら一日居ても飽きないと思う。説明してくれる相手がいるのならなおのことだ。


「ふぅ。次の商談まで少し間があります。今の内に食事でも……ご馳走してもらえると嬉しいのですが」

「えっ!? こんな隠居ジジイにたかろうというのかいジューネちゃん? ワシ今思いっきり散財したばっかりなんじゃけど」


 何だかジューネのヌッタ子爵に対する言葉遣いが少し砕けたものになったな。いや、こっちが元々の話し方なのかもしれない。最初のは人前での畏まった話し方という感じだったからな。


 そうして結局子爵が根負けし、皆でここで食事をご馳走になる運びとなった。


 食べたらすぐに出発するというジューネのリクエストにより、簡単に摘まめる白パンで出来たサンドイッチなどの軽食が主だったが、だからと言って手抜き料理という事ではない。


 サンドイッチの具は何種類もあり、しかもどれも作り置きではなくどうやら出来立てだ。


 何かの焼いた肉はまだ熱々でジューシーだったし、レタスのような野菜を挟んだものは歯ごたえがシャキシャキとしていて美味い。パンそのものもややしっとり系の食感で具材とケンカしない味わいだ。


 ……これは元々食事をご馳走してくれるつもりだったのだろう。わざわざ俺達の分も用意してあったからな。それは俺達がここに来た時から準備していないと無理だ。


「フォッフォッフォ。良い食べっぷりじゃの。念の為多めに用意した甲斐があったわい」


 ヌッタ子爵が驚くほどに、さっきからエプリが静かにだがものすごい勢いでサンドイッチをパクついている。種類も多いし一つの大きさもそこそこあるのに、もう見たところ全種類制覇して二週目に行っている。


 前から思っていたけどエプリは相当の健啖家だ。さっきからメリーさんを始めとするメイドさん達も給仕役で大忙しだ。少しは遠慮しろよ。


 それにボジョも触手を伸ばしてサンドイッチを頂いている。身体に入れてじわじわ溶かしているのだが、どうやら味もお気に召したらしくさっきからポンポンと軽く跳ねて喜んでいる。


 喜ぶのは良いけどあまり跳ね過ぎないようにな。行儀が悪いって言われるから。


 セプトとジューネも美味しそうに食べていて、子爵もその様子を嬉しそうに見つめている。


 ……そう言えば子爵はここで隠居しているという話だけど、他の家族はどうしたのだろうか? 元々王都にいたらしいから今もそこに住んでいるのだろうか? ちょっとそんなことを考えながらも、和やかに昼食は終わった。





「ご馳走様でした。すごく美味しかったです」

「えぇ。美味しかったわ」

「うん」


 ちなみにライトノベルでよく突っ込まれる異世界食前食後の挨拶問題だが、この世界でも頂きます、ご馳走様で一応通じる。


 ただ厳密に言うと通じるであって、地域によって微妙に挨拶が違ったりする。ヒト国の宗教色の強いところなんかだと、食前の祈りが数分くらいかかる場合もあるというから驚きだ。


「あっ! 余った分は包んでくれると助かります」

「まったく。ジューネちゃんは抜け目ないというか何と言うか。……アシュ殿の分かの?」


 ジューネは言葉にこそしなかったものの一瞬顔がほころんだのを見て、子爵も仕方ないとばかりにメイドさん達に準備を任せる。確かにこのサンドイッチは美味しかったもんな。アシュさんに土産として持っていくのも良いか。


「さてと。お腹が落ち着くまで……先ほどの話の続きでもしましょうか」

「何だ? 食事中に一切さっきのことについて話さなかったから、これ以上言う気はないと思ってたんだが」

「あの説明じゃあ何が何やら分からないでしょうからね。簡単な補足説明ですよ」


 ジューネは俺達に向けて、ポツリポツリと自身の生い立ちを話し始めた。


 曰く、ジューネの生まれたコロネル公爵家と言うのは、ヒュムス国でもかなり古くから続く大貴族だという。


 公爵と言えば、確か貴族の中でも相当偉い爵位のはずだ。長い歴史の中で公爵になったのか、公爵だったからこそ長く続いたのかは知らないが。


 ジューネの両親はヌッタ子爵とは個人的に付き合いがあり、子爵がこのノービスに隠居してからもちょくちょく会っていたという。その際、まだ小さかったジューネも何度か両親とともにここに来ていたのだ。


 ここでヌッタ子爵がまたジューネの恥ずかしい秘密をこっそり耳打ちしようとしたのだが、メリーさんが静かに後ろに立つと慌てて口をつぐんだ。長い付き合いなだけあって、単なる主人と従者ではない何らかの関係性があるみたいだ。


 このようにしてジューネとヌッタ子爵は出会い、何度か交流を深めていった。しかし、


「……それから色々ありまして両親は他界。残された遺産は管理の名目で遠縁の顔も知らない親戚に次から次へと奪い取られ、今では爵位も取り上げられてコロネルの名ばかりが残るのみ。ああ哀れなジューネちゃんの運命はいかに? …………という訳で、お試し版はここまで。ここから先は有料になります♪」


 金取るんかいっ! 折角盛り上がってきた所なのに!? 両親が亡くなって遺産も奪われてって、なんかどこぞの悲劇のヒロインみたいだ。小公女的なノリの。


 見るとジューネの語りに引き込まれていたのは俺だけではなかったようで、エプリもセプトもじっと聞き入っていたようだった。


 内容も気になるけど、ジューネは流石と言うかとにかく語り方が上手いのだ。話の読み聞かせとかやったら売れるんじゃないだろうか?


「同行者への義理はこれで十分。これ以上は乙女の秘密に踏み込むわけですからね。秘密は金がかかるのです」


 前もそんな事言ってたな。金を集める理由の時に。…………もしかしてこの二つって繋がってたりするのか? 詳しくは知る由もないが。


「……ふむ。ジューネちゃん。そろそろサンドイッチを包み終わったようじゃぞ。あと王都で評判の菓子も一緒に詰めておいたから、後で食べると良いじゃろ」

「ホントですか! ありがとうございます子爵様! さあ皆さん。そろそろ出発しますよ」

「フォッフォッフォ。昔みたいにおじいちゃんと呼んでくれても良いんじゃよ! …………って聞いてないのジューネちゃん」


 何やらヌッタ子爵がドヤ顔をしながらポーズを決めているのだが、ジューネは聞こえていないようでテキパキと支度を進めていく。おじいちゃんショック。





 そうして全員準備を整え、ヌッタ子爵の屋敷を後にすることになった。雲羊も待っている間しっかりお世話されていて、身体の毛がさっきよりモフモフになっている気がする。


 さっそく子爵に別れの挨拶をしながら一人ずつ乗り込んでいき、最後にジューネが乗り込むその直前、


「……ジューネちゃん。以前の話、考えてくれたかの?」


 そう真面目な顔をして、ヌッタ子爵がジューネを呼び止めた。ジューネも神妙な顔をして振り返る。


「養女の件……ですか?」

「そうじゃ。正確に言うと娘ではなく孫扱いなんじゃがの。ワシの所なら元のようなとは言わんが、それなりの暮らしが出来るはずじゃ。……もうジェイクやタニア、お前の両親が亡くなって何年も経つ。忘れろとは言わんがの、ジューネちゃんは過去に縛られて生きなくても良いんじゃよ」


 ……なんか重い話になってきたぞ。さっきの秘密に関わる話かな? 俺は羊の毛に埋まりながらというちょっと残念な状態で聞いているのだが、他の皆も耳を澄ませているようだ。


「…………ありがとうございます子爵様。でも、これは私が選んで決めた道なんです。自分が納得いくまでもう少し続けてみるつもりです」

「ジューネちゃん……」

「フフッ! そんな顔しないでくださいよ。また何か子爵が喜びそうな物を見つけたら集めておきますから」


 どこか寂しげな表情をするヌッタ子爵に、ジューネは殊更明るく声をかける。そしてそのまま雲羊の毛に潜り込み、上から顔を出すと雲羊に出発の指示を出す。


「メエェ~!」


 雲羊は一声高らかに鳴くと、次の目的地に向けて進み始める。見送りに出ていたメリーさんを筆頭としたメイドさん達は揃ってこちらに向けて頭を下げ、ヌッタ子爵も軽く手を振って送ってくれる。そして、


「どうかお身体を大切に。………… 


 そのみるみる離れていく大切な人に対して別れ際に送る言葉。確かに届いただろうその言葉を聞き、どこか寂しげだったヌッタ子爵は満面の笑みを浮かべていた。


 そしてその言葉を言った本人はと言うと、


「さあ。移動中に次の商談相手について話してしまいましょう。皆さん傾聴です!」


 いつものように商人モードになり、これからのことについて話し始めていた。


 今の行為の気恥ずかしさからか、ちょっとだけ顔が赤くなっているのは……まあ見なかったことにするか。さてさて。次はどんな人が出てくるのやら。

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