第112話 言語翻訳の落とし穴
「これはしばらく決まりそうにないな」
セプトが悩みだしてから数分が経過した。
最初は
今更もっと軽く考えてとかとても言えない。
「まだかかりそうだから、先に他のメンツから聞こうぜ」
「他と言ってもトキヒサさんとエプリさんは聞きましたし、あとは……」
アシュさんの言葉にジューネがそう返したその時、俺の服に潜んでいたボジョがびよ~んと触手を伸ばしてアピールしだした。
「ボジョも聞いてほしいみたいだぞ」
「そうなのですか? …………じゃあボジョさん。貴方の目的は何ですか?」
不思議そうにしているが、ここで聞かないのも悪いと思ったのかジューネが質問する。するとボジョは俺の服から抜け出し、何やら奇妙な動きをし始めた。
一瞬大きく膨れ上がったと思ったら急に触手のみの形になったり、鞭のようにしならせて振り回したかと思ったらポンポンと飛び跳ねたり。さらになんと一瞬ではあるが分裂して二匹になったりもした。すぐにまた一体に戻ったが。
そんな動きを悩み続けるセプトの横で行うボジョ。何と言うか…………シュールだ。そして、最後に天高く螺旋状に身体を伸ばしてピタッと静止するボジョ。ここまでおよそ一分にもわたった渾身のジェスチャーを見て、
「…………すみません。何が言いたいのか分かりませんでした」
「ゴメン。俺も」
俺達にはイマイチ何が伝えたいのか分からなかった。それを聞いてへなへなと崩れ落ちるボジョ(螺旋タワーのまま)。
……なんかホントゴメン。こんな時こそ『言語翻訳』の加護仕事しろと言いたいところだが、まずボジョは喋れないのだから翻訳も何もあったものではない。
崩れ落ちたままのボジョに何と声をかけたら良いものか。なんとか分かってやりたいんだが…………そうだ。
「ボジョも、俺と同じでイザスタさんの所に行きたいんだよな?」
その言葉に、崩れ落ちていたボジョがピクリと反応する。元々ボジョは牢獄にいたウォールスライムのヌーボの触手だった。そしてヌーボはイザスタさんの眷属って話だ。つまりは今も一緒に居る可能性が高い。
「じゃあ元のヌーボの身体に戻りたいのか?」
元々同じ身体だし、戻りたいのだろうと推測して言ったのだが……何故かボジョは即答ではなく少しだけ迷ったような様子だった。
数秒ほど動きを止めたかと思うと、伸ばした触手がほんの僅かに頷くかのように上下に動く。
「……という事みたいだジューネ」
「な、なるほど。ボジョさんもトキヒサさんと一緒にそのイザスタさんと合流することが目的と。分かりました。とすると残るは……」
そこで俺達はセプトの方を見ると、まだ真剣な顔をして悩んでいる様子だ。これは何かアドバイスでもした方が良いのだろうか? そう考えていると、
「なぁ。ちょっと良いかい? セプトの嬢ちゃん」
アシュさんがセプトに近づいていって声をかけた。そこでセプトは考えるのを一時やめてアシュさんの方を見る。
「なに? アシュ」
「ずいぶんと悩んでいるようだが、どうしたよ? トキヒサも仮にって言ってたろ? もっと軽く考えていこうぜ」
その言葉に、セプトはふるふると首を横に振る。
「ずっと、考えてた。だけど、どうしても自分だけだと、やりたいことが見つからないの。奴隷は、自分のことなんて考えないから」
「俺から言わせればその奴隷観はちょいとどうかと思うがね。まあそれは置いといてだ。それなら今は無理に目的を作らなくても良いんじゃないか?」
「えっ?」
その言葉にジューネが何か言いたそうな顔をするが、俺は黙ってやり取りを見守る。
「目的なんざ生きてるうちにころころ変わるもんだ。だったら今無理やり目的をひねり出さなくたって、やりたいことが出来るまで待ってりゃいいのさ」
「でも、それで良いの?」
「良いって良いって。人生それなりに長いからな。目的の一つや二つポンポン出てくるさ。……だから安心しろよ」
そう言って軽くウィンクするアシュさん。その言葉を聞いて何か感じるものがあったのか、セプトは顔を上げて俺の方へ駆けてくる。
「トキヒサ。私、一人でやりたいことが見つからなかった。でも、一緒に行っちゃ……ダメ?」
「ダメなもんか。セプトがやりたいことを見つけるまで、一緒に行こうぜ」
「うん」
俺の言葉にセプトは少しだけ嬉しそうな顔をして頷いた。無表情がデフォのセプトがここまで顔に出すのは珍しい。
……俺にとっては何でもないことだけど、それだけセプトは真剣に考えていたのだろう。アシュさんがいなかったら、俺は気の利いたことも言えずに待っているだけだったかもしれない。後で礼を言っておこう。
「…………今の言葉には実感がこもってましたね。もしかしてアシュもそういうことで悩んだことがあるんですか?」
「まあな。…………ガキの頃、俺はこのために生きているって思っていた目的が白紙になったことがあってな。数年ほど何のために生きているか分からん時期があった。あの時は……正直今にして思うと酷い日々だったな」
「へぇ。アシュにもそんな時があったんですねぇ。じゃあその時はどうやって立ち直ったんですか?」
「そうさな。俺の場合は………………“元”神様に喧嘩を売ってたな。それで返り討ちに遭って拾われて、鍛えられている内に悩んでることがバカらしくなっていた」
「ハハッ。何ですかそれ。冗談ですか?」
何だかアシュさんが物凄いことを話しているようだが、ジューネは冗談だろうと笑っている。…………冗談だよな? 結構身近に神様がいるし、アシュさんが言うと本当のように聞こえるから怖い。
「ふむふむ。皆さんの目的は大体聞き終わりました。それじゃあこれらの情報を基に早速これからの予定を」
「ちょっと待った!」
話を切り上げようとするジューネに俺がそうはさせじと待ったをかける。気分はなんか逆転しそうな裁判の弁護士のノリだ。
「俺達も話したんだから、今度はジューネやアシュさんも話さないと。そうじゃなきゃ公平じゃないだろう?」
「…………まあ確かに、一方的に聞くだけ聞いておいて自分のことは言わないっていうのはどうなのかしらね? ……商人としては」
エプリからの掩護射撃が入る。そうだそうだ。もっと言ってやれ!
「も、勿論言うに決まってるじゃないですかヤダなぁもう。今のはちょっとだけ先走ってしまっただけですよ」
ジューネはそんなことを言っているが、声が微妙に早口かつ棒読みになっているぞ。横でアシュさんもこっそり笑っているし。
「私の目的は言わなくても分かりますよね? そう。商人は金を稼ぐものです。それは私も例外ではありません」
「そこは言わなくても大体察しがつくよ。ちなみに肝心の理由の方は……」
「それは秘密です。この先は有料ですよ」
やっぱりかい! まあエプリもそうだったし、俺も目的の全ては明かしていない。ジューネ自身が最初に
しかし秘密と言われると、聞きたくなるのが世の定め。
「一応聞くけど有料ってどれくらいだ?」
「そうですねぇ。やはり乙女の秘密をさらけ出すわけですから大体…………これくらいは払ってもらわないと」
そういって算盤を弾いてこちらに提示した金額は…………こんなん俺破産するぞ。聞くのやめとこ。
「最後は俺だな。……と言ってもそんなに大した目的はないんだが」
アシュさんがあまり気乗りしないような感じで言う。そんな事言わないでお願いします。
「これはジューネも知っているし、以前エプリの嬢ちゃんにも言ったな。俺は
おう! やっとちゃんとした目的が出てきた。皆して金稼ぎばっかりだったからな。
「それってどんな人か分かりますか? 何か特徴とかがあれば俺も協力を」
「トキヒサ」
俺が詳しく話を聞こうとすると、突然横からエプリが割り込んできた。僅かに口調が鋭い気がする。どうしたんだ急に?
「……その話はやめておいた方が良いんじゃない? 今はひとまずの目的を話し合う時であって、あまり深く掘り下げるのは良くないと思うの。…………アシュも予定が詰まっているようだしね」
「まあ確かにそうですね。これが終わったらアシュも行かねばならないし、予定を立てる前に時間をかけすぎるというのも問題ですか」
エプリの言葉にジューネも賛同する。そう言われてみればそうかもしれない。今日はやることが多いみたいだからな。
「分かった。じゃあアシュさん。その話はまた後でってことで」
「そうだな。また時間がある時に話すとするか」
その言葉を聞いて、何故かエプリがホッと息を吐いた。何か話したらマズいことでもあったのだろうか? ……よく分からない。
しかし、アシュさんはどんな人を探しているんだろう。案外俺の知っているやつだったりしてな! ……それはないか。
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