接続話 これからの予定とたらればの話

 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 異世界生活十四日目。


「しかし…………これはキツくないか?」

「キツい? 何が?」

「いや。先立つものが無くてな」


 俺は拠点のベットの上で横になりながら、今の所持金を計算していた。俺の肩に乗ったボジョが支えとなって、金を数える動きを補佐してくれている。


 俺のベットの横にはエプリが座って見張りをしている。これは敵から護衛するというよりも、俺がこの状態で何かやらかさないかという見張りらしい。


 ……そんなに俺は何かやらかすように見えるだろうか? まだ全身包帯グルグルで上半身くらいしかまともに動けないし、ラニーさんの見立てではもう二、三日はこの状態で安静にしていないといけないというのに。


 ちなみに隣のベットでは、セプトが薬を飲んでぐっすり眠っている。魔力暴走の件で身体に負荷がかかっていたからな。怪我自体は俺よりマシでも、疲労は決して少なくない。


 ただ俺から離れようとしないので、こうして隣のベットに寝かせている。


 しかし何日も動けないのでは暇だし、クラウンとの戦いやセプトの魔力暴走と、金のかかることばっかりだったからな。一度しっかりと金の動きを調べてみたのだが、


「“金こそ我が血肉なりマネーアブソーバー”で貯金箱の中の額が十分の一になっていたからな。それに千デン分の特大“銭投げ”と、セプトの首輪を買い戻した代金。あとエプリに支払う契約料とポーション代。それに治療費もゴッチ隊長なりラニーさんなりに払わないといけないし、これからの生活費も踏まえると…………完全に赤字だ」


 あのあとアシュさんにお願いして、戦闘の際にクラウンが残していったものをかき集めてもらった。妙な薬やらナイフやらがそれなりにまだ残っていて、持ち主のいないそれら全てを換金するとそれなりの額になった。


 しかしそれを踏まえても大赤字だ。世の家計簿をつける主婦の方々の苦労がよく分かる。


「……治療費はタダで良いと言っていたのでしょう? ならそれに甘えても良いんじゃない?」

「そういう訳にもなぁ」


 そうゴッチ隊長は言ってくれたが、いくら何でも食事までご馳走になった上にそこまで厚かましいことは出来ない。今は返せないがいずれ必ず返すとして、次にエプリの契約料の件だ。


 エプリと改めて契約をした夜。契約内容についても再び話し合った。


 基本的にはこれまでダンジョンで交わした内容とあまり変わらない。エプリは俺を護衛しながら次の目的地である交易都市群に行き、アシュさんの伝手を頼って指輪の解呪をする。そしてその売却によって得る利益の二割を払う。


 ここまでは同じだ。違うのはここから。


 正式にエプリを雇っている以上、きっちりその分の報酬を払わないといけない。ダンジョンでのものとは別にだ。そしてエプリの提示した額は一日に固定で千デン。ちなみに傭兵の相場としては大分安いという。


 日本円にして日給一万円で、危険手当が一切無いことを考えると、エプリの能力からすれば確かに相当安い。おまけに支払いは交易都市群に着くまで待ってくれるという。


 何だかんだ俺の怪我の責任を感じて善処してくれたみたいだ。上級ポーション代もあとでラニーさんに聞いたところ、相場のおよそ半額の請求額だという。……それでも五千デンを請求されたが。





 ……最後にセプトのことだ。いつの間にか奴隷なんてものを手に入れていた俺だが、正直扱いをどうしようか迷っている。


 最初は然るべきところにセプトを預けるつもりだったが、セプトは頑として俺から離れようとしない。首輪を外して奴隷から解放しようとしても、いやいやと首を振るばかりで応じるつもりはなさそうだ。


 どうやら奴隷であることに何か強い思い入れがあるみたいだった。


 かと言って俺は、自分に甲斐性が無いことをよぉく知っている。人一人養うのはペットを飼うのとはわけが違うのだ。


 衣食住の保証は当然だし、相手の人生を背負う必要がある。ライトノベルで簡単に主人公は奴隷を従えているが、よくあんな簡単に出来るものだ。俺にはそんな経済力も鋼のメンタルも持ち合わせがない。


「こりゃまずは早急に金を稼がないとにっちもさっちもいかないぞ」

「そうね…………いっそのこと冒険者にでもなる? セプトも居るからそれなりに戦力としては揃っているわよ?」

「……やめとくよ。戦うのはしばらく遠慮したいからな」


 エプリの提案に一瞬考えてしまったが、まず前提条件として俺は宝探しは好きだが戦いは苦手だ。というか戦いが得意になってしまったらそれはそれで地球に戻った時に問題になる。特に使いどころがないのだ。


 そういうのは本来ここに呼ばれた『勇者』達に任せておきたい。今回のことで身体もボロボロだしな。


 それに生き物を殺すのも抵抗がある。牢獄の時のような倒すと粒子になる凶魔とか、ダンジョンのスケルトンとかならまだ良いが、実際に肉持つ身体の相手とは戦いたくない。


 小動物程度なら昔調理して食べたこともあるから何とかなるが、仮に人型の相手だったりしたらほぼアウトだと思う。


 という訳で冒険者の目はほぼ無し。出来ることを強いてあげるなら採取系の仕事くらいだ。これでは余程割の良い仕事でないとどうにもならない。


「動けるようになったら近くの町まで行くとして、アシュさんの伝手を頼る前にまずは金稼ぎと地盤固めからだな。戦わなくたって金を稼ぐ手段くらいあるさ」

「私は雇い主の意向に従うだけよ。…………まあどのくらいの期間かかるかは知らないけれど、その間にも私へ払う額は溜まっていくから早くすることね」


 ぐっ!? そこはもう少し優しくしてくれても良い気がする。しかし一応ではあるが、町での金稼ぎのプランは幾つかあるのだ。と言っても一度町の様子を見てからでないと、出来るかどうかわからないものばかりだけどな。


 それにしても、この世界に来て初めての町かぁ。何かワクワクするな。


「……フッ。怪我から起きる直前にうなされて涙を流していた時とは大違いね」


 俺が目を輝かせているのを見て、エプリはからかうような態度でそんなことを言う。


「えっ!? あの時俺泣いてたの? マジか? ホームシック気味だとは思っていたけど、そこまできつかったのかぁ。……ちょっとショック」

「…………ねぇ。あの時どんな夢を見ていたの?」


 俺が気恥ずかしさから手で顔を覆っていると、不意にエプリがそんなことを訊ねてくる。


「何だよ急に? エプリがそんなこと聞くなんて珍しいな。いつもは仕事に関係のあることばかり話すのに」

「別に。……何となく気になっただけ。あの時セプトも聞いてたみたいだけど、恥ずかしくて言えないって答えてたわよね。そんな夢で涙まで流すものなのかって思えて。…………元居た世界の夢?」


 俺が別の世界から来たと知っているのは、この世界において今の所イザスタさんとエプリの二人だけだ。……多分だけど。


 イザスタさんはこういう事を吹聴するタイプではなさそうだし、エプリも口の固さはかなりのものだ。こうして情報を共有できるというのは地味にありがたい。なので誤魔化すようなことはせず、正直に話すことにした。


「あぁ。元の世界で陽菜……俺の妹な。それと“相棒”の三人でいた時の夢だ」

「……妹がいるのね。それと……“相棒”というのはアナタが時々口にしているヒトね。どういう二人なの?」

「そうだな。まず陽菜は…………優しい奴だな。目の前で傷つく人が居ると手を差し伸べずにはいられない奴だ」

「……成程。つまりアナタみたいなヒトね」

「俺そんな風に思われているのっ!? 俺はあそこまで優しい方じゃないと思うけどなあ」


 俺は相手を助けたいと思ったら助けるけど、陽菜はそれこそ“人を助けるのに理由なんているの?”って感じな善人だぞ。おかげで陽菜を悪く言う奴は町内にほとんどいないって評判だ。


「あと手先が器用で、地味に大食いで…………身内補正を抜きにしても結構可愛い。だけどドジな所もあって、その度に“相棒”に注意されていたな。もっと周囲に気を付けろって」


「…………何かあったら疲れそうな相手だという事は分かったわ。……では、もう一人のその“相棒”というヒトはどう?」

「“相棒”か。“相棒”は……そうだなぁ」


 俺は“相棒”のことを思い浮かべる。さて、なんと表現したものか。……不愛想で皮肉屋な人間嫌い? それとも本人はあまり触れたがらないけど、実家が物凄い金持ちで、さらに個人的に稼いだ金でも俺の課題の一億円ぐらいポンっと出せるってことか?


 ……どれも“相棒”のことではあるけれど、これだっていう紹介の仕方ではない気がする。





 俺は少し考えると、この世界ではこう言った方が分かりやすいと思われることを言うことにした。


「一言で表すなら、……かな。それこそこの世界でも加護無しで生きていけるレベルの。俺なんかと違ってな」

「……? トキヒサもそこそこやる方だと思うけど? 単純な身体能力だけなら」


 エプリのその言葉に、俺は軽く首を横に振る。


「俺は『勇者』召喚のどさくさで貰った加護で身体能力を底上げしてるだけ。それが無かったらスケルトン一体にも勝てるかどうか微妙だよ。そして“相棒”なら、加護有りの俺ぐらいなら片手で軽くひねれるだろうな。多分グーパンで一発。それで終わる」


 我ながら結構正確な予測精度だと思う。よく俺は地球で“相棒”の拳骨を食らっているけれど、アレは相当手加減している。……それでも泣きそうになるほど痛いが。


「……一筋縄ではいかなそうな相手ね」


 エプリは“相棒”をそう評価した。微妙に傭兵の顔になっているのは、頭の中でどうやって戦うかを考えているのかもしれない。


「まあな。……もしこの世界に俺じゃなくて“相棒”が『勇者』として来ていたら、加護のことも考えると割と本気で、それこそおとぎ話に出てくるような英雄になっていたと思う。


 まあ全部たらればの話だけどな。まずは早く身体を治して、課題の一億円分を稼がなくては。


 アンリエッタの話では、課題をクリアすれば地球で俺が崖から落ちた時間に誤差三日以内で戻れる。つまり待ち合わせの三日後にギリギリ間に合うということだ。


 待っててくれよ。二人とも。…………必ず間に合わせるからな。俺はまともに動かない体ながらも、そう決意をまた深くするのだった。

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