閑話 ある『勇者』の現状報告 その二

「う~ん。個人的な感想を言わせてもらって良い?」

「……よろしくお願いします」


 訓練が終わり、昼食を終えた私達は城の一室に集まっていた。イザスタさんやサラさんも一緒だ。他の付き人の人達は、報告することがあると言って途中で別れた。


 部屋に控えていたメイドさんに簡単なお茶請けをお願いすると、イザスタさんはそう私達に切り出した。……多分さっきの訓練のことだ。私は他の皆を代表しておずおずと答える。


「皆の訓練の様子を見させてもらって、一度実際に手合わせさせてもらった訳だけど、一言でいうと……皆能力は高いけど力に振り回されてるわね。何故かアキラちゃんだけは違ったけど。……戦いの経験があるの?」

「……えぇ。まぁ」


 何故かそこで明は言葉を濁す。確かに明の実力は私達の中でも頭一つ抜けていた。ここに来る前に何かやっていたのだろうか? 格闘技とか。


「流石ですアキラ様。別の世界でもお強かったのですね!」


 サラさんがそう言うと、明は何故か渋い顔をして黙り込んでしまう。あまりその件は触れられたくないみたいだ。


「じゃあアキラちゃんはひとまず良しとして、残るは三人ね。……まずはテツヤちゃんから」

「俺かい?」


 黒山さんは自分を名指しされて背筋を正す。


「テツヤちゃんは動きの筋自体は悪くなかったと思うわ。拳も蹴りも思い切りがあったし、前の世界でも喧嘩とかよくしてたんじゃないの?」

「ま、まあ昔ちょっとな。でも最近はしてないぜ」


 そこに関してはちょっと納得できた。なんと言うか、言動の端々に古いタイプの不良のイメージがあるのだ。昔突っ張っていたけど、今は更生して真面目に働いているという感じ。


「なるほどねぇ。だからかぁ。……じゃあ一度試しにちゃんとした戦い方を学んでみましょうか。それだけでも大分変ると思うわよん。あと折角風属性と火属性の適性があるんだから、それを戦いに取り入れてみるのも面白いんじゃないかしら」

「そ、そうか? じゃあ一度誰かに教わってみるかな」


 黒山さんは素直に頷いた。やはり一度あっさり負けたことで、イザスタさんへの評価がググ~んと上がっているみたいだ。少なくとも戦いという点では。


「じゃあ次に……コウちゃんね」

「おい。コウちゃんではない。康治だ。あと“さん”か“様”を付けろ。無礼な奴だな君は。目上の者に対する口の利き方がなっていないようだ」


 高城さんが自身の呼び方に文句をつける。元々この人は元の場所でもそれなりに偉い立場にいたらしく、私達の中でも一番年上の三十二歳だ。だから言葉遣いや礼儀にはそれなりに厳しい。


「良いじゃないのコウちゃんで。その方が可愛いわよん! ……あと口調に関してはゴメンナサイね。それなりに長くこの口調なものだから中々変えられないのよねぇ」


 結局この後もしばし高城さんがイザスタさんに食って掛かったのだが、どうにものらりくらりと躱されて遂に根負け。コウちゃんの呼び方に落ち着いた。


「じゃあ話を戻すわよコウちゃん。コウちゃんはとにかく動き出しが遅かったわね。油断してたっていうのもあるけれど、それにしたってアタシに近づかれるまでに発動も出来ないって言うのはちょ~っとマズいんじゃない?」

「ぐっ! そ、それは……」


 図星を突かれて高城さんは押し黙る。確かに高城さんは魔法特化型。近づかれたらそれだけで危ない。


「だけど、訓練の内容を見た限りではゴーレムの強さ自体は中々の物だと思うわよん。一度に何体も作れるし、ある程度自立行動も出来るみたいだから発動されると結構厄介だし。もしかしてそういう加護でもあるのかしら?」

「ふんっ! まあ一応だがな」


 私は高城さんの加護が何かは知らないけれど、イザスタさんの見立てではゴーレム作成に関連する何からしい。


「じゃあ尚更出だしが肝心ね。発動するまでが長いのなら、常に戦局の二手三手先を読んで準備しておかないと。人の上に立つ人は、優れた状況判断力も持ち合わせているものだもの。コウちゃんならそれくらい出来るわよねぇ?」

「も、勿論だとも。言われるまでもない」


 ……高城さんが何か上手く乗せられている感がする。


「……さてと、じゃあ最後はユイちゃんね」

「は、はいっ!」


 先の黒山さんも高城さんも、かなり具体的なこれからの課題を提示されたように思う。それだけイザスタさんの観察眼が凄いってことだろうけど、だとすると私は何を言われるのだろう?


 私は、どうすれば良いのだろうか?


「ユイちゃんは……っと、その前にお茶請けが来たみたいよ。食べながら話しましょっ♪」


 丁度タイミング悪く、部屋のドアがコンコンとノックされる。イザスタさんはそう当たりを付けると、いそいそとドアを開けた。


 読み通りにそこにいたメイドさんからお茶請けのクッキーを強奪(本来配膳などもメイドさんの仕事)し、自分でテーブルの上に並べていく。……時々妙にイザスタさんが子供っぽく見えるのは何故だろう?





「あらっ!? このクッキー美味しいっ! 作った人良い腕してるわん」

「本当。すごく美味しいですね。生地もサクサクしてて」

「うん。ボクも結構好きだな。こういうの。ついつい手が伸びちゃうっていうか。……紅茶も程よい香りがクッキーに合ってる」


 なんだか急にお茶会が始まってしまった。だけど美味しいから良いよねっ! サラさんは遠慮しているのか手をつけない。


「…………なんか俺達だけ置いてきぼりな気がすんな。高城の旦那」

「まったくだ。女三人寄れば姦しいとはこのことだな」

「いや明は一応男だろっ! しれっと混じって違和感ないけど。……男だよな?」


 何か黒山さんと高城さんが言っているみたいだけど気にしない。美味しいお菓子はどの世界でも正義なのですっ!


「フフッ。や~っと笑った」

「えっ!?」


 気が付くと、イザスタさんが紅茶を飲みながら私をじ~っと見ている。


「気付いてる? 襲撃のあった日からユイちゃん。人前で一度も笑ってなかったのよん。私が見ている範囲内だけどね」


 そう……かもしれない。確かに自分でもここ最近笑った記憶がない。


「ず~っと真面目な顔して、どこか思いつめた雰囲気で。それじゃあ人生楽しくないわよん。……さっき訓練でユイちゃんの月光幕をすぐに見破ったのもそれが理由」

「そ、そうなんですか?」


 うんうんとイザスタさんは頷く。お茶会の途中で急に来るのだからびっくりだ。


「これはなにも月属性に限った話じゃないんだけど、魔法って術者の心理状態がもろに影響するのよねん。熟練の使い手はそうでもないんだけど、覚えたての初心者はそう。さっきのユイちゃんは常に肩に力が入ってるって言うか、そんな状態だったから魔法の効果が弱かったのよ。これじゃあ仮に月が良く出た夜中だったとしても見破られていたわね」

「じ、じゃあどうすれば?」

「簡単よ。肩の力を抜いて、リラックスすれば良いだけ。今みたいにねっ♪」


 イザスタさんはそう言って朗らかに微笑んだ。それは以前にも見せた人を安心させるような笑顔で。


「……はいっ!」


 そうか。そんな簡単なことで良かったんだ。私もそれにつられて笑って答えた。そうして私達の反省会兼お茶会は、そのまま和やかに進んでお開きとなった。





 お茶会の後はこの世界についての勉強。そしてそれが終わると自由時間だ。私は一人お城の書庫で読書をしていた。


 この書庫には特殊な魔法が掛けられていて、許可を持たない人が中に入ると警報が鳴る。またそれと同時に中にいる人にトラップが起動するらしい。だから司書が常駐する必要もないらしく、書庫には現在私一人だ。


 元々私達地球から来たメンバーは、


 話すことは何故か出来るので意思疎通に困ったことはないのだけれど、読書好きの私としては由々しき問題だ。なのでこの世界の文字を勉強する時は、戦闘などの講義よりも真面目に聴いていたと思う。


 以前まで月属性の魔法を調べる時はエリックさんに代読してもらっていたのだけれど、もう彼はいない。申請すれば代読してくれる人を寄こしてくれるとは思うけど、勉強も兼ねて自力で毎日コツコツと読み進めている。だけど、


「ふぅ…………えっ!? もうこんな時間っ!?」


 普段なら一日にある程度決まった時間だけ読む時間に当てるのだけど、今日は昼間のこともあってつい熱が入ってしまった。もう辺りが暗くなっていることに気づいた私は、慌てて読みかけの本を戻して書庫を後にする。


 そのまま自分の部屋に戻る途中、曲がり角の先の廊下から誰かの話し声が聞こえてきた。


「あれは…………明とイザスタさん?」


 そっと覗いてみると、その二人が何か話をしている所だった。どうやら昼間のことについての感想戦のようなものを話し合っているみたいだ。


 あそこの攻めは良かったとか、あそこはもっとこうしておけばよかったとか。中々に議論が白熱しているらしい。


「…………って、私何盗み聞きなんかしてるんだろ」


 前にそれで辛い目にあったばかりじゃないか。偶然付き人さん達の会話を聞かなければ、あのあとしばらく落ち込むこともなかったのだ。


 好奇心は猫を殺すなんて言葉もある。話の邪魔をするのも悪いし、他の道を行こう。そうして元来た道を戻ろうとした時、


「……それにしても、貴女は何者なんですか? イザスタさん。ただのヒト種ではないんでしょう?」


 私の耳に、明のそんな言葉が飛び込んできた。一体何のことだろう? 私は立ち止まり、再び耳を澄ませる。そのことがこれから先どのような結果をもたらすのかも知らずに。

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