第92話 女神と風使いの意地悪っ!

「……それでだ。俺が首輪の持ち主は俺に変わっていて、その首輪をセプトが身に着けたことで俺が主人に登録されていたと。まあそういう事なんだ」

『へぇ。そうだったの』


 今は異世界生活十二日目の夜。腕時計を確認するともうすぐ十二時になるという時間だ。俺は怪我人用のテントで一人、アンリエッタに連絡を取っていた。


 薬師であるラニーさんも、流石にここで寝泊まりする訳ではない。少し離れたところに自身のテントがあり、ここのテントには呼び出し用の道具が備え付けてある。


 それを使ったら即座にラニーさんに連絡がいって飛んでくるという話だ。病院のナースコールみたいだな。


 という事で人が居ないのをこれ幸いと…………いや、多分また説教されるだろうから早いとこ謝って少しでも説教を減らそうと、連絡をしたのだが。


『それにしてもトキヒサ。セプトが自分の奴隷とアナタが知った時の顔ときたら…………ププッ。ダメ……思い出しただけでつい笑いが』


 この通り。何故か最初からニヤニヤしてやけに機嫌が良く、説教もせずに俺に事の顛末を報告しろと言ってくる。…………つまりこれは、


「おいっ! …………こうなると分かってただろ」

『さ~て、何のことかしら♪』


 白々しい女神だ。仮にも富との女神が、こうなることぐらい予想してなかった訳がないだろうに。……それに一度換金した時点で、首輪のことも分かっていたはずだ。


 それなのにわざわざ俺に事の顛末を報告させるというのが意地が悪い。しかも一回の通信では話しきれなかったので、実はこれは二回目の通信である。一日の制限フルに使わせるとは。


『まあまあ良いじゃないの。私の手駒。労せずして良質な奴隷が手に入ったと思えば。見た目もそこそこ悪くなさそうだし…………こういうシチュエーション好きでしょ? 男の子なら』

「あのなあ、そもそもアンリエッタのことだから見てたんだろ? ご主人様発言の後どうなったか」


 ……あの後はある意味狂乱の坩堝となった。俺は慌ててエプリにどういう事か訊ね、どうして先に言ってくれなかったのかと聞けば、「アナタが聞こうとしなかっただけ」とばっさり切り捨てられる。


 俺が奴隷なんか要らないと言えば、セプトが「私は必要ないの?」と無表情ながらもどこか寂しげな瞳で見つめてくるし。その最中にラニーさんがアシュさんやジューネと一緒に入ってきて修羅場と勘違いされるし。


 …………何とか事情を説明したけど本当にしっちゃかめっちゃかだったんだぞ。


 その後ラニーさんの診察を受け、まだ安静にしているように注意を受けて一度解散。


 俺から離れようとしないセプトは、一緒にいても俺の負担になるからとひとまずラニーさんの所に厄介になることとなった。呼び出しが有ったらすぐに駆け付けるそうだ。





「…………そう言えば、気になることがあったんだ」


 俺はアンリエッタに、戦いの中でいつの間にか貯金箱の残高が減っていたことを説明する。


 ちなみにさっき調べたところ、また金が減っている。首輪を買い戻した時の残金は四千デンくらいあったのに、今は四百デンくらいしかない。すると、


『あぁ。それね。それは使

「使ったって…………俺は特に何も使ってなんか」

『“金こそ我が血肉なりマネーアブソーバー”。金属性の魔法の一つでね、効果は術者が受けるダメージを金を消費することで軽減すること』

「…………つまり、俺がこれまで身体がやけに頑丈だったのは」

『一応言っておくけど、アナタの基本的な打たれ強さが高いというのは本当のことよ。だって、これまでにこの魔法が発動したのはたったの二回だけ。これが発動する条件は、術者が耐えきれないほどのダメージを受けるか、術者自身がこれを使うと意識した時。つまり』

「…………牢獄で発動しなかったのは、これは耐えられると無意識に感じ取っていたからか」


 以前喰らったエプリの竜巻や鬼凶魔の攻撃は、身体が何とか耐えられる許容範囲内だったらしい。だから発動することはなかった。だけど、


『流石に今回みたいな上空からの落下や、魔力暴走を資質もないのに止めるなんてのはダメージが大きすぎると無意識に判断したんでしょうね。だからこの程度のダメージで済んだと。……魔力暴走の方は使ってもダメージが残ったようだけど』


 どんだけ凄い威力だったんだよセプトの魔力暴走。これはもしあのままセプトを見捨てて逃げていても、範囲が大きすぎて逃げきれなかったかもしれないな。……たらればだけど。


「……成程。それでいつの間にか金が無くなってたと」

『自身の所持金の九割。それも本来なら最低一万デンからじゃないと使えないんだけど。……もう一つの加護の“適性昇華”で金属性の適性が上がっていたからかしらね。の九割で済んだという訳。本当ならポケットの中の硬貨も使われていたでしょうに。…………惜しかったわね』


 所持金の九割って……しかも最低一万デンからって鬼かっ! まずそんな大金を常に持ち歩いている人はそんなにいないってのっ! それに惜しかったって何だよっ!


『まあ。だから基本意識して使う事なんて無いの。ただの保険。使えても精々戦闘中に一度か二度だけ。……これからもこれを当てにはしないことね』

「……普通に当てにしないよそんなもん。一度使うだけで金欠になるっての」


 俺がツッコミを入れると、アンリエッタはどこか安堵したかのように笑う。


『それで良いのよ。アナタの世界ではこう言うでしょ。命あっての物種だって。……金は稼いでもらうけど、そのために死んでは元も子もないもの』

「分かってるよ」


 それはアンリエッタが常々言い続けてきたこと。金は稼げ。だけど命を大事に。思うにこの女神の本質は、その言葉に集約されるのだと思う。


 金が無くても人は生きられる。だけどそれは生きているだけだ。金を使う事で人は繋がっていき、そして生活になる。


 アンリエッタはそういう意味で言い続けているのではないかと、俺は勝手ながら推測する。


『じゃあそろそろ時間ね。最後に訊きたいことはある?』

「…………一つだけ。さっきのもの以外に俺は金属性の魔法は使えるのか?」


 また知らないうちに使って金が無くなるなんてことになったらたまらないからな。精神的にも金銭的にも。だから他にもあるなら今の内に聞いておきたいのだが。


『……さあて。どうかしらね♪』


 一瞬間をおいて、アンリエッタはわざとらしくそう言って笑い、そのまま通信が切れる。今の反応からすると使えるな。


 まったく、言わなかったってことは自分で調べろってことか? やっぱり意地悪な女神だ。俺は通信機器をどうにか仕舞いこみ、そのまま力を抜いてベットに横たわる。


 今日はもう疲れた。あとは目を閉じて眠るだけ……。


「…………ちょっといい?」


 と思ったが、まだもう少しだけ続くようだ。





 訪ねてきたのはエプリだった。どうやら俺の話が終わるのを外で待っていたようで、服に多少の砂ぼこりが付いている。


「どうしたんだ? まあとにかく入れよ。ここには他に誰も居ない」

「…………えぇ」


 エプリはテントの中に入ってきて、そのまま入口で立ち尽くす。何だかよく分からないが、ひとまず備え付けの椅子に座るように勧める。


 椅子に座ると、エプリはそのまま押し黙ってしまった。俺もどう声をかけたものか分からず、そのまま妙な空気の沈黙が周囲に広がる。


 そして一、二分くらい経っただろうか。エプリが意を決したように話し出した。


「まずお礼を。…………ありがとう。多分アナタが来なかったら、私はクラウンにやられていた」


 あの時のことか。確かにエプリは毒で弱っていたしな。俺が割って入らなかったらちょっとヤバかったかもしれない。


「気にするなよ。いつも助けられていたからな。たまにはこっちが助ける側にならないと。……まあピンチがホイホイ来たらマズいんだけどな」


 俺が気にしないように笑うが、何故かエプリの顔は浮かないままだ。


「次に謝罪を。…………ごめんなさい。トキヒサが転移珠を使った時に上空に出てしまったのは……多分私のせい」

「どういう事だ?」

「転移珠は相手の魔力を探知してその近くに跳ぶ。だけどあの時、私は広範囲に風魔法の“微風ブリーズ”を使っていた。だから正確な位置が掴めず、その範囲内である上空に出てしまったのだと思う」


 つまり魔法を使っていたから転移する範囲が増えてしまっていたと。それは。


「…………それは間が悪かったな。ツイてない」

「ツイてないじゃすまないわっ!」


 エプリは俺の言葉を聞いて言葉を荒げる。……しかしすぐにハッとなり、周囲に聞こえないよう音量を抑える。


「……一つ間違えばアナタは死んでいたの。アナタはもっと私を責めて良いの。……なのに、なのにアナタはそんなことをおくびにも出さず、起きてからも自分以外の心配ばかり」


 そうしてエプリは顔を伏せてしまう。いつも冷静なエプリだが、今回のことで自分を大分責めていたらしい。……だから一人でこうして謝りに来たのだろう。


 ここには誰の目もない。つまり俺がどうエプリを糾弾したとしても、自分は甘んじて受け入れるという意思の表れ。


 ならば俺は被害者として、しっかりとエプリ加害者にケジメをつけてやらなければならない。顔を伏せているエプリに俺はその手を伸ばし……。


「…………っ!?」


 その額の辺りにデコピンを食らわせてやる。いつも風弾で額をやられているからな。そのお返しだ。呆然と俺を見るエプリに、俺はニヤリと笑いかけてやる。


「ほらっ! あの時のことを責めるのはこれでおしまいだ」

「おしまいって…………こんな程度で済むはずが」

「済むよ。だって俺が上空に転移しちゃったのはあくまで偶然だろ? エプリがちょうど魔法を使ってたのだってそうだし、俺があのタイミングで使ったのもやっぱり偶然だ。……だから最初から言ってるじゃないか。間が悪かった。ツイてないって。そりゃあ故意にやったんならこんなんじゃ済まさないけどな。本気で一発ぶん殴るくらいはするけど。偶然の重なりならしょうがないって」


 ちなみに“相棒”だったらこんなもんで済むとは思えない。本気でデコピンしたら額が割れるかもしれないぞ。それに比べたら俺のは赤くなるくらいで済む。良心的だな。


「でも…………でも」

「ああもぅ! 一度くらいピンチにしたからってなんだっ! これまで何度も助けてくれただろ。それでチャラだよチャラ。それでも納得できないって言うんなら…………これからまた護ってくれたらいいんだ。また一緒に行くんだろ? 俺達は」

「………………そうだったわね。私としたことが、少し弱気になっていたわ」


 その言葉と共に顔を上げたエプリの表情は、もう自身を責める痛々しいものではなかった。その瞳には力が戻り、俺の方に向かって手を差し出す。


 それは俺達が契約した時の再現。だけどあの時と違うのは、エプリの方から手を差し出したこと。


「……確かこうだったわよね? トキヒサ」

「上出来だ」


 俺は差し出された手をガッチリと握り返す。


「……もうしばらくは、アナタの護衛を務めるとするわ。これからもよろしくね。荷物持ち兼雇い主様」

「ああ。まだまだ付き合ってくれよな。まずは交易都市群に行って、アシュさんの知り合いを探すんだ」


 こうして、俺達は再び一緒に行くことになった。護衛と雇い主という関係だけど、また美少女と一緒に旅ができるというのは…………ロマンだと思うね。


 金も無いしやることも山積みだけど、まだまだ張り切っていこうじゃないの。俺は次の冒険に向けて気合を入れるのだった。

 









「……ところで報酬の件なんだけど」


 それがあったか。折角次の冒険に向けて気合を入れてたのに。


「……まずこれまでのダンジョンでの護衛の報酬は決まっているから良しとして。次に先日のクラウン達との一戦の分ね。あの時は契約は切れていたけど、途中からまた契約したからその分。……それと重症だったトキヒサを治すのに使った上級ポーションの費用もあるわね。それと……」

「ちょちょちょいっ!? ちょっと待ったっ! 少しはそっちにも責任があるんだからそこら辺も考慮してだな」

「……さっきアナタが言ったんじゃない。。……つまりこの件に関してはもうアナタは口出しできない。……違う?」


 しまったっ!? 言質とられてた。これでは反論できない。


「…………せめてお手柔らかにお願いします」

「……善処するわ」


 エプリはくすっと笑いながらそう言った。……冒険の前に借金で首が回らなくなるんじゃないだろうか? いつになったら一億貯めて地球に戻れるのやら。心の中で軽くため息を吐く俺なのであった。




 アンリエッタからの課題額 一千万デン

 出所用にイザスタから借りた額 百万デン

 エプリに払う報酬(道具の経費等も含む) ???デン

 合計必要額 千百万デン+???デン


 残り期限 三百五十三日

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