第87話 助ける理由

 俺達はにらみ合ったまま動かなかった。今下手に刺激すれば、セプトが自身を刺しかねない。かと言ってこのまま時間が経てば、いつ魔力が限界を迎えて爆発してもおかしくない。


 実際俺達の周囲、覆っている幕の外側がさっきからますます荒れ狂っている。ハッキリとした制限時間が分からないのは痛いな。アシュさんとエプリは大丈夫だろうか?


「早くっ! 外せたのならまた着けることも出来るでしょ? 早くしないと……」


 セプトは無表情に…………いや、無表情を装っているが、どこか隠しきれない怯えを瞳に湛えながらそう言った。そのナイフはカタカタと震えながらも真っすぐに自身の喉元に添えられている。


「待てって! このままだとお前だって死んじまうぞ!? 一旦落ち着こう。まずは魔力暴走を止めてくれ。その後でならゆっくり話を聞くから」

「嫌っ! 私を奴隷に戻さないならここで死ぬ。


 何っ!? エプリは暴走を止める手段としてセプトを殺すことも選択肢に挙げた。だけどそうじゃなかったのか?


「さあっ! 早く戻してっ!」

「戻してって言われても」


 え~いこうなったら仕方がない。一度首輪を戻して暴走を抑えてもらうしかないが、問題はその後だ。


 首輪が外れた時点で最後の命令がキャンセルされていれば良いが、そうじゃなければまた魔力暴走が発生する。そうなったらいよいよもって皆で逃げ出すことになる。


 上手く収まったとしても、まだ主人はクラウンだろうから当然また戦闘になる。しかし一人で何とかなる相手じゃなさそうだ。アシュさんやエプリが来るまで持ちこたえないといけない。


 ……キツくないかそれ? こんな至近距離じゃ逃げようにもすぐ影にやられそうだしな。


「……戻さないなら」


 セプトは遂にナイフをほんの少しだけ喉に押し込む。皮一枚が裂かれ、そこから血の筋がつ~っと流れて地面にポタリと落ちる。これ以上は本当にマズい。


「分かった。分かったよ。…………ちょっと待て。今首輪を取り出すから」


 俺は腹をくくって首輪を再び買い戻そうとする。……のだが、


「…………あっ!!」


 そこでとんでもないことに気が付いた。……! 首輪の査定額は六万デン。つまり買い戻すには、それに手数料一割を加えた六万六千デンが必要だ。しかし俺の手持ちは元々ほとんどなかった。追加の六千デンなんて用意できない。……ならば、


「あのぅ。つかぬことを聞くけども、六千デンくらい持ってるか? 六千デン分の物でも良いんだが?」

「…………持ってない」


 セプトは無表情な中に困惑の色を滲ませながらも、一言そうポツリと返す。…………そりゃ困惑するだろうよっ! 戦闘中に敵に金を無心する奴なんて聞いたことないもんな。どこのカツアゲか盗賊かって話だ。


「持ってないか。いやあ残念だなぁ。これじゃあ首輪が戻せない。だから今はひとまずそのナイフを下ろし…………わぁ。待った待ったっ! 早まるんじゃないってのっ!」


 戻せないと言った瞬間、またチクリと自身をナイフで傷つけるセプト。このままだと首の大事な血管とかを傷つけかねない。慌てて止めるがいよいよ危ないなこりゃ。もう本当に限界だ。時間的にも精神的にも……あと金銭的にもいっぱいいっぱいだ。


 どうする? どうするどうするどうする? 頭の中を疑問符が飛び交う。どうにかする手段を考えて頭をフル回転させているが、良いアイデアは一向に出てこない。俺の手持ちで何か金になりそうな品は…………。


「………………そう言えばこれが有った」


 服のポケットを全部ひっくり返す勢いで探した結果、俺は一つ金目の物があることを思い出した。……以前ジューネから買い取った仕掛け箱だ。この中身は危険物だから下手に売れないが、それを入れる箱だけならまだ何とかなる。


「セプト。これは攻撃とかじゃないから動くなよ。…………『査定開始』」


 セプトを刺激しないよう、先に一言言ってから取り出した箱を査定する。出てきた光に一瞬ビクッとしていたセプトだが、警戒しながらもそのナイフはそれ以上動いていない。もう少しそのままでいてくれよ。



 多重属性の仕掛箱(内容物有り)

 査定額 二十四万デン

 内訳

 多重属性の仕掛箱 一万デン

 闇夜の指輪(破滅の呪い特大) 二十万デン

 幸運を呼ぶフォーチュン青い鳥ブルーバードの羽 三万デン

 

 それぞれ前見た時と変わらない査定額だ。時間が経って値段が変わってたりしたらどうしようかと思ったが助かった。あとはこの内箱だけを換金すれば良い。箱の一万デンを足せば首輪を買い戻せる。あとはそれをセプトに渡せば。


 ドサッ。


 …………なんか嫌な音がしたような。俺がその音に振り向くと、セプトがナイフを取り落として自身もまた倒れこんでいた。


 俺が慌てて駆け寄ると、セプトの身体から黒い光とでも言うべき何かが漏れ出している。……見るからにマズいぞこれは!? もう爆発寸前だ。


「セプトっ!? おいセプトっ! しっかりしろっ!!」

「はあっ……はあっ。大、丈夫。早く、渡して」


 セプトは再びナイフを手に取ろうとするが、手に力が入らないのか持った瞬間取り落とす。今だっ!


「ふんっ!」


 俺は取り落とされたナイフを蹴り飛ばす。手が届かない所に飛ばされたのを確認すると、セプトは荒く息を吐きながら、熱っぽい瞳でこちらをじっと見据える。


 これではもう自害は出来ない。強いて言うなら舌でも噛むという手があるが、その場合即座に死ぬわけではないから俺達が逃げる猶予が出来る。その瞳には怯えと共に、どこか諦観と絶望の色が見えた気がした。


「…………心配するなって。このまま逃げたりしない。だってそうしたら……お前が死んでしまうだろうが」


 その言葉に、セプトがまた困惑したように感じた。それもそうかもしれない。この場合俺は逃げるのが普通なのだ。俺とセプトは敵同士。わざわざ敵の心配をする奴が何処にいると言うのか?


「何故死んだらいけないの?」

「何故ってそりゃあ……このまま逃げても正直爆発から逃げきれるかどうかは微妙だから、出来れば自分で魔力暴走は抑えてほしいし。あとお前には色々聞きたいこともあるしな。クラウンが何をしでかそうとしているかとか。……それと」

「それと?」

「それと…………何と言うかほっとけないんだよっ! !」

「…………?」


 何か理解できないような顔をしているなセプトの奴。だけど仕方ないんだ。


「あのな。この世界の基準はどうだか知らないけど、俺から見たらお前は間違いなく美少女だぞっ! 別にそうじゃなくても目の前で死にかけていたら助けるけど、美少女だったら尚更助けるだろ?」


 これは世の男たちの大半が共感できると思う。


 ……まあプラス要素と言うだけで絶対的な価値ではないが。それでも美少女の前で気合を入れてカッコつけるくらいには価値があると俺は思う。


「…………貴方は馬鹿なの?」

「よく言われる」


 セプトは少し悩んだ上で一言そう呟く。最近“相棒”以外にエプリにもアンリエッタにも言われてるな。バカなことかもしれないが、これが性分なんだから仕方がない。


「という訳でだ。美少女が死ぬのは色々と損失だから助ける。何でわざわざ奴隷に戻ろうとしているかは知らないけど首輪も返す。…………だから死のうとなんてするなよ」

「……分かった」


 俺の言葉をどう受け取ったのかは分からない。だが、セプトはこくりと頷いてそう言った。





「よし。じゃあ約束だ。俺が首輪を渡したら、セプトが魔力暴走を抑える。…………と言うかこんなに荒れ狂っているけど抑えられるのか?」

「大丈夫。大半を限界の前に空に放出する」


 つまり被害の少ないところに敢えて自分からぶっ放すことでガス抜きをしようってことか。


「なら安心だ。その後は色々話を聞かせてもらったらそのまま帰す。もし首輪のせいで魔力暴走が止められないなんてことになったら、また俺が一度外した上でその首輪を着けずにセプトが持っていけばいい」


 最悪セプトがまた襲ってくる可能性も残っているが、その時はその時だ。約束を守る相手であることを祈る。そのままクラウンの所に帰るのは不安だが、これが互いの妥協点ギリギリと言ったところだろうか。


「うん。……じゃあ首輪を」

「ああ」


 俺は仕掛箱を換金し、その分でまた隷属の首輪を買い戻す。その手に出現した首輪には微妙に嫌悪感があるが、今は非常事態だ。俺はセプトに首輪を手渡した。


 首輪を受け取ると、セプトはギュッとそれを抱きしめる。その瞬間、無表情だったセプトの顔が少しだけ柔らかくなったように見えた気がした。


 …………普通なら奴隷になるなんて嫌がりそうなもんだけど、セプトは一体なぜ自分から奴隷になることを望むんだろうな?


「……先に首輪を着けて良い?」

「えっ!? …………ああ」


 セプトの様子を見ていると、この首輪は自分を縛るものであると同時に大切な物のようだった。そのほうが集中できるならと、俺はつい頷いてしまう。


 ……しかしよく考えてみたら、また首輪を換金、買い戻しの際の金が足りないよな? 気付いた時にはもうセプトは首輪を着け直してしまった。一度着けると勝手にロックがかかるようになっているようで、ピッタリとセプトのサイズに合っている。


「……大丈夫そう」

「そ、そうか。……良かった」


 幸い首輪を着け直しても、魔力暴走の促進はなさそうだ。一度外れたことでキャンセルされていたらしい。


 ……本当に良かった。もうアンリエッタにブチ切れられるのを覚悟して呪い付きの指輪を換金するしかないかと一瞬考えていたもんな。俺はホッと胸をなでおろす。


「じゃあ、始める」


 セプトは一度身に着けた首輪をそっと撫で、俺に向かってそう言った。いよいよだ。さっきからセプトの息が落ち着いてきたようだが、これは嵐の前の静けさ的なもののようで怖い。身体から漏れ出している黒い光も止まっていない。もう一刻の猶予もなさそうだ。


 頼むぜ。上手くいってくれよ。

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