第76話 頼られた男

「…………それでだ。わざわざ俺とエプリの話し合いを黙って見ていたお前には、待っていてくれてありがとうとでも言えば良いのか? クラウン」

「いえいえお礼なんて結構ですよ。私もお二人の話を聞いて感動しましたから。…………そう。なんて面白い喜劇かとねぇ。クハハハハ」


 正直途中で襲ってくるかと思っていたんだが拍子抜けだった。クラウンはエプリの“強風”で空いた距離を保ったまま動かなかったのだ。エプリがまだ毒で弱っている絶好のチャンスなのに何故? 俺を警戒して…………と考えるのは流石に無理があるか。


「仲間? 一緒にこの状況を切り抜ける? はっ! 出来もしないことを夢見がちに語る愚か者と、その場の雰囲気に流されて自分の境遇を忘れたふりをしている哀れな道具。……その何とも言えない馬鹿馬鹿しさに、私つい見入ってしまいましたよ。今ならチップでも投げてあげても良いくらいです」

「……悪いけどそれは遠慮するわ。……チップの代わりにまたナイフでも飛んで来たらたまらないものね」


 クラウンの嘲りに皮肉で返しながら、ふらつきながらもしっかりと相手を見据えて立つエプリ。


「…………ダメね。頭はグラグラするし、身体がフラフラしてまだまともに動けないわ。さっきみたいに“強風”を食らわせるのもあと何回出来るか分からないわ。…………だけど、 クラウン?」

「…………ほう。何を言い出すかと思えば」

「エプリ。それはどういう事だ?」


 クラウンの奴も同じって…………もしやアイツも毒か何か受けたんだろうか?


「さっきトキヒサが来る前、クラウンと戦った時から何か違和感があったの。動きにキレが無いって言うか……。それでさっきから動かないことも踏まえて考えると、向こうもどうやら本調子じゃないみたいね。……さしずめ牢獄を出た後『勇者』にちょっかいを出して、返り討ちにあったというところかしら? ……そちらの方が余程喜劇的なことじゃなくて?」


 おっ! クラウンの奴結構頭にきてるみたいだな。フードで素顔は見えないが、僅かに見える頬が引きつっている! 


「っ!? い、言わせておけばこの混血の分際でっ!」

「……図星みたいね。……ほらっ! 頭に来たならさっさとかかってきなさい。いつもの短距離転移でも使って……ね」


 うわぉ。何かエプリの挑発がガンガンヒットしている。これまでの戦いから考えて、クラウンは人をいたぶるのが趣味の変態野郎だと思われるが、逆に自分がおちょくられることはあまり慣れていないと見る。これだけ言われたらさっそく襲い掛かってきそうなものだが……。


「ぐっ…………」


 動かない。ナイフを両手に構えるもののそれだけだ。何故か転移も使用せず、その場から動こうとしない。確かに違和感がある。


「……身体の傷はランクの高いポーションで治せる。体力も無理やり回復させることは可能ね。…………だけど魔力だけはそうはいかない。魔力の元である魔素はそこら中に有っても、それを自分の魔力に変換するのはあくまで自分の身体。……おまけに空属性は魔力消費が激しい。この前の戦いではさぞ何回も転移を繰り返したでしょうね。私がいなくなった後も」


 エプリは淡々と推測を述べていくが、クラウンは悔しそうに歯ぎしりをしながらもやはり動かない。


「そしてその後『勇者』にちょっかいをかけてボロボロにされ、アナタは這う這うの体で他のメンツと一緒に逃げ帰った。惨めに、顔を苛立ちで歪ませながら……」

「だ、誰が『勇者』などに返り討ちにされるものかぁっ!! 忌々しくも邪魔してきたあのイザスタと言う女さえいなければ、今頃は『勇者』を確保していたのだっ!」

「……成程。あの女イザスタにやられたの」


 クラウンの奴相当頭に血が上っているらしい。イザスタさんにやられたって自分から自白したぞ。確かにイザスタさん強いもんなあ。牢獄でも鬼が暴れ出さなかったら、あのまま多分クラウンを仕留めていたと思うものな。……元々『勇者』の傍に近づこうとしていたから、牢を出てすぐ向かったんだろう。


「イザスタにやられながらも撤退したアナタは、おそらく相当に魔力を消耗したんでしょうね。襲撃のメンバーを全員拾って脱出したとしたら、もうその時点で魔力はほぼ尽きていたはず。数日経ったけどまだ全快しきっていないから、向こうもそこまで戦闘に転移を使ってまた消耗するのは避けたいといったところね。だから最初はさっさと私を殺して撤収するつもりだった。……だけどトキヒサの乱入で話が変わってきた」

「……俺っ?」

「そう。本来さっき私は死ぬところだったけど、トキヒサが降ってきたどさくさで僅かに回復している。これ以上長引けばまた転移を使わざるを得ない。かと言って使いすぎれば撤退用の魔力が無くなりかねない。だから動かず待っているのでしょう…………コイツが来るのをねっ! “風刃”!」


 その言葉を言い終わると同時に、エプリは“風刃”を放った。一体何をと一瞬あっけにとられたが、次の瞬間近くの影から何かが飛び出してきてエプリの“風刃”を迎撃する。あれは…………影だ! 影がウニウニと動いて伸び、盾のようになって“風刃”を防いだのだ。





 戦端が開かれたのはそれが合図だった。謎の影の出現と同時に、クラウンがエプリを狙って転移を仕掛けた。エプリの注意は完全に影の方に向かっていて、その背後から忽然と現れたクラウンには気がついていない。エプリの読みだともう何度も使えないカード。それをこの絶好のタイミングで切ったのだ。


「死になさい」


 聞こえるか聞こえないかという小さな声で呟きながら、クラウンは持っているナイフを振り下ろそうとする。その顔は相変わらずフードで隠れて見えないが、口元に嫌な嗤いを浮かべているのだけは視えた。


 今のエプリは身体をまともに動かせない。気付いていたとしても躱しようがない一撃。クラウンも必殺を予想していたであろう一撃。だけど、


「トキヒサっ!!」

「おうっ!」


 。クラウンがいつ転移を使ってきても良いように、エプリの周りに神経を集中していたともさ。……まあ自分の周りの警戒はおろそかになっていた気もするが、そこはエプリが何とかしてくれると思っていたから良いのだ。


 俺はひそかに準備していた銅貨を手首のスナップを効かせて投げつけた。……銅貨は振り下ろされるナイフを持つ手に当たり、その衝撃でクラウンはナイフを取り落とす。


 爆発させた方がダメージはデカいとは思うが、仮にも人に向かって爆発物を投げるのも気が引けるし、下手をしたらエプリまで巻き込む位置だからやめとく。……う~む。これが正しい銭投げかもな。決して普通の金は爆発なんかしないし。


「……そっちは任せたわよ」

「任されたっ!」


 互いにかわす言葉はこれで十分。エプリは今の状況で、クラウンが自分に仕掛けてくることをおそらく予測していたのだと思う。しかし分かった上であの影の対処を優先した。……俺がクラウンを何とかすると。さっきの俺の一緒に何とかするという言葉を信じて。


 これまでダンジョンの中で、エプリはほとんどのことを自分でやろうとしていた。戦いの時も真っ先に自分が出て俺を護ろうとしていた。そのエプリが、ここで俺を頼って戦いの一部を任せた。護衛としてだけではなく、互いに護り合う仲間として。


 ……ここで奮い立たない奴は男じゃないだろっ!


 僅かな時間痛みで動きを止めたクラウンに、俺は身体ごとぶつかる勢いで殴り掛かった。クラウンはお得意の転移で避けるかと思いきや、珍しくバックステップをしながらこちらにもう片方の手でナイフを投げつけてくる。だけどなぁ。


「そんなんに負けるかぁっ!」


 ここしばらくダンジョンでエプリの魔法を見たりその身に受けたりしてきたせいだろうか? 飛んでくるナイフを冷静に見ることが出来た俺は、ナイフを貯金箱を振り回して弾き返す。こんなのエプリの“風刃”や“風弾”に比べればまだ怖くないっての! ……比較的だけど。


「なっ!?」


 しかしこの動きはクラウンも予想外だったのだろう。一瞬弾かれたナイフに目が行ってしまう。チャンスっ! 俺は一気にクラウンとの間合いを詰めた。ナイフを投擲した直後のことでコイツの体勢は崩れている。今だ! くらえっ!


「うるああぁっ!」

「……ぐふっ!」


 俺はこれまでの怒りやら何やら諸々込めた貯金箱を、下から掬い上げるようにぶん回してクラウンの顎をかち上げた。そのまま思いっきり振り抜いて、この世界に来てからそれなりに上がった腕力で本気でクラウンの身体を吹っ飛ばす。……手応えあった! 


 クラウンはそのまま二、三メートルは打ちあがり、受け身を取ることもなく背中から地面に落ちていく。牢獄でもイザスタさんの一撃をもらって耐えていたからな。見た目より相当タフみたいだからこれくらいのことなら死にはしないだろう。だが顎を打ち抜いたからしばらくエプリみたいに頭がグラグラするはずだ。


「……これは牢獄の巨人種の人の分と、エプリにあんなことをした分だ。他の悪さの分は起きてからまた個別にお返ししてやるから、そこでしばらく寝てろよ」


 本当なら縛り付けておいた方が良いのだが、考えてみれば転移で逃げたら縛っても無駄だ。なので今はエプリの方に手助けに行くことを優先する。待ってろエプリ。すぐにそっちに行くからな。

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