第74話 突然のスカイダイビング


「えっと…………魔法を使う感じで魔力を注ぎ込めば良い……だったよな?」


 これまでちょこちょこ簡単な魔法を練習してきたからな。やり方は何となく分かる。だけど空間転移か…………使い手のイメージが悪かったけどこれもロマンだな。


『そう。だけど気がかりなのは、エプリの位置がここからどこまで離れているか分からないこと。距離によって使う魔力量も違うから、よほど遠かったりすると跳んだ先で倒れる危険性もあるわ。……まっ、そもそも魔力が足りなくて跳べないって可能性もあるか』


 やめろよそんな不安になるようなことを言うのは。…………跳べるよな? これがダメだったらもう手が無いんだぞ。


『それにしても勿体ない。この転移珠一つでそれなりの額になるって言うのに』

「だから今更使う気を失くさせようとするんじゃないよっ! …………ちなみにどのくらいだ?」

『……内緒♪』


 そう言ってフフッと悪戯気味に笑うアンリエッタ。ホント笑っていると可愛いんだけどな。


「……そう言えば帰りはどうするかな? 近場だと良いけど下手に遠かったら帰るのが大変だぞ。徒歩なんだから」

『そんなの知らないわよ。そこまで遠くないことを祈ることね』


 バッサリ切り捨てられた。さっきからアンリエッタの言葉にトゲがあるような気がする。……これ怒ってないか? エプリに会いに行くのを反対してたのに無理やり納得させたもんな。……色々終わったら後で謝ろ。


『もうすぐ時間みたいね。もう止めはしないけど、無茶はなるべくしないでよ』

「分かってるって。エプリと話をしたらすぐ帰るし、戦いになったら何とかとんずらするよ。……悪かったな。無理言って」

『もう良いわよ。せめて何かしら金を稼げるような話でも仕入れてきなさいな。…………あと、死ぬんじゃないわよ私の手駒。課題をこなさないで終わったら承知しないんだから』


 その言葉を最後に通信が切れる。……相変わらず心配してるんだかしてないんだか分からない言葉を言い残すな。あれもツンデレの一種なのだろうか?


「…………ボジョはどうする? ここからなら一匹でもまだ拠点に戻れるぞ? 残るか?」


 一応肩に乗ったままのボジョにも聞くが、ボジョは怒ったように今度は俺の頬をグニグニと押す。


「分かった分かった。残れなんて言わないよ。いざとなったら手を貸してくれよな。……この場合触手か?」


 そう言うと、ボジョはそれで良いのだとポンポン肩を叩き、そのまま俺の服の中に潜り込んだ。なんか最近ここが定位置になっている気がする。普通こういうスライムの仲間って、肩の上とか頭の上とかが定番じゃないだろうか?





「……よっし。そろそろ行くか」


 一度軽く自分の頬を叩き気合を入れる。自分の手にある転移珠を握りしめ、自分が会いたい相手の顔を思い浮かべる。それと同時に、自分の身体から何かが抜け出て転移珠に流れ込んでいくのを感じた。


 ……なるほど、こんな感じなのか。このままエプリの場所に届くまで魔力が溜まったら、その場であの時クラウンの奴がやったみたいに転移が発動するって言う事らしい。大体の感覚で言えば、このままの調子で行けばあと一分くらいで満タンになる感じがするな。この場合の一分ってどのくらいの距離なのかね?


「しっかし…………発動するまでこんなに時間が掛かるんじゃ、戦っている最中に連続でって言うのは無理そうな気がするな」


 と言うより転移珠がいくらあっても足りないか。戦いながら連続で転移して相手を翻弄するって言うのは地味に憧れがあったんだけどな。ちょっとそこは残念だ。


 よし。今の内にエプリに会ったらどうするか決めておこう。まだクラウンと合流していなかったら普通に話をするとして、問題はクラウンがいた場合だな。うまいことクラウンと引き離して二人で話がしたいが……傭兵が雇い主から離れるのはあまり無いか。アシュさんみたいな人は別にして。


 ダンジョンではアシュさん一人で先行していたもんな。冷静に考えてみるととんでもないことだ。それだけ周りへの警戒がしっかりしていたとも言えるけど、普通はそういうことはあまりないだろう。


「やはりここはあれだな。出会い頭に硬貨をばら撒いて煙幕でも張るか」


 それで混乱している内にエプリと話をする。これで行くか。ついでにクラウンの奴にあの巨人種の男の分も一発食らわせられれば尚良しだ。……我ながら雑な作戦だけど仕方ない。あとはどうやって逃げるかだけど、クラウンに転移で追っかけられたら逃げるのは難しい気がするな。やはり戦うのは覚悟しておいた方が良いか。


 牢獄での戦いを見る限り、クラウンは空属性とあの毒付きのナイフにさえ気を付ければ少しは勝ち目もあるかもしれない。あの時に比べてこっちも少しは手札が増えたからな。問題はやっぱりエプリだけど、


 そう考えている内に、そろそろ転移珠への魔力が溜まるようだ。珠がさっきからピカピカと点滅しだしている。また今回も行き当たりばったりな気がするが、いざとなったらボジョにも協力してもらおう。死角からの不意打ちに対処してもらえばそれだけで大助かりだ。

 

 そして光が強くなっていき、俺自身も目が開けていられないほどになる。今だっ!


「エプリの所へ…………跳べっ!!」


 次の瞬間、俺の身体が何かに引っ張られる感覚を感じた。これまでの中で一番近い感覚は、牢獄で裂け目に吸い込まれた時だろうか? 考えてみるとあれも空属性のものらしいから近いのは当たり前か。そして一瞬だけふっと気が遠くなり、気がついた時には……。


「………………へっ!?」




 

 





 

「………………なんでえぇぇっ!?」


 いや待て待て。落ち着け俺。こういう時こそ落ち着いて深呼吸だ。すぅ……はぁ……すぅ……はぁ…………って落ち着けるかぁっ!!


 上を見れば遠くの方に月が三つ並んでいるのが見える。そして下を見ると…………暗くてはっきりとは分からないが、多分地面らしきものが見える。


 どうやら跳んだ直後はそこに留まるようで、俺は空に浮かんだ状態でいるようだ。これが無重力状態ってやつだろうか? ……これは意外に気持ちいいな。このままついウトウトとしてしまいそうで…………分かってるよ現実逃避だよ。俺だってエプリの所に跳ぶって思っていたのに、いきなり地上数十メートルの所に来るとは思ってなかったよ。


 俺はとことんこういう転移系のものとは相性が悪いんだろうか? この世界に来た時だってアンリエッタの転移が妨害されたし、牢獄では裂け目に吸い込まれてダンジョンまで跳ばされるし。そして今回はこれだ。肝心のエプリの影も形も見えないぞ。


 ……よし。ともかくまずはこの状況を何とかしないとな。空中に留まっている内に何とか……。


 ガクッという不吉な感じが俺を襲ったのはそう思った直後だった。……ちょっと待って! これはまさか……もうなのかっ!?


 嫌な予感ほどよく当たるもので、これはマズイと思った瞬間、俺の地上へのダイブが始まった。


「のわあああぁぁぁっ!?」


 物凄い風圧が俺の身体を襲う。自分では分からないが、今の俺の顔は風でかなりのブサイク顔になっていると思う。しかしそれよりも今は命の危機だ。いくら俺の身体が頑丈になっているからって、この高さからまともに落下したら流石にマズイ。…………これ死ぬんじゃないか?


「こんなところで死んでたまるかってのっ! …………これでどうだっ!」


 俺は貯金箱を呼び出すと、それを顔の前に盾のように構えながら真下に向かって硬貨を放出する。ダンジョンでも隠し部屋で穴から落ちた時に使ったやり方だ。ただ今回は下にクッションとなる網があるわけでもなく、純粋に爆風で身体を押し上げるために使う。


…………俺の数少ない所持金がさらに一気に減るが仕方がない。命の方が大切だ。


「金よ。弾けろっ!」


 俺の言葉で、大量に空中にばら撒いた硬貨が一斉に起爆する。石貨に銅貨、銀貨も結構混ざっているためそれなりの爆発だ。盾にした貯金箱がなかったら顔面に爆風が直撃しているくらいには威力があった。当然身体のあちこちを痛みと熱さが襲うが、その甲斐あって少しだが落下の速度が遅くなった。


 地面は大分近づいているが、もう一度か二度くらいは出来そうだ。そうしてもう一度銭投げブレーキ大作戦を決行しようとした時、


「……げっ!? 嘘だろ!?」


 俺が落ちるであろう場所の辺りに誰かいるのが見える。顔まではよく分からないがおそらく二人だ。銭投げで落下速度を緩めようにも、このままでは爆風で下の二人も巻き込んでしまう!!


「そこの二人っ!! そこから離れてくれっ!!」


 俺は必死で二人に向かって叫ぶが、声が風圧で上手く伝わらない。その間も何とか銭投げで軌道を修正しようとするのだが、下には投げられないので横の爆風しか使えない。これでは直撃は避けることが出来ても勢いがまだ強すぎる。地面まであと大体十秒。ぬわああぁぁっ!? 


 その時、服の中にいたボジョが驚くべき行動に出た。もそりと触手を服の中から俺の頭上に伸ばしたかと思うと、その触手が一気に大きく平べったくなったのだ。そのまままるでパラシュートのように形を変え、風圧をもろに受けて落下速度が急激に遅くなる。……当然繋がっている俺も。


 ボジョへの礼は後だ。あと俺に出来ることと言ったら、ギリギリまで軌道修正と下の二人に呼びかけること。あとは自分の頑丈さに賭けることだけ。


「…………ぁぁぁぁあああああっ!? ど~~い~~て~~く~~れ~~!?」


 あと僅かと言うところで、どうやら二人がこちらに気がついたらしくこちらを見上げている。それは良いから早くどいてくれってのっ! うわああぁぁっ!? もうダメだ! ぶつかる~っ!!





 …………ドッゴ~~ン。


 今時マンガでもそうそう見かけないこんな擬音が付きそうなほど、盛大に俺は地面に激突した。落下の速度は銭投げとボジョの活躍で大分落ちていたとはいえ、人一人が数十メートルの高さから落ちてきた衝撃は殺しきれるものではない。ちょっとした隕石のごとくだったと我ながら思う。


 落下地点はちょっとした穴ができ、周りにはその衝撃で舞い上がった砂塵が立ち込めて視界を遮る。


 ……だが俺だって善処したんだ。必死の軌道修正により、何とか二人への直撃は避けて墜落することが出来た。…………まあ直撃こそしなかったが、立っていた一人は落下の衝撃でどこかに吹き飛ばされたようで姿が見えない。もう一人はまだ近くにいると思うが、砂煙がおさまらないと見つかりそうにない。また謝らなくちゃならない相手が増えた。


 さて…………周りが砂煙で見えないことで今ある意味とても助かっている。何故ならば、


「…………アイタタタ。全身がメチャクチャ痛い。具体的に言うと、エプリに“竜巻”で錐もみ回転を食らって顔面ダイブした時より痛い」


 今の俺は痛みのあまり、そこらを七転八倒して非常に情けな~い姿を晒しているからだ。……あの高さから落ちて痛いで済めば良い方ではある。俺の頑丈さは想像以上に凄かったらしい。……しかし痛いもんは痛いし俺は痛いのは嫌だ。


 そしてボジョはと言うと、なんと墜落の瞬間に俺の服から飛び出し、そのまま華麗にシュタッと離れた場所に着地してみせたのだ。ちょっと動きにキレが有りすぎやしないかいボジョ? ……それとありがとな。


「アタタタ…………で、ここ何処だ?」


 痛む全身を無理やり動かして立ち上がり、そのまま周囲を見渡す。まだ砂煙が残っているが、この風景にはなんとなく覚えがある。ここは…………ダンジョンから出て拠点に向かった途中にあった岩場だ。いくつか特徴的な形の岩が有ったから覚えてる。ボジョも再び俺の服の中に潜り込んできた。


「近いような遠いような微妙な場所だな。こんなところにエプリがいるのか?」

「………………いるわよ」


 何気なく呟いたその言葉に、どこか弱々しいながらも近くから声が聞こえてきた。今の声……エプリか! どうやら転移珠は高さはともかく位置はバッチリ合っていたらしい。近くにいるってことは、もしやさっき落下地点にいた二人の内の一人だったのか? マズイぞ。話すも何もいきなりえらいことになっているじゃないか! 


「エプリっ。どこにいるんだ? 色々とまだ話すことが有るんだ」


 俺は砂ぼこりをこれ以上巻き上げないようにそっと周囲を探す。……すると、横になっている人影を見つけた。そんなところに居たのか。


 まずは謝ろう。確実に砂まみれになって怒っているだろうからな。もしかしたら風弾の二、三発くらい飛んでくるかもしれないが、ここは逃げずに甘んじて受けた方が良さそうだ。…………その後は何から切り出そうか? 


 行くなって言うのは勝手かもしれないし、やはりここは約束していた話を……待てよ。さっきエプリが食べ逃したステーキの話なんてどうだろうか? 意外にじゃあそれを食べてから行くわなんて話になるかもしれない。こうしてバカな話を出来るのも最後になるかもしれないからな。


 などと俺はどこか気楽に考えていた。…………いや。考えないようにしていたのだ。? 


 そして、目を逸らそうとしていたのだ。


 その時、一陣の風が岩場に吹いた。それは舞っていた砂ぼこりを一時的に散らすには十分のもので、


「………………エプ……リ?」


 その痛ましい姿を目の当たりにするのもまた……十分すぎるものだった。

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