第73話 追いかける理由


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


「…………う~む。どうしたもんか」


 俺が消えたエプリを探して拠点を飛び出したのが少し前。しかしエプリが出ていったという方にひたすら走っているのだが、一向にエプリに追いつく気配がない。


 途中何度か野生のモンスター(デカい虫やら獣やら)に出くわしたが、戦う事が目的ではないし戦っている時間も惜しいので、隠れたり適当に硬貨を投げつけて追い払う。倒すんじゃないから銅貨を数枚ばら撒けば十分だ。ボジョも戦闘になると大張り切り。俺の服から離れて、寄ってくる相手を片っ端から触手でぶっ叩いていく。


 ダンジョンのスケルトン達と明らかに違うのは、このモンスター達は生きているということだ。つまり自分たちが明らかに不利だと悟ったら、無理に攻めようとは思わずにさっさと逃げ出す。それくらいの状況判断が出来ないと、野生では生きていけないのだ。


 ボジョも時間が無いことは心得ているのだろう。追い打ちをかけてモンスターを捕食しようとはせず、あくまで追い払うだけに留めてくれる。この点は非常に助かった。……いつも思うけど相当ボジョは頭が良いと思う。ヌーボもそうだったけど、この世界のスライムは皆こうなのだろうか? 


 …………話が逸れた。とにかくそんなこんなでエプリを探し回っているのだが見つからない。動き回ってもあまり身体は疲れていないのだが、見つからないのに時間だけが刻々と経っていくのは精神にくる。何か嫌な予感が膨れ上がっておさまらないのだ。


「参ったな。一度拠点に戻るか? いや、そうしているうちにもっと先に進まれている可能性もある。かといってこのまま探し続けても見つかるか分からない。どうすれば……」


 つい独り言をブツブツ言うほどに俺は追い詰められているようだ。頭をガリガリと掻きむしりながら考えるが、焦りもあって全然考えがまとまらない。……こんな時“相棒”だったらすぐに何か考えつくっていうのに。


「どうすれば良いんだ…………あだっ!?」


 悩みまくっていた俺の頭に軽い衝撃が走る。振り返ると、さっきまでモンスターを追い散らしていたボジョが、俺の肩に乗って触手でぶっ叩いていた。まるで落ち着けって言っているかのように。


「…………ありがとなボジョ。少し落ち着いたよ」


 そうだよな。慌てたってそれで事態が良くなるなんてことはほとんどないもんな。もう大丈夫だよって意思を込めて軽くボジョを撫でる。


 ……しかし依然としてエプリが見つからないのは変わらない。追いかけようにも考えてみれば、エプリは得意の風属性で飛んでいった可能性もある。後を追おうにも空を飛ばれたらお手上げだ。


 それにエプリが何処に向かおうとしているのかも分からない。クラウンの奴と合流しようとしているのは分かるけど、それが何処なのかは見当がつかない。拠点の近くで合流したら色々揉める可能性もあるからそれなりに離れた場所だとは思うが、それだけでは絞りようもない。やはり一回拠点に戻るべきか?


 いよいよ手立てが無くなって拠点に走り出そうとしたところ、急にボジョがグイグイと俺の服を引っ張った。正確に言えば俺の胸ポケットの辺りだ。何だよボジョ? そこにはアンリエッタとの通信機くらいしか…………って、それだよ! こんな時こそあの女神に知恵を借りよう。ちびっ子女神とは言え女神は女神だ。何か知っているかもしれないしな。


 俺は胸ポケットから通信機となっているケースを取り出して開く。


「もしもし。こちら時久。起きてるかアンリエッタ?」

『…………プツッ。起きてるわよ。大体状況は把握しているから説明は良いわ』


 何度目かのコール音の後にアンリエッタと繋がる。こっちの状況は分かってるみたいだから正直助かる。今は説明する時間も惜しいからな。


『先に言っておくけど…………アナタバカ? 当てもないのに夜に突っ走っていくなんて、何も考えずに本能だけで生きてるの? せめて手紙のことを説明して手分けして探してもらうとか、一人二人一緒に来てもらうとかあるでしょうに。大体アナタは』

「お説教なら後でたっぷり聞くから今はやめてくれっ! それよりもエプリの場所について心当たりは無いか?」


 自分がバカなのは重々承知しているが今は非常事態だ。アンリエッタの言葉を遮って用件だけ言う。しかし、アンリエッタはその言葉に渋い顔をする。


『残念だけどエプリの居場所までは分からないわ。ワタシの分かるのは手駒であるアナタの周囲のことだけ。これは他の神や参加者達も特別な加護が無い限り同じ条件よ。だからアナタから離れた所に行ったエプリの動向は分からない』


 むぅ。神様だから千里眼くらい使えるかと思ったが、そう簡単にはいかないみたいだ。場所が解れば一発だったんだけどな。





『…………ねぇ。なんでわざわざエプリを探しに行くの?』


 当てが外れてちょっとがっかりしている俺に、アンリエッタは真面目な声でそう問いかけてきた。なんだよ改まって?


『手紙にも書いてあったでしょう? アナタとの契約は切れている。もし仮に追いついたとしても、もうエプリにとってアナタは何でもないただの他人なのよ。下手をすれば牢獄にいたクラウンも一緒にいる。奴に会ったらまたこちらを狙ってくる可能性が高いのよ。それに最悪の場合、エプリがクラウンに付いて襲いかかってくる可能性だって』


 アンリエッタの言葉は的を得ている。それらは実際俺もダンジョンでエプリと話をした時から考えていた。……でも、


『悪いことは言わないわ。……さっさと拠点に戻りなさい私の手駒。せめて追いかけるにしてもそれなりの準備をしていきなさい。アナタ一人でどうなるって言うの?』

「………………でも約束したんだ。ここから出たらどうして俺を護ってくれるのか教えてくれるって。俺はまだその答えを聞いていない」


 エプリがクラウンと連絡を取っていたのを知った時、別れること自体は覚悟していた。そして本当なら別れの前に最後に話をして、その時にこのことも聞く予定だったのだ。だってそうじゃないと…………


「俺は約束は大切なものだと思ってる。……もちろん自分じゃどうにもならない事情があって破らざるを得ない状況だってあると思う。それは仕方ないことだ。だけど、それは破った方も破られた方も悔いが残るんだ。だから俺は約束を破らないし、相手にも破らせない」

『…………それは自分に都合の悪いことになったとしても?』

「多分。もしクラウンとバッタリってことになって、エプリが向こうに付いたとしても仕方ない。約束のこととそれは別物だもんな。…………それにアンリエッタも同じ立場なら同じようなことをするんじゃないか? 富との女神だもんな」


 この言葉を聞いてアンリエッタは黙り込んでしまう。図星みたいだな。何だかんだこの女神生真面目な所があるからな。仮に自分に不都合な契約内容になったとしても、投げ出したりせず最後まで契約を履行するタイプだと踏んでいた。それなら俺の言い分も理解は出来るはずだ。共感はしないにしてもな。


『………………はぁ。……アナタを手駒にしたのは失敗だったかもね。こうも言う事を聞かないんじゃやりづらくて仕方がないわ』

「まあそう言うなって。しっかり金は稼ぐとも。俺のやり方でだけどな」


 疲れたような声を出すアンリエッタに俺はそう返す。これも約束だからな。きっちり守るさ。


『…………一つあるわ』

「……? 何が?」

『エプリに追いつく方法。……というか何で今までの流れで出てこないのというくらい簡単な方法ね』

「あるのか!? 頼む! 教えてくれ。……いや、お願いします!」


 何故か物凄くぶすっとした態度で、アンリエッタがポツリと漏らす。俺はその言葉に即座に食いついた。両手を合わせて拝むような体勢を取る。……というかアンリエッタは本物の神だったな。なら拝むのは不自然ではないのか。


『今頃になって私の偉大さに気がついたようね。……と言ってもこれはワタシが言わなくてもいずれ思い出したでしょうけど』

「思い出す? 思い出すって……何を?」


 俺は頭を捻って考えるが、何かあっただろうか?


『元々こんな時のためにエプリから貰ったんじゃないの? まあ向こうの考えていた用途とは少し違うかもだけど』

「エプリから貰ったって………………あっ!? そうか。あれがあった!」


 俺は隠しポケットからそれを取り出した。……元はジューネの売り物だったものを、エプリが交渉の末にタダで頂いたブツ。それを俺が貰ってから結局ダンジョンの中では一度も使わなかった物。あの隠し部屋で穴から落ちた時、これを使っていればここまでの展開が色々と変わっていたんじゃないかと思われる品。


 転移珠。一度だけ空属性の転移を素養のない者でも使えるというアイテム。そのピンポン玉のような小さな黒い球体が、今はとても頼もしく思えた。

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