閑話 風使いは月夜に想う その三

 ダンジョンの中では様々なことがあった。まず、私の能力はそれなりにダンジョン探索に向いている。風の流れさえあれば近くの地形や構造、動くモノの有無も分かるためだ。探っている間はやや無防備になるが、その間はトキヒサとスライムが私を守る。……誰かに守られると言うのも新鮮で意外と嬉しい物だ。


 途中で休憩を取った時、トキヒサが何もないところから食料を取り出した時には少し驚いた。ダンジョンでは基本的に空属性やそれに類するスキルは使用できない。何故かは不明だが、一説によるとダンジョンの中と外は道が続いていたとしても別の種類の空間になっているという。


 なので中から外、外から中と言うような移動は難しい。そのため空属性による物の収納及び取り出しも本来なら難しいはずだ。それが同じダンジョンの何処かからなら話は別としても。


 そこで私はトキヒサの加護である“万物換金”と“適性昇華”のことを知る。……これが『勇者』がこの世界に来る時に貰える加護か。戦闘に向いた加護のみだと勝手に思っていたけれど、こういうモノもあるらしい。ただダンジョン踏破という一点であれば“万物換金”はとても使える加護だ。これなら脱出の可能性は大分上がる。


 しかし、道中で数体のスケルトンが陣取っている部屋を見つける。そこを避けるとひどく遠回りになる上に、向こうが移動中に待機する場所を変えないとも限らない。


 時間の浪費を避けるために、作戦を立てて正面突破を試みる私達。だが、そこで予想外のことが起きた。トキヒサよりも少し早く部屋に突入した私だが、そこで見たのはスケルトン達を蹂躙する別の何かだったのだ。


 素早くその場を離れようとするが、間に合わずにその怪物と視線が合ってしまう。いけない。このまま逃げたとしても、視線が合った私のことを追いかけてくるのはまず間違いない。私一人なら逃げ切ることはおそらく出来るが、その場合トキヒサが追いつかれる。…………ダメだっ! そんなことはさせられない。


 私はトキヒサに部屋に入ってこないように叫ぶと、目の前の怪物の一挙手一投足を見逃さないように集中する。しかし、そのトキヒサが私の制止も聞かずに入ってきてしまい、足止めするから逃げろと言っても聞く耳を持たない。そんな頑固な雇い主を護るため、なし崩し的に二人(とスライム一匹)で戦う羽目になってしまった。


 目の前の怪物は牢の中でみた巨人種が凶魔に変化したものとどこか雰囲気が似ている。なのでトキヒサの言葉もあり、ゴリラ凶魔と呼称することに。この凶魔の胸部に見える魔石は、クラウンが牢で使った物とこれまたよく似ている。


 話を聞くと、魔石を壊すか取り出せば良いらしい。しかしトキヒサはあろうことか、この状況で相手を助けたいなどと言ったのだ。ここは自分の安全が優先だろうに、それが分かっていてもなお助けたいと言うのだ。…………こんな奴だから私の提案を受けたのだろうなと内心呆れながら、依頼主の望みをかなえるために作戦を立てた。


 作戦は上手くいき、ゴリラ凶魔の動きを封じることに成功する。だが、トキヒサが魔石を引きはがそうとした時、拘束を無理やり振りほどいてゴリラ凶魔が反撃をしようとした。直撃すればトキヒサはかなりの深手を負うだろう。


 私は咄嗟に風でトキヒサを吹き飛ばして攻撃を避けようとするが、僅かに一秒か二秒足りない。このままやられるのかと思ったその時に現れたのが、自称流れの用心棒のアシュ・サードだった。


 アシュは凶魔の腕を断つことでトキヒサを助け、そのまま訳を聞いて凶魔の魔石を摘出した。その剣の軌跡は、私にはまるで見ることが出来なかった。私が知る剣士の誰よりも速く、鋭く、そして恐ろしい剣の冴えだ。


 トキヒサは素直に感心していたが、その剣がこちらに向けられるかもとは思わないのだろうか? ダンジョンでは冒険者同士のいざこざなど珍しくもない。念の為私だけは用心しておこう。


 魔石を摘出したことにより、凶魔は徐々にヒト種に戻っていった。傷口をすぐに止血したことにより、出血は最低限で抑えられたと思う。その途中、アシュの雇い主だという少女、ジューネが現れた時は驚いた。


 ダンジョンと言えば程度にもよるが危険な場所だ。モンスターが徘徊し、気を抜けば罠の餌食になる。そんな場所に護衛一人で潜ると言うのは商人としてはまずない。あり得るとすれば、商人本人が護衛が要らないほどの傑物か、その護衛が一人で十分なほどの戦力を有しているという場合だ。……おそらく後者だろうと判断する。一応助けた男のこともあり、二人はしばらく同行することになった。


 その後ジューネからこれから必要になる日用品や助けた男の衣服などを買い込み、ついでに交渉の結果転移珠を一つただで貰うことに成功する。……こう言っては何だけれど、ジューネは商人にしてはまだ経験が浅いところがあるようだ。少し交渉するだけで商品の値引きを許し、品を確かめもせずにタダにしてはいけない。……トキヒサは何やら要らない物まで買ってしまったようだけど。


 その日の夜、ジューネ達に話を聞いてみると、このダンジョンは位置的に、交易都市群と魔族の国デムニス国の中間に位置しているという。


 ……デムニス国の名前を聞いて少しだけ思うところがあるけれど、今はそれよりも護衛が優先だ。ジューネ達は明日の朝出発するというが、トキヒサは助けた男が目を覚ますまでここで待つという。それだけでなく、私に契約を解除してジューネ達と一緒に行くかなどと聞いてくる始末。


 私は多少頭にきて額に“風弾”をお見舞いする。……バカにしてもらっては困る。私は一度受けた仕事は契約違反が無い限り投げ出さない。さらにこれは私から提案した契約だ。依頼人トキヒサが待つと言うならギリギリまで私も待つ。


 しかしこのまま待つのは危険が大きいのも事実だ。それに助けた男が自分でまともに動けるかどうかも分からない。……トキヒサが危険だと判断したら無理にでも脱出させるが、そうならないように手を打っておくべく私はジューネに取引を持ち掛ける。助けた男が出発までに目を覚ませばアシュがジューネと一緒に護衛し、目を覚まさなくとも私達に道具などの援助をするという内容だ。


 対価としてこちらが支払うのは、これまで私達がダンジョンで見聞きした情報。情報も商品とするジューネならばこの提案に乗ってくる可能性はある。


 結論から言うと、ジューネはこの取引を承諾した。情報の真偽と言う点で多少疑っていたようだが、アシュが横から少し口を挟むと何故かすぐに了承したのだ。……アシュとは多少互いの能力を護衛のために打ち明けているが、それが良い方向に働いたらしい。





 そうして明日への仕込みも終わり、私達は交代で休みを摂ることになった。そして、私の番になる少し前。


「………………んっ!?」


 私は誰かの話し声で目を覚ます。仕事上……と言うより子供の頃からの気質か。夜中に襲撃を受けるなんてことはざらだったので、私はいつの間にかかすかな物音でも目を覚ますようになっていた。安眠と言うのはこのところあまりしたことはないが、護衛の際には役立っているので治す気も特にない。


 ……どうやらアシュとジューネが何やら話し合っているようだった。こちらを害する相談であれば、このまま奇襲をかけるなり寝たふりを続けて情報を引き出すところだが、単に取引についてのことのようだったので聞くのを止める。それから少しすると、ジューネはどうやら自分の寝床に戻ったようだった。


 このままもう少し寝直しても良かったのだが、時間が中途半端で眠りづらい。仕方がないのでそのまま起きだして、アシュと見張りを交代しようとする。だが、アシュはそのまま一向に戻ろうとしない。そして、私に人を探していると切り出した。


「人?」

「ああ。もしかしたら知ってるか? 


 私はその言葉に少し考えこむ。何本かの線をくっつけたような痣。そして珍しい加護かスキル。…………もしかして。私は人物を思い浮かべる。一人はトキヒサ。戦いの中でちらりと見えたのだが、右手首に妙な形の痣が見えた。それに“万物換金”と“適性昇華”の加護。まず間違いないだろう。そしてもう一人……。


「っ!? 思い当たる人がいるのか?」

「…………その前に聞かせて。アナタは何故その人を探しているの?」


 私の言葉に、アシュは一瞬だけ言葉に詰まる。


「……言えないのならこちらも話すつもりはない」


 私達の間に沈黙が流れる。言葉はなく、あるのは焚き火の弾ける音とトキヒサ達の寝息くらい。……そのまま一分ほど過ぎると、根負けするかのようにアシュは大きく息を吐きだした。


「………………はあっ。分かった。言うよ。俺は今でこそ流れの用心棒をやっているが、それとは別にある依頼を受けている。身体の何処かに痣があり、特殊な加護かスキルを持つ奴を探せってな。それで見つけたら報告する。……依頼人は聞くなよ」

「…………それだけ?」

「ひとまずはな。一応軽くその相手と話をして、要注意人物だったらその点も報告する。それ以外は特に指示は受けていない」


 予想以上に軽い内容に少し拍子抜けする。……いや、もう少し確認しておこう。


「…………無理やり拘束するとか、危害を加えると言ったことはないのね?」

「向こうが話し合いに応じないとか、こちらを襲ってきたりしない限りはな」


 アシュに僅かな指示しか与えていないという事は、それだけ彼の自由意思に任せているという事。となれば、


「…………分かった。こちらも話すわ。だけどタダとはいかない」

「それはそうだ。……いくら欲しい?」


 アシュは服から小さな布製の袋を取り出す。しかし中から聞こえるジャラジャラという音から、かなりの金が入っていることが分かる。それも多分金貨が数枚以上。金か。それだけあれば……。


「…………いえ。今は言わないでおくわ。その代わり、これは貸しにしておく。いずれ返してもらうから」


 どのみちしばらく同行するのだ。今金を貰うよりも、いざと言う時の為に貸しを作っておいた方が無難だろう。あとで役に立つかもしれないからね。

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