閑話 風使いは月夜に想う その一


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


『今これを読んでいるヒトが誰かは分からないけれど、一応トキヒサの手に渡っていると思って書いているわ。アナタが文字を読めないのは知っているから、これは誰かに代読してもらっていると思う。なので直接的な単語は多少伏せさせてもらうからそのつもりで。


 急にこんな手紙が来て驚いているかもしれない。だけど、顔を合わせると引き留められるかもしれないので手紙で伝えるわ。アナタがダンジョンを出るまで護衛するという契約は無事完了した。よって、私は中断している一つ前の契約を終わらせなければならない。そのために一度前の雇い主と合流するわ。


 本来なら一度出た瞬間に終了しても良かったのだけど、一応雇い主の安全を確保するまではと考えて、しばらく同行してしまったわ。だけど今の状況なら、私がいなくとも自分から危険に突っ込むようなことをしない限りは問題ないと思う。


 それでも何かあればアシュにこう言いなさい。「」と。その上で頼めば悪いようにはしないでしょう。


 最後に言っておくけど、私みたいな厄介な素性の者を簡単に信用するお人好しのアナタは、もう少しヒトを疑って警戒することを勧めるわ。アナタの元いた場所と違って、ここはそう優しくない。隙あらば命を含めた色々な物をむしり取ってやろうとする奴もそこら中にいる。それが嫌なら一人でも信用のおける誰かを多く見つけることね』


「…………こんなところかな」


 私は文の最後に自分の署名を書いて一度読み直す。手紙を出す前にはちゃんと自分で読み返して確認しないといけない。オリバーがよく言っていたな。かつて頼みもしないのに、私に様々なことを教えていったあの老人のことを思い出す。……憎たらしい顔でニヤニヤと笑うところまで思い出してしまったので、軽く頭を振って記憶から追い出す。


「……忘れていたわ」


 一度読み返して、大切なことを書き忘れていたことに気がつく。……嫌な奴ではあったけど、教え自体は役立っているのが悔しい。手紙の最後に書き足しておく。


『追伸。契約の半金は、こちらの用が済み次第取りに行くのでなるべく早く用意しておくこと。……払わなかった場合、アナタは風が吹く度に私に怯える日々を過ごすことになるのでそのつもりで』


 …………少し脅かしすぎかもしれない。だけど実際に、これまで代金を払わなかった依頼主には、それ相応の報いを受けてもらっているので嘘は言っていない。まあ指輪の呪いのことなどを考えると、金に換えづらいというのは理解できる。その点は多少は考慮しても良いだろう。


 私はそうして書き上げた手紙を紐で軽く縛ると、それと自分の荷物を持ってテントの外に出る。傭兵の仕事上、いつ何時でも動けるように荷物は常に準備してある。以前ジューネから買った食料や日用品も用意出来たし問題はないはずだ。さて、誰に渡そうか。


 周囲を見渡してみると、何かの作業から戻る所なのか歩いている調査隊の女性を見つけた。手荷物なども持っていないようで丁度良い。一人のようだしあのヒトにしよう。


「……ねぇ。ちょっといい?」

「はい? 何でしょうか?」


 私はその女性に、手紙をここに戻ってくるヒトに渡すようにと頼んで手紙を託す。一応トキヒサにと一言添えておいたが、最悪それ以外の相手であっても構わない。ここのテントに来るヒト種はアシュかジューネ辺りだろうから、最終的にはトキヒサに届くだろう。私は一言隊員に礼を言うと、夜風に当たってくると言ってその場を後にする。


 私の大まかな場所は、既に二度目にダンジョンを出た時にクラウンに伝えてある。あとは指定された場所に移動して合流するだけだ。…………思えばあの時トキヒサにその様子を見られていたのだろう。拠点に戻るまでそわそわしていた様子だったから、何か見たのは間違いないと思う。


 もしかしたら私に話しかけようとしていたのかもしれない。……と言ってもこちらも抜け出すタイミングを考えていたので、多少上の空だったかもしれない。落馬しなかったことに、一緒に乗っていた隊員へ向けて少し感謝しておく。


「……っと、少し急いだ方が良さそうね。“強風ハイウィンド”」


 指定された場所と時間を考えると急いだ方が良い。途中までは遠目に見ても散歩に見えるように歩いていたが、そろそろ人目も無くなってきただろう。私は自分の周囲に風の流れを産み出し、ほとんど飛翔に近い浮遊で速度を上げる。これなら短時間であれば、馬よりも早く移動することが出来るので便利だ。


 私はまさに風と一体化したような感覚で飛び続けた。目的地は拠点とダンジョンの途中にある岩場。本来なら地上の道なりに行くことと、モンスターを避けて遠回りになることから、拠点から岩場までおよそ二十分ほどかかる。しかし私の場合は単独であればそれは当てはまらない。


 飛びながら夜の草原を突っ切り、時折出現するモンスターに気付かれても、そのまま速度を上げて引き離す。さすがにこの速度についてこれるだけのモンスターはそう多くはない。そうして目的地である岩場に辿り着いた時には、多分まだ半分程度しか経っていないと思う。私は軽く周囲の風の流れを探り、まったく生き物らしき反応が無いのを確認して風の流れを解除する。


「…………ぐっ!? はぁ。はぁ」


 地面に降り立つと同時に、酷いめまいと激しい動悸がした。思わずその場に膝をついて胸を押さえる。……やはりここまでほとんど休みなしで来たのは少し身体に無理があったみたいだ。魔力の消耗が激しい。


 本来一、二分の使用が普通のものを、十分近くほとんど連続で使ったのだから無理もないか。そのまま数秒ほどしゃがみこんでじっとする。


「……クラウンが来るまで、少し休んだ方が良さそうね」


 私はポツリと呟いて、近くに有った岩に背中を預けてそのまま座り込んだ。そのまま空を見上げると、今日も三つの月が地上を明るく照らしている。月明かりを浴びていると、どこか感傷的になるから不思議だ。


 もうすぐあの気に入らない依頼人クラウンが来るというのでなければ、さらに良かったのだが仕方がない。待っている間に今回引き受けた依頼の内容を思い返してみる。





 まず私が聞いたクラウン達の計画はこうだ。各自所定の位置に着いたことを確認し、空属性で私とクラウンが城の地下にある牢獄に移動。そのまま騒ぎを起こし、牢獄の看守長であり英雄と謳われたディラン・ガーデンを引き付ける。そこから少し間をおいて、別動隊がパレードを行っている『勇者』を襲撃。


 第一目標は『勇者』のだが、周囲の状況によっては偵察のみで終わることもあり得るとのことだった。『勇者』とは異世界から召喚されるらしいが、今回ヒュムス国がその召喚に成功したという。『勇者』には様々な利用価値があるのだろうな。そうでなければ攫おうなんて思わない。


 私の受けた依頼は依頼人クラウンの護衛。計画自体はあまり気乗りしないものではあったが、今は依頼を選べる状況ではない。そうして私とクラウンは空属性で牢獄に突入したのだが……そこから先の奴の行動は、ハッキリ言って外道と言えるものだった。


 事前に仕込んでいたのだろう。囚人の一人の身体を起点とし、そこから集めておいた凶魔を大量に出現させたのだ。前から準備していたのなら、あとは作動させるだけなのでほとんど魔力も必要としない。


 本来なら私達にも襲い掛かる凶魔だが、事前に凶魔避けの道具を持たされていたのでこちらにはまるで寄り付かない。……貰った時点で凶魔に関わることに気付くべきだった。だが襲われないだけで命令を聞くわけではない。そんな制御不能なものをクラウンは牢獄内にばらまいたのだ。


 そのまま一度牢の外に跳び、凶魔が完全に牢獄内に広まってパニックになるのを待つクラウンに、当然私は食って掛かった。このやり方では目標を引き付けるどころの話ではない。目標以外の牢にいる囚人全てにまで害が及びかねないと。


 しかしクラウンは、それが何だとばかりに耳を貸そうとしなかった。本来なら力ずくで止めるところだが、依頼内容はクラウンの護衛。護衛対象を傷つける訳にはいかない。そんな歯噛みする状況だ。


 ……アイツ。サクライ・トキヒサと初めて会ったのはそんな時だった。

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