第70話 別れへのカウントダウン

 さて。こうしてすったもんだの末になんとか同盟を結んだマコアと調査隊の皆さんなのだが…………。


『左の通路からスケルトンが三体来てる。正面からは……スケルトンが一体とボーンビーストが一体。ちょっと手強いね。どうする?』

「分かりました。正面は私達が抑えます。その間にマコア殿達は左の通路の制圧を。……行くぞっ!」

「おうっ! 隊長に続けぇ!」


 ……意外にうまく回っていた。マコアの入った袋を味方のスケルトンに渡したゴッチ隊長の指示で、正面から来るボーンビースト達を迎撃する調査隊の皆さん。壁を蹴って変則的な動きをしながら襲い掛かるボーンビーストだが、ゴッチ隊長は危なげなく持っていた片手盾で受け止める。


 ゴッチ隊長の装備はオーソドックスな片手剣と片手盾。小型の盾で相手の攻撃を防ぎながら、隙が出来たら剣で反撃していくスタイルだ。そしてまさに、受け止められて動きの止まった今のボーンビーストは絶好の的。残った剣で首を狙うも脚を切り落とすも自由自在。だが……。


「ふんっ!」


 ゴッチ隊長は剣で切りつけることもせず、そのまま盾で弾いてボーンビーストを吹き飛ばす。ボーンビーストもそのまま無様に叩きつけられるということはなく、空中で体勢を整えてシュタッと着地する。見れば他の人達もそうだ。


「囲め囲めっ! 隊長に後れを取るなよ」

「しかし倒さないように戦うって言うのは案外難しいよな」

「まったくだ。おらおらこっちだこっち!」


 調査隊の人達も、スケルトンを翻弄しつつも攻撃は極力していない。してもせいぜい持っている武器を狙うくらいだ。それもそのはず。のだから。


『こっちは終わったよ。あとはその二体をおとなしくさせるだけだ』


 マコアの合図で隊長達は一斉に後退する。それをチャンスだと捉えたのだろう。ボーンビーストと野良のスケルトンはこちらを追ってくる。だが、それはこちらの思惑通り。追いすがる二体の前に、


 目の前に障害物が現れたことで、僅かに動きを鈍らせる二体。だがその一瞬こそが完全に勝敗を分けた。マコアを持ったスケルトンが二体に近づき、袋ごと目の前にかざす。すると袋から青く眩い光が出てボーンビースト達を照らし、二体はそれでおとなしくなる。


『これで良しっと。もう近くには居なさそうだね』

「分かりました。二班は周囲への警戒態勢を維持。残りの班は集合してください。それと怪我をした者は掠り傷であっても報告を」


 マコアの言葉を聞いたゴッチ隊長の指示で、調査隊の人達はきびきびと素早く整列する。スケルトン達と今おとなしくなったボーンビーストも同じだ。怪我人はどうやらいないらしい。やっぱり安全第一だよな。


 調査隊は幾つかの班に分かれていて、ダンジョンにはその内一、二、三班が来ている。ゴッチ隊長によると、屋外の戦いとは違ってこういうダンジョンの調査の場合は、少人数の班をいくつも作る方が効率が良いという。確かに手分けした方が良い場合も多いからな。勿論人数が少なくても生還できるだけの実力が必要不可欠ではあるけれど。


 ……ちなみに班分けは以前アシュさんから教わったやり方を参考にしているらしい。アシュさん影響力高すぎ。


「皆さん。同盟者であるマコア殿のおかげで、ここまで探索は順調に進んでいます。またマコア殿の提案通り、出てくるスケルトンやボーンビーストを無理に倒そうとせずに制御下に置くことで、戦力の増強及び体力の消耗を避けることも中々上手くいっています」


 再びマコアの入った袋を首から下げたゴッチ隊長は、整列した調査隊及びスケルトン達の前で朗々と語る。調査隊の人達は全員直立不動の体勢で音もたてずに聞いている。スケルトン達は聞いているんだかいないんだか分からない。


「しかし、だからと言って油断は禁物。アシュ先生も仰っていました。“上手くいっている時にこそ一度落ち着いて考えろ”と。ダンジョンコアとの対話や共闘など、初日から慣れないことばかりで全員見えない疲労が溜まっているはずです。なのでここで本日の探索は終了とし、速やかにダンジョンを出て拠点へと帰還します。……よろしいですかマコア殿?」

『うん。まあそこは仕方ないよね。じゃあ入口の近くまで送るよ。また制御下にない相手が出るかもしれないし』

「心遣い感謝します。では皆さん。今の戦闘で装備が壊れていないか点検を。五分後に出発します」

「「おうっ!」」


 その言葉を皮切りに、各自で装備の点検や調整を行う調査隊の人達。う~む。前々から思ってたけどノリが体育会系のそれだ。やはりちゃんとした組織って言うのはこういうもんなのかな? それともここが特別なんだろうか?





「…………ってか、俺達マコアとの交渉の時以外はいなくても良かったんじゃないか?」

「……そうかもね。調査隊の練度は相当高いし、スケルトン達との連携も即興にしては上手くいってると思うわ」


 やることもなくそうポツリと漏らした呟きに、エプリも言葉少なに同意する。……だって俺達まだ一回も戦ってないよ! まあ元々俺は強いとは言えないけどさ、俺の所に来る前に速攻でケリが着いちゃうんだよ! マコア自身がこのダンジョンをよ~く知っている訳だからエプリの探査も使う意味があんまりないし。…………本格的に俺達要らない子じゃないか?


 ボジョなんてさっきからまるで出番がないのでむくれている。……それは分かったから触手で頭を叩くのはやめてくれ。さっきから調査隊の人達が不思議そうにこちらを見ているじゃないか。


「…………見たか今の? まさかあれってケーブスライムの幼体じゃねえか?」

「馬鹿言え。ケーブスライムって言ったら成長したらA級冒険者でも手こずる上級指定のモンスターだぞ。それがホイホイテイムされてたまるか。……多分ウォールスライムの亜種とかそんなもんだろ。それでもテイムされるのは珍しいと思うが」

「そ、そうか。そうだよな。ハハハッ」


 …………なんか妙なこと言ってるな。ケーブスライムがどうとか。ボジョは確かウォールスライムのヌーボの一部だったよな。それじゃあボジョもウォールスライムだ。よほどそのケーブスライムって言うのはウォールスライムに似てるらしい。


「よく分からないけどボジョはボジョだよな」


 そう言ったら今度は触手で頭をナデナデしてきた。スライムのナデポというのは少し斬新な気がする。しかしひんやりしていて中々に気持ちいいな。夏場とかは重宝するんじゃないか? 水枕ならぬスライム枕とか。……ダメかな?


「…………でも、頼られないのはある意味好都合じゃない? 

「……そうだな」


 俺達は一度ダンジョンから離れて町へ向かう。これはゴッチ隊長やマコアにも話していることだ。本来なら俺もダンジョン調査と攻略を見届けたいところだが、幾つかやるべきことがあるので仕方がない。


 一つ目は、俺の持っている指輪の解呪をアシュさんの知り合いに頼みに行くこと。今はまだ問題はなさそうだが、いつ呪いが周りに降りかかるか分からないからな。例えるならいつ爆発するか分からない爆弾を持っているようなものだ。解呪できるんなら早い方が良い。


 今はその人の正確な居場所はアシュさんも知らないらしいのだが、もう何日かしたら情報が入ってくるという。どういう事かは教えてくれなかったが、まあ待ってろよとアシュさんは余裕の表情だ。


 二つ目は、ゴッチ隊長の上への報告に証人として立ち会う事。本来なら俺達だけ先に町に行って、ゴッチ隊長は調査が一段落してから来るはずだった。しかしダンジョンコアとの共闘という特殊事例は流石に一度説明しないといけないという訳で、予定を繰り上げて少人数で一度戻るという事だ。ちなみに戻るまでは副隊長に一任するという。


 そしてその副隊長はなんとあのラニーさんだったりする。薬師と副隊長の兼任って珍しいと思ったが、本来の副隊長が色々あって町に残っているので仮の役職らしい。


 三つ目は物資の補充。これはジューネのことなのだが、何だかんだダンジョン内で食料やら道具やらをかなり消費したため売り物の補充をしなければならないという。確かに商人にとって品物不足は切実な問題だ。


「だけど、マコアも了承してはくれたけど…………やっぱり悪いからな。俺が言い出したことでもあるし、諸々片付いたら速やかにここに戻って力にならないと。しかしどんどんイザスタさんの所に行くのが遅くなるなぁ」

「……私としてはあの女は苦手だから会わなくて良いのだけどね。まあ会ったら会ったで次は負けるつもりはないけど」


 エプリはそう言いながら僅かに顔をしかめる。よっぽど最初に会った時にやられたことが気に入らないみたいだ。勝ったと思ったらいつの間にか眠らされたんだもんな。次に会ったらまた戦闘にならないか不安だ。頼むからおとなしくしてくれよ。


「…………と言っても、その時には私はもう居ないのだろうけどね」


 エプリのその言葉に俺は思い出していた。ダンジョンから出て町へ向かうこと。つまり、エプリの俺との契約は…………もうすぐ、終わるのだと。

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