第59話 混血

「……見えてきたわ」


 エプリのその声を聞いて、俺は顔を上に向ける。そろそろ赤くなった顔も落ち着いただろう。降りかかる瓦礫の中、俺達が入ってきた場所が見えてくる。入口でジューネが心配そうにこちらを見ている。アシュさんは見えないが、外からの相手を警戒しているのだろう。


 それを確認すると、エプリは上昇しながらフードを被りなおす。やはり素顔は見せたくないらしい。綺麗だから堂々としていれば良いと思うのだけどな。


「……一気に行くわよっ!」

「えっ!? どわああぁっ!?」


 そこでグンッと速度が上がり、俺は一瞬舌を噛みそうになる。というか繋がっているのが手だけなので、もう俺の身体が揺れる揺れる。せめて足にでも掴まろうかと思ったが、美少女の足に掴まる男という構図は見た目が非常によろしくないので必死に耐える。エプリが聞いたら何をバカなことをって言われるかもしれないが、一応男には意地と見栄があるのだ。


 どんどん近づいてくる出口。底まで行くのは時間がかかったが帰りは早い。そして、


「つ、着いた~」


 出口に飛び込むように入り、俺は投げ出すように降ろされる。着地のショックでゴロゴロと転がり、そのまま床に大の字になってそう呟いた。俺達が入るのとほぼ同時に、入口の部分がスライドして元の壁に戻る。


 腕にツンツンと触られる感覚が有るので見てみると、そこにはヌーボ(触手)が居た。ヌーボ(触手)が取っ手を引っ張るのを止めたので、壁が元に戻ったようだ。その近くにバルガスが横になっているのが見える。


「ふぅ~」


 …………いかん。辿り着いたと思ったら一気にどっと疲れが。肉体的には多分まだ行けると思うのだが、これはどっちかというと精神的な疲れだな。何せまさにダンジョンと言うべき罠と戦いの連続だったから。


「おいっ! エプリも大丈夫か? …………エプリ?」


 ここまで飛んできたエプリもさぞ疲れているだろう。ジューネの分も含めれば二往復だからな。俺はエプリに声をかける。しかし反応がない。不思議に思って顔だけ動かして投げ出された方を見る。すると……。


「っ!? エプリっ!!」

「エプリさんっ!」


 エプリは突如フラッと体勢を崩し、そのまま倒れこんでしまう。俺は疲れていたのも忘れて急いで駆け寄った。ジューネもだ。アシュさんは周囲を警戒しながらなので遅れてやってくる。


「おいエプリしっかりしろ! エプリったらっ!」


 声をかけても返事がない。まさかと一瞬嫌な想像が頭をよぎったが、呼吸はしているのでちゃんと生きている。どうやら意識がはっきりしていないだけのようだ。そう言えばさっきボーンバットが額を掠めていたな。もしかしてそれだろうか? 急いで抱え起こしたのだが、揺さぶったりするのはこういう場合良くないとどこかで聞いた気がする。どうしたら良いんだ?


「……はぁ。はぁ。だ、大丈夫よ。少し、疲れが出た、だけだから」

「疲れって、頭に怪我をしているじゃないですか! まずはそこの治療を」


 意識が朦朧としているエプリに対し、ジューネがエプリの額から流れる血を見て言うと、リュックサックからポーションを取り出す。患部に直接掛けるタイプのものだ。ジューネは傷口に直接掛けるためにエプリのフードを取る。エプリは手を伸ばして払おうとするが、力が入らないのかされるがままだ。だが、


「っ!? …………雪のような白髪に赤眼。エプリさん。貴女は…………」

「成程。何か隠してるとは思っていたが…………そういう事か」


 エプリの素顔を見たジューネはその手をピタリと止め、何かとても良くないモノを見たかのように表情を強張らせる。アシュさんもひどく困ったような顔でエプリを見ている。


「……ジューネっ! 早くポーションをっ!」


 俺はそう急かすのだが、ジューネは何故かそのまま動かない。


「…………ああもうっ。貸してくれっ! 俺がやる!」


 じれったい。俺は半ば奪い取るようにポーションを手に取ると、傷口にそのまま中身を振りかける。傷自体は深くなかったようで、見る見るうちに傷が塞がっていくのはいつ見ても凄い。よしっ! 次は体力の回復だ。


 俺は以前ジューネから日用品を買い込んだ時、一緒に買っておいたポーションを取り出してエプリの口元に持っていく。即効性はないが、少しずつ身体の体力を回復させる品だ。強力な栄養剤のような物だと思えば分かりやすいだろうか?


「…………んぐっ。んぐっ」


 エプリはどうにかポーションを飲み干すと、床に片手をついて自力で身体を起こす。そして頭を軽く二、三度振って額に手を当てる。そこで自分のフードが外れていることに気づいたようで、慌てたように周囲を見渡す。そして自分に視線が集まっているのを自覚すると、


「………………見てしまったのね。私の顔を」


 そう呟いて再びフードを被りなおした。……あれっ!? 俺の時と態度違わないか? 俺の時は「…………殺す。私の顔を見た者は生かしておけない」なんて言って襲いかかってきたのに。…………いや、あの時は俺が綺麗だって言ったことが原因か。顔を見ただけなら口止めすればいいって言ってたもんな。


「見てしまいました。…………トキヒサさん。貴方はこのことを知っていたんですか?」


 ジューネが俺の方を見て聞いてくる。エプリの素顔を見たことが有るっていう意味ならそうだな。俺はうんうんと頷く。


「…………そうですか」


 なんだろう? ジューネの顔つきがかなり険しくなっている。そして何かを思案しているようだが、エプリの顔がどうかしたのだろうか?


「……なあトキヒサ。トキヒサは一緒にいるのか?」

「どういう存在かって……」

「待ってっ!」


 アシュさんの質問がどういう意味か考えようとしたところで、横からエプリの鋭い声が飛ぶ。その声には、それ以上の言葉を許さないという強い意思が込められていた。


「……どうやら知らなかったみたいだな。じゃあ良い機会だからエプリの嬢ちゃん。ここで色々ぶっちゃけちまうことを勧めるぜ。トキヒサが何故知らなかったのかは置いとくが、幸いここにはほとんど誰もいない。俺達は少し離れておくから、じっくり腹を割って話すと良い」

「アシュ。それは」

「良いんだ。ほらっ。俺達はちょっくら離れて休むとしようや。お前だってまだ疲れてんだろ? 横になってゆ~っくり甘いもんでも食べてな。俺はこの通路にスケルトンが入ってこないように罠を仕掛けてくる」


 ジューネが何か言おうとするのを遮り、半ばムリヤリ一緒に少し離れたバルガスとヌーボ(触手)の所まで離れるアシュさん。ヌーボ(触手)は空気を読んでいるのかこちらの方に近づいてこない。いや、空気を読まなくても良いから近くにいてくれよ。こんな状態のエプリと二人にしないでくれ。





 残された俺達は無言で向かい合った。側から見るとお見合いか何かのように見えるかもしれないが、俺達の間にはどんよりとした重苦しい沈黙がある。


「……なあ? さっきアシュさんが言ってたことってどういうことだ?」

「………………」

「エプリがいつもフードで顔を隠しているのと…………何か関係あるのか?」

「………………」


 エプリは何も話そうとしない。フードの下にかすかに見えるのは、どこか不安げに震える唇ぐらいだ。何か言おうとしているようにも見えるが、そこからは中々言葉が出てこない。


「……そっか。何か言いづらいことみたいだな。そんじゃあ今は言わなくても良いんだぞ。誰だって言いたくないことの一つや二つくらいあるって。うん」


 俺は頭をボリボリと掻きながらそう提案する。エプリが何かを伝えようとしているのは分かる。しかし言う切っ掛けが掴めないってことは結構あるもんだ。俺も時々ある。なら、無理に聞き出さない方が良いと思うんだ。


 それに、いつも冷静なエプリがこんなになるってことはよっぽどだしな。震える美少女にムリヤリ尋問みたいなことをするのは気が引けるし。という訳で聞き出すのはやめとこう。……ヘタレとか言われるかもしれないけどな。


「アシュさんやジューネの反応は気になるけど…………まあ何とかなるさ。だから……」

「………………待って」


 俺が一足先に他の人の所に行こうとすると、俺の服の袖を掴んでエプリはそうポツリと囁くように言った。先ほどとは違い、どこか弱々しくも身体から絞り出すような声だ。俺が振り向くと、エプリは軽く深呼吸をして…………自分からフードを取った。


「エプリ……」


 その下にある白髪赤眼の妖精のような顔立ちは、やはりとても綺麗だと思う。これは俺の正直な意見だ。


「…………言う。言うわ。……元々ここを出る時に話すつもりだったしね」


 本当だろうか? 今の様子から察するにとても言えたとは思えないけど。エプリは自分の髪の毛にそっと触れると、それを複雑そうな目で見つめる。それは憎しみや嫌悪の感情に見えたが、どこかそれとは違う何かの感情があるようにも思える不思議なものだった。


「…………この髪と瞳の色。これは混血の特徴なの」

「混血? つまり両親が違う種族ってことか?」


 俺の言葉にエプリは静かに頷く。…………待てよ。この流れはマズイ! つまりこの場面で自分が混血だって明かすということは。


「…………予想できたみたいね。そう。……アナタはけど、。……分かる? 私はこの世界において、居るだけで嫌われる厄介者なの」


 エプリはそう言うと、痛々しさと切なさの混じったような笑顔を浮かべた。このダンジョンに来たばかりの頃、俺との会話の中で見せたものと同じ……どこか見ている方も辛くなるような笑顔だった。

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