第56話 無双(に見える耐久戦)

「でやああぁっ!」


 俺は貯金箱を片手に突撃した…………のだが、当然このままでは迎撃されるのは目に見えている。いくら一体一体はそこまで強くなくとも、何十体もいるところに無策で飛び込んだらやられるのは火を見るより明らかだ。なので、まずは陣形を崩す。


「これでも……喰らえっ!」


 俺は手に握った銀貨をスケルトン達に向けて投げつけた。正確には直線的に投げつけるのではなく、スケルトン達の頭上に来るように放り上げる。そしてなるべくスケルトン達の中央に来るタイミングを見計らい、


「金よ、弾けろっ!」


 その声と同時に銀貨が光ったかと思うと、多くのスケルトン達を巻き込んで炸裂する。味方同士で密集しているから避けることが出来なかったのだ。閃光と共に爆炎と爆風が巻き起こり、周囲一帯は煙に包まれる。


 下手をすれば階段ごと巻き込む危険な手だが、衝撃の大半はスケルトンが壁になるから何とかなるだろう。銀貨一枚は正直割に合わないが、これで少しでも全体の陣形を崩せれば儲けものだ。そう思ってやった手だが、


「…………なんか前よりも威力が上がってないか?」


 予想よりも爆発の規模が大きい。直撃してダメージを受けたのは四、五体。流石銀貨と言うべきか、その四、五体は皆上半身に甚大なダメージを受けている。頭蓋骨が砕け散ったもの。肩の関節が吹き飛んだもの。一番ダメージがデカいのは、上半身が丸々大破したものだろう。これはもう一度同じことをしたら本当に階段が保たないかもしれん。


 ゴリラ凶魔に使った時は本人の皮膚の強度もあってか、腕の肉を数センチ抉るだけのものだったからそこまでの威力ではないと考えていた。しかしこの惨状を見ると、思っていたよりも威力がエグイ。こんなもの普通の人にやったらスプラッターなことになってしまう。


 幸いと言うかスケルトン達は骨だけなので、血も流れなければ肉片が飛び散るようなこともない。だがなんとなく、戦う相手だというのにすまない気になってくるのだから不思議だ。


「なんかゴメン。しかし、こっちも加減が出来るほど強くはないからな。やられたくない奴は道を開けろよっ!」


 さっきの爆発により、直接受けてはいないスケルトンでも爆風で大半が体制を崩している。武器を持つ手がショックで外れたり、足の骨が外れて膝をついているものもいる。今しか懐に入る機会はない。


 俺はそう叫びながらスケルトン達の中に飛び込んだ。一応降伏勧告をしたんだが、当然のことながらどのスケルトンも道を開けようとはせずに武器を構え直そうとする。そうかい。ならば、こっちも暴れるだけだ。


 俺はスケルトン達の中で貯金箱を振り回した。狭いところだが、そこは力を入れて強引に振りぬく。当たる端から砕けていくスケルトン達。やはり骨だけの身体だから相当脆いようだ。カルシウム不足かもな。しかしスケルトンは胸部の奥辺りにあるダンジョン用核を何とかしない限り、頭部が取れようが関節が外れようが動き続ける。


 目的はエプリの“竜巻”が出せるまでの時間稼ぎだが、守勢に回っていたら押し切られる可能性がある。ただでさえ相手の数が多いのに、まだまだ続々と壁から出てきているからな。おまけに相手にも弓を持った奴が居る。持久戦は悪手だ。ならば、こっちから攻め込んでとにかく数を減らすしかない。





「うるああぁっ!」


 剣を振り下ろそうとしてきた奴に、下から貯金箱を振り上げて腕ごと剣を弾き飛ばす。そのままの勢いで貯金箱を投げつけ、奥から弓矢でエプリ達を狙っていた個体の胸部に叩きつける。


 俺の武器が無くなったとばかりに左右からそれぞれ槍で突いてくるのを、片方に銅貨を投げつけて撃退。もう片方の攻撃を、再び貯金箱を手元に出現させ、受け止めてそのまま弾く。槍の手入れはイマイチだったようで、それだけでぽっきりと折れてしまう。武器のなくなったスケルトンに、お返しとばかりに蹴りを入れて通路から放り出した。そのまま穴に落ちていくスケルトンを見届けもせず、俺は次のスケルトンとの戦いに臨む。


 この部分だけ抜き出すとどこの無双系の主人公だと思うかもしれないが、実際はそこまで無双しているわけでもない。元々スケルトン達の動きは鼠凶魔などに比べれば大分遅いし、どこかカクカクしているから次の動きが読みやすい。それでも何回かは躱し損ねて身体のあちこちに傷が出来ているし、自分が穴から落ちそうになってヒヤッとしたのも一度や二度ではない。


 戦っていて改めて分かったのだが、俺の頑丈さは結構な物だったりする。一度途中で脇腹に斧の一撃を受けた時はもうだめだと思った。しかし、痛いは痛いのだが大した傷にはならなかったのだ。勿論斧自体が手入れが悪かったというのもある。刃こぼれもあって切れ味は相当悪かったようだしな。


 だが考えてみれば、これまで牢屋で床に顔面ダイブしたり、額に“風弾”を何発も受けても平気だったことを思えばこれくらいは大丈夫なのかもしれない。


「ま、まだまだぁ。かかって、こいやぁ」


 しかしいくら何でも体力が無限というわけじゃない。俺ははぁはぁと肩で息をしながら周りのスケルトン達を睨みつける。もうスケルトンを何体倒したか分からない。しかしコイツらは尽きることなく湧いてくる。元々俺は戦い方なんてろくに知らないのだ。だが何とか戦えているのは俺の加護と、以前イザスタさんの戦い方を見ていたのが大きいのだろう。


 あの人の戦い方には無駄がなかった。つまりはそれだけ体力を消費しない戦い方だ。途中でそのことを思い出し、なるべく無駄な動きを抑えるよう努める。だが、そういう戦い方もあくまで見様見真似。少しずつだが確実に体力は削られていった。もう身体のあちこちがギシギシと鳴り、まるで数十キロの重りでも付けているかのように重い。だが、


「エプリの準備が出来るまで、ここを、通さないぞ」


 それでも俺は戦うのを止める訳にはいかない。まだ時間稼ぎが終わっていないのだ。…………なんだか牢屋での一件と言いここと言い、時間稼ぎばっかりしているな。次は金を稼ぎたいね。そんなことを考えるくらいにはまだ余裕があるかもしれないが、そろそろキツくなってきた。頼むから早くしてくれエプリ。


「……準備できたわっ!! そこから離れてっ!!」


 その言葉を待ってたぜ。俺は身体中の力を振り絞ってスケルトン達に銅貨を散弾のようにばらまき、半ば転がり落ちるようにエプリ達の所に戻る。


「……待たせたわね。疲れた?」

「なに。もう二、三十分くらい余裕だったさ」


 俺はヨレヨレの状態ながらもニヤッと笑ってみせた。こういう時でも男は見栄を張らなければならないのだ。エプリはそんな俺を見て、フッと呆れたように笑う。その彼女の周囲には、風が俺達を護るように渦を巻いて吹き荒れている。以前見た“竜巻”の時よりもさらに凄そうだ。


「……ジューネ。これから突破口を切り拓くわ。かなり反動があると思うから、しっかり私に掴まっていて」

「わ、分かりました」


 ジューネはガシッとエプリの腰のあたりに手を回す。と言ってもどちらもかなり小柄な方なので、こんな状況でなければ何故かほっこりする見た目である。


「ついでに俺も」

「アナタは自力で踏ん張りなさい」


 即答である。いつも……と少し間をおいて話すエプリがノータイムでバッサリである。あと微妙に視線が冷たい。やだなぁ。冗談だって。だから、ジューネもそんなジト~っとした視線を向けないように。……ほらっ! スケルトン達が手に手に武器を構えてまたやってきたぜ。だから早いとこ何とかして!


「……それじゃあ行くわ」


 その言葉と共に、周りに吹き荒れる風が一段と強くなり、目に見える小型の竜巻が二つエプリの前に出現する。二つ? 牢屋で戦った時は三つ出していたと思うが、魔力の温存かね?


 そう思った時、なんと小型の竜巻が二つぶつかったかと思うと一つに重なった。その分勢いを増し、もはや俺自身踏ん張るのがだんだんきつくなってきている。スケルトン達の中にもこの余波だけで穴に飛ばされ始める個体が現れる。これはヤバいぞ!


「…………風よ。今一つの槍となり、我が敵を薙ぎ払え」


 エプリはそこで両手を前に突き出し、それに合わせるように一つとなった竜巻も前方に向けてやや角度を変える。まるで巨大な風の槍のように。……待てよ? さっきの俺の銭投げ(銀貨)で大分階段にもガタが来ていたよな。そこにこんな凄そうな風魔法が決まったら……。


 そして、エプリはその言葉を紡ぐ。


「……吹き抜けろ。“大竜巻ハイトルネード”」


 次の瞬間、巨大な風の槍がスケルトン達ごとこの階層を貫いた。

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