第55話 避けられない戦い

 ペースの上がった俺達は、上りだというのに来る時と大して変わらない速度で進んでいた。やはり一番体力のないジューネが、俺達と同じくらいのペースになったのが大きい。


 しかし、延々とただ壁沿いに走り続けるのは思考力が低下するな。いつまで行っても変わらない景色。周りは薄暗く、明かりと言ったら各自で持っている松明やカンテラ。俺の周りに浮いている光球くらいのものだ。現在殿を務めている俺からは、前を走る二人の明かりがチラチラと見える。通路の幅は大人が三、四人並んだらつっかえるくらいのものでしかなく、中央の穴に気を付けながら進むのは地味に大変だ。


 ふと思ったのだけど、この部屋の仕掛けは侵入者を倒すためだけにしては効率が悪すぎる気がする。宝を護るためと、侵入者を逃がさないために罠が有るのはまだ分かる。しかし、それにしたって肝心の宝が失われるような事態になればマズいはずだ。それなのに、床や階段が徐々に崩落していくようなここの罠。まるで宝が外に持ち出されるぐらいなら、まとめて落ちてしまった方が良いと言わんばかりのやり口だ。


「エプリ。まだ俺達が入ってきた所は見えないか?」

「……まだ見えないわ。走った時間から考えると、着かないにしても半分はもう越しているはずだけど……」


 体力の消耗を抑えるために極力喋らないようにしていたが、これだけ走ったのだからそろそろ目安ぐらいはついたかもしれない。そう思って聞いてみたのだが、俺の言葉にエプリは疲れたような声で返す。


 それはそうだろう。エプリは階段を上りながら、ボーンバット軍団を足止めするための“強風”と、ジューネの身体を押すように別の風魔法も使用している。一つ使い続けるのも大変なのに、二つ同時に使っているのだからその疲労は想像に難くない。


「出来るなら少し休みを挟みたいところだけど…………無理だろうな」


 少しの間立ち止まって耳を澄ませてみると、かなり近くからキイキイという鳴き声が聞こえてくる。そろそろ“強風”を抜けてきたボーンバットが追いつきつつあるようだ。それにどこからかガラガラと石が崩れるような音も聞こえてくる。階段の崩落も順調に近づいているようだ。止まってはいられないか。俺はまた走り出す。


 こんな時、アシュさんの言っていたことが切実に感じられる。確かにダンジョンの中では休める時に休んでおかないとダメだ。俺達はここに入るまでに休息をろくに取らずに来た。そのため階段の途中でジューネは早々にへばりかけ、エプリも疲れが取れ切っていない状態で連戦をする羽目になった。


 さらにこういう出口の見えない行動は、長く続くと心身ともに辛い。せめて何か、もう少しで辿り着くという目印でもあれば…………。


『…………もう少しだよ。頑張って』

「うんっ!?」


 今、誰かに応援されたような気がした。あわてて首を左右に振るが、特に何かいるようには見えない。


「……見えたわっ! 出口よっ!」


 ハッとしてエプリの声で上を見上げると、小さく俺達が入ってきた所が見える。チラチラとそばに明かりらしきものも見えるから、アシュさんがそこで待っているのだろう。やったぞ。出口だ! まだそれなりに距離があるが、それでもハッキリと終わりが見えてきたことで気合が入る。心なしか、前を走るエプリとジューネの走りもより力強くなった気がする。


 ……それにしても、さっきのはエプリの声だったのだろうか? それにしては声の調子が違った気がしたけど……気のせいか?


「もう少しっ。もう少しで着きます」

「おうっ! もう少しだ。ガンバレっ!」


 いくら追い風で走りやすくなっているとはいえ、もうジューネは体力的には限界だ。それでも目的地が見えたことによって、何とか足を止めずに走り続けている。俺もその勢いを止めてなるものかと、後ろからジューネを鼓舞する。このままのペースで行けば、あと数分で辿り着くだろう。このまま何事も起こらなければ……。


「……止まってっ! 前方に何かいるわ」


 何事も起こらなければいいなんて思った直後にこれだよっ!! 前を走っていたエプリが鋭く叫んで構えを取る。さりげなくジューネを庇うように前に出ているのは流石だ。こちらも立ち止まって前方の様子を探ると、ぼんやりと何かが階段の途中に立ちふさがっているように見える。


「今度は何だ!? またボーンバットが先回りしてきたか?」


 もう少しで出られるって時に邪魔するんじゃないっての!! 俺は立ち止まっているエプリの横に歩み出る。どこのどいつか知らないが、早いところそこを退いてもら…………え~。


 そこに居たのは、通路の大半を埋め尽くさんばかりの大量のスケルトン軍団だった。自分達が動く僅かな隙間を残し、ほぼ等間隔で規則正しく整列している様子はある意味で美しくもある。しかし、それがスケルトン軍団でなければの話だが。骸骨が団体さんで整列しているのは普通に不気味である。


「どうあっても逃がさない気か。一体どこから湧いてきたんだコイツら?」

「あっ!? あれを見てください!」


 突如ジューネが先の通路の途中にある壁の一部を指さす。よく見ればそこにはボーンバット達が入ってきたのと同じく穴が開いており、そこからスケルトンが次々と入ってきているのだ。……しまった。来る時には暗さと下りることに集中していたため分からなかったが、あそこの壁にも仕掛けがあったのか!


 どうやらスケルトン達に上に登っていくような動きはないが、明らかにこちらが上に行けないように道を塞いでいる。たらればになるが、こちらに網を設置しておけば良かった。そうすれば網も無駄にならずに済んだのに。


「先に進むには……やるしかないってことか」

「……そのようね」


 俺は片手で貯金箱を構え直し、もう片方の手でポケットの中の硬貨を握りしめる。エプリもジューネにかけていた風魔法を解いて、いつでもスケルトンに攻撃を放てるように油断なくスケルトン達を見据えている。


 ジューネはエプリの後ろに隠れているが、リュックサックをおろして何かゴソゴソとしている。何かこの事態を打破できるアイテムでもあれば良いんだけど、「あれでもない。これでもない」なんて不安な言葉を言っているからあまり期待は出来そうにない。


「……来るわ!」


 遂にスケルトン達が整列しながら階段を下りてきた。手に手にそれぞれボロボロの剣や斧、槍や弓を持ち、一糸乱れぬ正確さでこちらに向かってくる。そして正確だからこそ、その動きには一切の感情が感じられなかった。凶魔のように凄まじい殺気を持って襲い掛かるのでもなく、ただひたすら淡々と動く機械に近い。


 ……これは試さなくても分かる。コイツらには話し合いはおそらく通用しない。そして階段の大半を占めているから避けて通ることも出来ない。……戦うしかない。


「私はジューネを護りながら“竜巻”の溜めをするから、それまでなるべくアナタは時間を稼いで」


 仕方ないか。確かにあれだけの数をまともに一体ずつ相手にしていたらキリがない。そしてぐずぐずしていたら下から床の崩落が追いついてしまう。それなら一発デカいのを食らわせて、道をこじ開けて突破した方が良い。


「一応言っておくけど…………死なないでよ。アナタも護衛対象なのだから」

「気遣いありがとよ。…………行くぞっ!」


 俺は貯金箱を盾のようにかざしながら、目の前のスケルトン軍団に突撃を敢行した。

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