第41話 取引成立?

「取引ですか。…………良いですとも。何がご入用で?」


 取引と聞いてジューネも口調が変わる。商人モードとでも呼ぼうか。


「こちらが望むのは、明日アナタ達が出発するまでにそこで寝ている男が起きた場合、その男もそちらの用心棒が護衛するということ。最悪起きなかった場合、男を運ぶために使えそうな道具と、なるべく長い間ここのモンスターから襲われないようにする為の道具の提供。当然アナタなら持っているわよね」


 エプリは断言するかのように言う。確かにこれだけ用意の良いジューネなら、いざという時のためにモンスター避けくらい持っているだろう。それがあれば待っている間の危険は確実に減るし、眠っている男を移動させるのにも役に立つだろう。


「有りますともお客様。我が商店は取り扱いの幅が広いことが数少ない自慢でございますから。しかしお客様。それだけのご要望となるとこちらとしてもタダという訳にはまいりません。それに見合うだけのお代を頂かないと」


 パチパチと音を立てる焚き火の傍で向き合う少女二人。場所的にここは暖かいはずなのに、何故か二人の近くだけ温度が下がっていく感じがする。


「……当然ね。しかしこちらにはそれに見合っただけの現金はない。だけどアナタ言ったわよね? も商品として取り扱っているって。お代の代わりにそれで払うというのはどう?」

「……どのような情報で?」


 情報という言葉に興味を惹かれたのか、ジューネも先を促してくる。しかしそんなものあったかな? 流石に俺が別の世界出身だってのは話せないしな。加護のこともジューネに話したらどんなことになるか分からないし。


「……私達が提示するのは、私達がここまで来るのに辿った道のりそのもの。部屋の様子や通路の数。どこでどれだけの敵と遭遇したか。全てハッキリと頭の中に入っているわ。……何ならここで書き写してみせましょうか?」


 エプリのその言葉に、ジューネは口元に手を当てて少し考え込んだ。確かにこれまでの道筋は大体頭の中に入っているし、宝探しをする者の嗜みとして時々道のりを地図に書いていたりする。エプリもちょくちょく俺の書いた地図を見て、細かいところを手直ししてくれたからこれなら少しは価値がある……のか?


「…………その情報が正しいという保証はありますか? 一応情報の真偽は確かめませんと」

「……保証はないわ。これは私を信じてもらうしかない。ただ私の探査能力と合わせて考えれば、かなり高い精度の情報にはなっていると思う。……アナタが貰える見返りはさぞ大きいでしょうね」


 凄まじく強引な交渉だ。こっちには情報が正しいと証明する方法は無い。向こうも確かめるには実際に近くまで行ってみるしかないが、今から引き上げるというのにそんな余計な場所に寄っている暇はない。


 普通なら向こうはこんな提案に乗る必要はない。しかしもしこの情報が真実なら、それを持ち帰れば相当の価値になることは確実。ジューネの考えているのは多分そんな所じゃないだろうか?


「なぁ。ちょいと良いかい?」


 そこへ通路脇でずっと見張りをしていたアシュさんが割り込んできた。位置は動いていないが、どうやら話の内容は聞こえていたらしい。


「その情報。多分本当だと思うぜ。少なくとも嘘は吐いていない」

「……そうですか。……ではお客様。そのお取引、受けさせて頂きます。明日私達が出発するまでに男が目を覚まさなかった場合は荷物をお渡しし、目を覚ました場合はうちの用心棒がその男も護衛対象として近くの町まで連れていきます。以上でよろしかったでしょうか?」


 アシュさんがそう断言すると、ジューネは悩んでいた様子をガラリと変えて取引を受けると言い出した。余程アシュさんのことを信頼しているらしい。


「……やけにあっさり受けたわね。もう少し粘るかと思ったけど」

「商売では機を逃す者は二流だと考えておりますので。……ただしお代は前払いでお願いいたします。同行する場合は脱出した時で結構ですが、そこの方が目を覚まさなかった場合は荷物と引き換えに頂くという形に」

「成程…………この条件で大丈夫かしら? 雇い主様?」


 突如こちらに振ってくるエプリ。いや、そのまま進めちゃって良いんだけど。一応雇い主だからって気を使っているらしい。お代が前払いの件も、俺達の脱出を待っていたら何日かかるか分からないからな。先に貰っておいた方が良いというのは分かる。俺は何も言わずにただ頷いた。


「……どうやら交渉成立みたいね」

「はい。それでは情報の件、よろしくお願いいたしますね」


 こうしてエプリの機転によって、ジューネとアシュさんの協力を取り付けることに成功したわけだ。そのまま俺達はこれからのことを話し合った。人を運ぶために必要な物は何があるとか。モンスター避けの道具の実演とか。





 そうこうしている内に夜中になってしまった。ダンジョン内では朝も夜もないのだが、だからと言って生活リズムを崩す必要もない。野宿用の寝袋等もジューネから購入した。という訳で、俺達は交代で見張りをしながら一夜を過ごすことになった。のだが……。


「本当に俺達が先に寝て良いんですか? 周りの見張りと火の番くらいなら今の俺でも行けますよ?」

「良いって良いって!! いきなりダンジョンに跳ばされた上に、さっきは相手を倒すことよりも助けることを優先した戦いをしていただろ? そういうのは身体にじわじわ来るんだ。今は休んどきな。……嬢ちゃんもだ。平気な風に見せてるが結構消耗してんだろ?」


 何故か見張りの順番にアシュさんが一番に名乗り出て譲らない。俺なら大丈夫だというのに。見張りと行っても通路には簡単な仕掛けがしてあるし、実質は火の番くらいのものだ。それに体力だけはそれなりに自信があるぞ。…………貰った加護のおかげというのが少し自慢しづらいが。


「……私はまだ問題ない。この程度の連戦なら……まだ」

「あのな。まだやれるって時が一番危ないの。こういう連戦が確実に予想されるところでは、自分の体力が七割切った時点で休むのが鉄則だ! 無論休めるならばだけどな。そんで今は幸いにも休める時。そんな都合の良い機会を逃してどうするのって話だ」

「………………分かった」


 食って掛かったエプリだが、冷静にアシュさんに返されて渋々とだが頷く。エプリが言い負かされるのは珍しいな。それだけアシュさんの言葉が的を射ていたってことか。


「心配すんな。交代の時間になったら起こしてやるよ。まずは俺。次にエプリの嬢ちゃん。最後にトキヒサの順だ。……ジューネは今のうちにぐっすり寝てろよ。明日もた~っぷり歩くからな」


 それを聞いたジューネは苦い顔をして、素早く自分の寝袋に入り込んだ。……足パンパンになってたもんなぁ。さっき店の裏でこっそり自分の足に軟膏のようなものを塗りたくっているのを見ちゃったし、ダンジョンを歩き慣れてはいないらしい。それなのにこんなところに乗り込んでくるとは驚きだ。

 

「それじゃあ最初の見張り、よろしくお願いします」

「おうっ! 寝ろ寝ろ。良い夢見ろよ」


 そうして俺達は自分の寝袋に入った。何か手伝えることはないかと考えていたが、やはり疲れていたのかだんだんと瞼が重くなり…………いつの間にか俺は意識を手放していた。

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