第40話 再会の道のりは遠く

 買い物も終わり、俺達は焚き火にあたりながら夕飯を食べていた。時計を確認したところ、なんだかんだ言ってもう夜の九時過ぎだ。途中何度か小休止を挟んで軽い食事を摂ってはいたが、そろそろちゃんと食事をして身体を休めなくてはいけない。どうやら身体は加護のせいか疲れにくくなっているようだけど、疲れがないわけではないのだ。


 ちなみにこの一食はアシュさんの奢りだ。大量の食料をただにしてもらうのは気が引けるが、一食程度ならありがたくゴチになります。


 さらにここは奮発して、貴重品らしい砂糖をたっぷり練りこんだクッキーをデザートとして頂いている。これはジューネも個人的に気に入っていて定期的に仕入れる品だという。フードでよく分からないが、エプリもクッキーを手元に運ぶペースが一向に落ちないことから大分気に入ったらしい。実際中々美味い。……流石にブラッ〇サンダーはなかった。残念だ。


 ヌーボ(触手)の分もついでに奢ってもらっているが、コイツの場合は食事をあげればあげるほど食べるので止め時が難しい。ヌーボ(触手)を初めて見た時はジューネも警戒していたが、徐々に何もしないと分かったのか、手ずからクッキーの欠片を食べさせていた。


「この子がいればごみ処理の手間と代金が浮くかも。何とか買い取れないでしょうか?」なんてブツブツと聞こえてきたが…………ヌーボ(触手)は恩スライムだからな。売り物じゃないぞ。


 一応周囲を警戒する役として、先に食べ終えたアシュさんが通路脇で一人壁に寄り掛かって座っている。そちらをチラリと見ると、すぐに反応して手を振り返すことから常に周りに気を張っているらしい。見かけは自然体なのだが。


「……そう言えば、貴方達は何故こんなところに居たのですか? このダンジョンは発見されたばかりで、まだあまり一般には知られていないはずですが」


 食事を食べている途中、同じく焚き火にあたりながらクッキーをつまんでいたジューネがそう訊ねてきた。今はお客様じゃないから普通の喋り方だ。しかしクラウンの奴、そんなところに跳ばしたのか。もしエプリと一緒に行かなかったら、誰とも会わずに最悪餓死してた可能性があるぞ。それにしても……なんて説明すればいいんだ?


「え~と。なんて説明すれば良いのか。俺達は……」


 俺はこれまでにあったことを説明した。といっても全てそのまま話すと色々ややこしいことになりそうなので、悪い奴クラウンが牢屋で暴れていて、戦っている最中にそいつが囚人の一人を凶魔に変えて逃げた。その凶魔を撃退して元に戻したは良いけれど、その時の魔石に仕込まれた空属性の暴走によってここに吹っ飛ばされた。という風に少しかいつまんでだ。


 エプリのことはあえてボカシている。今は味方なので、ここで余計なことを言って必要以上に関係をギクシャクさせたくないんだ。


「成程…………それは災難でしたね」


 ジューネは俺の説明を聞いて、少し間をおいて気の毒そうにそう言った。


「……とするとここが何処かも知らずに?」

「そうなんだ。いきなり気が付いたらこんなところに居て、おまけにそこら中スケルトンだらけ。必死にエプリの探査能力を頼りにここまで進んできたら、さっきの凶魔に襲われたってわけ。よく見たら牢で戦った凶魔と似た感じだから、何とか人に戻せないかなって頑張っていたんだけど……アシュさんが来てくれなかったらヤバかったよ」


 もし来てくれなかったらと思うとゾッとする。多分あのまま俺はぶっ飛ばされて重症。その場合エプリは、俺を助けるために間違いなく魔石を直接狙う手段に出ていただろう。どっちも良いことがない結果だ。そうならなくて助かった。

 

「どうりでやけに軽装備だと思いました。先ほども言いましたが、ここは最近発見されたばかりのダンジョンです。場所は交易都市群の北の外れ。魔族国家デムニス国との間に位置しています」

「デムニス国……」


 エプリがそうポツリと呟いた。何か思うところでもあるのだろうか? デムニス国というのは以前イザスタさんから聞いたことがある。俺が最初に来たヒュムス国。そこから相当北の、交易都市群を越えた先に位置する魔族主導の国らしい。ヒュムス国とはすこぶる仲が悪いという。


 しかし参ったなあ。どうやら大分遠くまで空属性で跳ばされたようだ。これはイザスタさんと合流するのはかなりの骨だぞ。俺は内心頭を抱える。


「ここは交易路から少し離れているので、見つかった時にはそれなりに大きくなっていました。なので調査が済むまでは立ち入り禁止なのですよ。そんなところに貴方達がいたものですから、もう私ビックリしちゃいましたよ」

「それはゴメン…………って!? よく考えたらジューネ達こそそんなダンジョンになんで潜ってたんだ?」


 見つかった時には大きくなっていたという言葉に違和感を感じるが、今はこちらの方が気にかかる。調査が済むまでってことは、この二人は調査員なのだろうか? だがそれにしてはなんとなく違和感がある。普通こういう何があるか分からない所の調査と言えば、大規模な調査隊を送るものじゃ無いだろうか? それがこんなところで二人だけと言うのは不自然だ。


「それは簡単。


 ジューネは急に立ち上がってそう言った。なんのこっちゃ? いきなり予想外の答えが飛び出してきたので俺の反応が一瞬遅れる。それを気付いているのかいないのか。ジューネはそのまま胸を張って話を続ける。


「我が商店の取り扱う商品にはも含まれます。そして情報は鮮度が命! 例え危険だろうとも。いや、危険だからこそ! その持ち帰った情報には価値が生まれるのです。ここに調査隊が入るより前に、私達だけで先行して内部の情報を持ち帰る。それにどれだけの価値が生まれるか……」


 そうジューネは目をキラキラさせて話す。……商人というのが最大限の利益を追求するものだとはなんとなく知っていたけど、ここまで命がけでないといけないのだろうか? 無意識のうちに少しだけ後退っていた。商人って怖い。


「ただ、このダンジョンは出てくるのがスケルトンばかりで旨味がなく、そのくせ構造は相当広い上に複雑なのですよ。現地で調達できる物でさらに一儲けと考えていたのですが、どうやらそこまでは上手くいかないようです」


 そう言ってジューネは軽くため息を吐く。確かに査定したところ、スケルトンから取れる物はどれも安い物ばかりだった。実際は俺のようにその場で換金できるわけでもないだろうし、何処か換金できるところまで運ぶ必要もある。その手間なんかを考えると確かにスケルトンは旨味がないと言える。


 それにこのダンジョンが相当広くて複雑というのもマズイ。ダンジョン探索は当然時間がかかる。時間が掛かれば掛かるほど、当然食料等の日用品を消費する。出てくるモンスターの肉を食べるというのは冒険者のイメージに合っているが、出てくるのがスケルトンばかりではそれも出来ない。何せ最初から骨しかないのだ。身が付いていない。


「これ以上はここに居ても収穫は少なそうですし、ここまでの道のりだけでも情報としてはまあ悪くはないでしょう。という訳で私達は明日には引き揚げを開始します。貴方達はどうしますか?」

「俺達はこの人が起きるのを待ってから出発するよ。流石に眠っている人を連れて行くのは厳しいからな」


 俺もさっさと出発したいところだが、寝ている男の人をどう連れていくかが問題だ。背負っていくには体格が少し…………ほんの少しだけ向こうの方が大きいから難しい。下手をすれば引きずっていくことになる。担架も何もない以上、起きるまで待って自分で歩いてもらうのが一番だ。


 問題はその間、男の人の傍に居なきゃいけないんだよな。護衛的な意味で。ヌーボ(触手)も俺達が起きるまではこんな感じだったんだろうか?


「そうですか……貴女も同じ意見で?」


 よいしょと座りなおしたジューネはエプリにも訊ねる。……よく考えてみれば、エプリはこのままこの二人と一緒に行くというのも一つの手だよな。その方が俺と行くよりも確実に早く脱出できるし。俺はエプリの答えを少しドキドキしながら待つ。


「……私は一度受けた仕事は最後まで果たす。だから雇い主が起きるまで待つと言うのなら私も待つ。……彼を無事脱出させるまでが私の仕事だから」


 うおっ!! 予想以上にプロ根性の入った返答がきた。


「それなら一度契約を解除するか? その方がそっちは早く脱出できるぞ。…………アイツと合流するんだろ?」


 クラウンの名は意図的に伏せておく。エプリがクラウンと合流するっていうのはなんか嫌だが、向こうがするって言うんだから仕方がない。傭兵として色々あるのだろう。そう言った直後。


「“風弾ウィンドバレット”」

「あだっ!?」


 俺の額にエプリの風弾が直撃して悶絶する。前に拷問中に受けたものよりは弱めだが、それでもやっぱり痛い物は痛い。後ろに転がった俺に対し、エプリは冷ややかな口調で言う。


「……バカにしないでくれる。今アナタを置いていったら私の傭兵としての沽券に関わるわ。契約を解除しようものなら無理やり引っ張ってでも脱出させるわよ」


 ……気のせいか怒っているみたいだ。だが理由はどうあれ一緒に残ってくれるらしい。そこは素直に嬉しい。俺は額を押さえながらついニッコリしてしまう。


「ふぅむ。お二人とも残ると。…………仕方ありませんね。残念ですが、明日はここで別れるとしましょう。留まる経費も馬鹿になりませんからね」


 ジューネは言葉通り残念そうに、しかし商人として割り切って宣言した。まあそちらにも都合があるだろうしな。あんまりこっちに付き合っている訳にもいかないだろう。残った方が良いと思わせる物もこちらには……。


「…………ねぇ。取引しない? 互いに得になるように」


 急にエプリがジューネに対してそのように切り出した。フードに隠されながらも、焚き火に照らされたエプリの口元は不敵に笑っているように感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る