第36話 新技だけどなんだかなぁ

「グガアアァッ」


 エプリが作戦を話し終えるとほぼ同時に、ゴリラ凶魔も風壁を突破した。瞳は爛々と怒りに燃え、そのままの勢いでこちらに向かってくる。ちょっ! 作戦を吟味する時間くらいくれよ。仕方ない。ぶっつけ本番だ。


「今の作戦で行こう。手筈通りに」

「……了解」


 俺達はさっそく行動を開始した。まずは俺がポケットから硬貨を一枚掴みだして投げつける。さっきのようにばらまくのではなく、今度は顔面、特に目や鼻と言った筋肉が付きづらい場所を狙い撃ちだ。


「ゴアッ?」


 知性が残っているのか、それとも単純に野生の勘か? ゴリラ凶魔は走りながら顔を腕の一本で庇う。硬貨は腕に阻まれて炸裂する。目はやっぱり防ぐよな。……しかし普通に庇っていいのか? 


 ボンッ。先ほどの銅貨がパンパンとクラッカー程度の音だとすれば、この銀貨はもっと重くはじける音。その音と金額にふさわしく、銀貨の爆発はゴリラ凶魔の腕の表皮だけではなく一、二センチほどの肉も抉り取った。


「グガアアアアアッ!?」


 凶魔になっても痛みはあるのか、ゴリラ凶魔は叫び声をあげる。流石銀貨。一枚百デンは伊達じゃない。だがダメージを受けたのは右腕一本のみで、残りの腕は全て健在だ。ゴリラ凶魔は血走った目でこちらを睨みつける。


「や~いゴリ公。ここまでおいで」


 俺は軽く挑発すると、エプリから距離をとりながら部屋の通路までダッシュする。ゴリラ凶魔は…………よし。ついてきてるな。奴はエプリよりも俺の方が脅威に映ったらしく、エプリを素通りしてこちらを追いかけてきた。


 ここでエプリの方に行くようであれば追加の銀貨をお見舞いするところだ。エプリはそれならそれで俺の危険度が下がるから良いなんて言っていたが、やはり男としてはいかに自分より強いと言ってもあんまり女の子に頼ってばかりはいられないのだ。


「ゴアアアッ」


 ゴリラ凶魔はなんとここで四足歩行、いや、腕が四本だから六足歩行か? とにかく俗に言うナックルウォーキングを開始した。そのまま一気に加速して俺の方に突き進んでくる。拳で床を打つ度にぐんぐんと上がる速度。嘘だろっ!? そんなのありっ!? このままでは通路に辿り着く前に追いつかれてしまう。


「ぬわああぁっ!? これでも喰らってろっての!」


 これはマズイと走りながら硬貨を投げつけるが、ゴリラ凶魔もさっきの一撃で懲りたのか、床を殴りつけて急激な方向転換を決めて見せる。そして身体すれすれで硬貨を回避。硬貨はそのまま床や壁に当たってチャリンと音を立てる。何てこった。あのゴリラ小回り利きすぎだろ。


 そして、俺が通路に辿り着くのとほぼ同時に、ゴリラ凶魔も俺にもうすぐ手が届く距離まで追いついてきた。奴が追いつくまであと数秒。これ以上は逃げても無駄か。俺はそこでくるりと反転してゴリラ凶魔と向かい合う。


 奴は俺に向かって二本の右腕を振り上げる。左の一本は先ほど怪我しているので今は使えない。残りの一本は床を打って加速したばかりで攻撃に使うまでに少し間がある。つまり、この右からの殴打を防ぐか躱すことが出来れば。


 俺は腹をくくってこれから来るであろう拳を待ち構える。来る方向とタイミングさえ分かればなんとかなるはずだ。そこに、ゴリラ凶魔の拳が二つ物凄い勢いで振り下ろされた。


 一撃一撃が直撃したらまず戦闘不能。当たりどころが悪ければそのまま……。俺の脳裏にスケルトン達の成れの果てがよぎる。……ぶっちゃけた話おっかない。でもな、美少女ほっといてこんなところで倒れている訳にはいかないだろうがっ!!


 「……んなろっ!!」


 俺は貯金箱とクッションを左側にかざして全力で踏ん張る。貯金箱は当然として、クッションで少しでも衝撃をやわらげられれば上々だ。元々はイザスタさんの私物だけど、命がかかっているので使わせてもらう。そして二秒後。左側から凄まじい衝撃が襲ってきた。


「ぐっ!?」


 体験したことはないが、大型動物に本気で体当たりされたらこんな感じなのかと思える衝撃。しっかり踏ん張っていたはずなのに、気が付けば確実に元の場所から数十センチは動かされている。腕は痺れて感覚が薄く足もガクガクだ。だが、





「…………準備できた。いつでも行けるわ」


 その声にゴリラ凶魔はエプリの方を振り向いた。そう。コイツはエプリのことを完全に失念していた。深くはないが決して看過できないダメージを与えた俺を狙うのは当然だ。だが、だからといってエプリがそれ以上のことが出来ないと思うのは早まったな。


「おうっ! ヌーボ(触手)今だっ!」


 俺はその合図を待っていた。俺がゴリラ凶魔の気を引いてそのまま通路まで逃げたのも、この位置、このにコイツを誘い出すためのもの。俺は痛む体に鞭を打って真横に転がりながら、今か今かと待機していたヌーボ(触手)に合図する。


 次の瞬間、俺の身体に巻き付いていたヌーボ(触手)が、身体の一部を鞭のようにしならせてゴリラ凶魔の足を払った。スパーンと気持ちのいい音がして、ゴリラ凶魔はグラリとバランスを崩す。それもそのはず、ゴリラ凶魔はエプリの方に振り向いて足元は完全に意識の外だった。


 それにヌーボ(触手)はこう見えてかなりの怪力だ。何せ休憩中に俺と腕相撲したら、小さい分持久力は無いようで勝負自体は俺が勝ったが、


 そして俺が退避したことを確認し、エプリは今の今まで溜め込んでいた風を開放する。


「吹き飛びなさい。“二重強風ダブルハイウィンド”」


 その声の直後、俺が以前喰らったものよりも数段強烈な風がゴリラ凶魔を襲った。体勢を崩したゴリラ凶魔には到底耐えることの出来ない暴風。あとはこれで狭い通路に押し込んで動きを封じれば。


「グア。グルアアアアアッ!」


 だが、ことはそこまで簡単には進まなかった。奴はその崩れた体勢で、咄嗟に四本の腕全てを使って床を殴りつけ、さながらロケットのようにエプリの方向へ跳躍を試みたのだ。向かい風をものともせず、一直線にエプリへ向かっていくゴリラ凶魔。着地も何も考えず、ただ己の身体を武器とした体当たり。だけど…………そのやり方は読めてたぜ。


「金よ。弾けろっ!!」


 その瞬間、突き進んでいたゴリラ凶魔の目前、。銀貨を含んだそれらの爆風は、空中にいたゴリラ凶魔の勢いを大きく減速させる。結果、


「“竜巻”」


 エプリの次の手が間に合った。目に見える密度の小型の竜巻が、ゴリラ凶魔のすぐ前に展開。すでに勢いが弱まっていたゴリラ凶魔ではこれを突き破ることは出来ず、そのまま“強風”の分も合わせて再び吹き飛ばされた。今度は床に腕を付けることも出来ず、通路の中とまではいかなかったがすぐ横の壁に押し付けられて動きを封じられる。よし、捕まえたぞ。


 ……凶魔はどれもこれも自分の身より相手を倒すことを優先していたからな。念のためにエプリまでの道に仕込みをしておいた。実は金属性の銭投げは、慣れてくると炸裂させるタイミングを自分で決めることが出来る。大体だが、投げつけたり爆発の意思を持って設置してから一分以内であれば自分の意思で起爆できる。


 ただし時間が経つとそれだけ威力が落ちる。さっきのも、銀貨と銅貨を何枚も使ってやっと最初の銀貨一枚分より少し上の威力だ。流石不遇属性。使いづらい。これで本当に“適性昇華”の加護で強化されているのだろうか?


「ひとまずはこれで抑えつけられるけど、魔石を摘出するにしても壊すにしても早くして」

「分かった。にしても」


 エプリに促されて、壁に抑えつけられたゴリラ凶魔に近づく。しかし、この状況流行ってるのかねぇ。このダンジョンでエプリにやられたことを思い出し、抑えつけられながらも暴れているゴリラ凶魔を見て、ついつい自分と重ね合わせてしまう俺なのであった。

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