第26話 俺の魔法は金食い虫

 鬼の振り下ろした拳を、ディラン看守が両腕を交差させて受け止める。その衝撃でひび割れる床。だが、イザスタさんの所まではその暴力は僅かばかりも届いていない。狙った相手を潰すことが出来なかったのが不満なのか、鬼は怒り狂って再びの猛撃を仕掛ける。


 打ち下ろし。薙ぎ払い。叩きつけ。モーションはとてもシンプルだが、一撃一撃は常人を叩き潰すには十分すぎる程の破壊力。それらをディラン看守は回避することが出来ない。回避しようと身体を動かせば、彼の後ろにいるイザスタさんに当たるからだ。故にディラン看守はこの猛攻を真正面から全て受けて立つ。


「うるああぁぁ」


 鬼に負けじとディラン看守が吠える。動くことが出来ず、反撃して傷つけることも出来ない以上、あと出来ることは防御することのみ。その防御が受け止めるか受け流すかの違いだけ。鬼が一撃を振るう毎に、着実にディラン看守の体力は削られていく。それでも彼は反撃も回避もしなかった。鬼となったとは言え、いや、鬼になってしまったからこそ、巨人種の人は被害者なのだ。


 ディラン看守は牢獄の囚人たちにはいつも誠意を持って接していた。高い金をとって要望を受け付けてはいたが、その仕事ぶりはとても誠実だった。囚人から金を搾り取るだけなら、もっと効率的な手段もいくらでも取れたはずなのにだ。


 これは俺の推測だけど、ディラン看守は囚人でも一個の人格として尊重しているように思う。故に対価を払えばその分の仕事をしっかりとこなすし、命の危機にはその身を賭して守るのだ。徐々に身体の傷は増えていき、両腕のガントレットも自身の血で所々汚れていく。それでもなお、一度も諦めることも逃げることもなく看守は耐え続けた。





 そして、やっと守るべき相手のその時が訪れる。


「“我が眷属となりし者に、名を送りて契約の結びとす。貴方の名前は………………ヌーボ”」


 この言葉が終わるや否や、凄まじい勢いで赤みがかった飴色の影が鬼に襲い掛かる。強化が終わったウォールスライムだ。その巨体は三メートル程のサイズまで膨張した鬼をも上回り、巨大な壁が倒れこむかのように鬼に覆いかぶさった。


 当然鬼も黙ってはいない。覆いかぶさろうとするスライムを何とか押しのけようとするが、いかんせん半液状の相手に物理攻撃が効きづらいのは前の鼠凶魔とスライムの戦いでも明らかだ。殴っても蹴ってもこたえず、掴もうにも形を変えて手からすり抜ける。核も半液状の身体の中を自在に動き回るので攻撃が届かない。まさに物理特化の相手からしてみれば天敵のような相性である。


 これでは鬼もスライムに手一杯で、他の人を相手取るのは無理だろう。…………ほんと無理やり脱獄しようとしないで良かった。あんなのとは喧嘩したくない。


「いやあ何とかなるものね。上手くいってホッとしたわ」


 その声に鬼とスライムの戦いから目を逸らすと、汗だくになったイザスタさんが歩いてきた。鬼を警戒しながら、少し疲れた顔をしたディラン看守も一緒だ。俺は何とか痛む足を引きずりながら近寄る。


「イザスタさん。大丈夫ですか?」

「ちょっと疲れたけど大丈夫よん。それよりもトキヒサちゃんや看守ちゃんの方がボロボロじゃない」

「なはは。ドジっちゃいました。まあ足をちょっと掠めただけですから、唾でもつけとけばすぐ治りますよ。心配いりませんから」

「あらあら。それじゃあお姉さんの唾でもつけましょうか? スンゴク効くわよう」

「折角ですが遠慮しときます」


 イザスタさんがそう言って舌をペロリと出すが、俺は紳士的かつ速やかにバッサリとお断りする。イザスタさんの唾なら本当に傷にも効果がありそうだが、何というかイケナイ感じがプンプンするのだ。下手に頼んだらいろんな意味でとんでもないことになりそうな。…………なので非情に残念だが止めておこう。


 …………何故かイザスタさんも残念そうな顔をしているが、見なかったことにしておく。


「まったくもう。…………トキヒサちゃん。またお姉さんの言うこと聞かなかったでしょう。ここに来る前に言っておいたわよね。危なくなったらすぐに逃げるようにって。もうさっきみたいに無茶しないでよん。アタシは万が一攻撃されても何とかなるように用意してあったけど、トキヒサちゃんも危なかったんだから。いざとなったらアタシよりも自分のことを第一に考えて。ねっ!」


 あの状態でもしっかりと周囲のことは分かっていたらしい。イザスタさんは怒ったような、それでいてこちらを心配するような声で言った。……また言いつけを破ってしまったな。考えてみればあの状況で完全な無防備になんてなるわけないし、俺が飛び出さなくても何とかなっていたわけだ。でも、


「すみません。……でもまた同じようにイザスタさんがピンチになったら、もちろんイザスタさんがそうそうピンチになるなんて想像できませんけど、危ないって思ったらやっぱり俺もまた同じようなことをすると思います。俺は誰かが犠牲になった上で助かるよりは皆で助かる方が良いと思いますから」


 この考え方はよく“相棒”に怒られた。俺のやり方はあくまで理想。いつか必ずどこかで失敗して辛いことになるって。それでも……やっぱり俺にはこのやり方しかできない。選べないと思う。


「…………しょうがないわねん。分かったわ。それがトキヒサちゃんの性分なら仕方ないわ。性分って言うのは自分ではなかなか変えられないもの。でも、なるべく控えるようにね。それと」


 イザスタさんは困ったような顔をしてそう言うと、俺の額に軽くデコピンをしてきた。


「二度も言いつけを破った罰。これで許してあげるわ。性分は変えられなくても、それくらいは受けないとね」


 …………ありがとうございます。俺は詫びと感謝の意味を込めて頭を下げた。





「ひとまずあれなら上手くいきそうだな」


 数分後。ディラン看守が鬼とスライムの戦いを見ながら言う。下手に手を出してスライムの邪魔をしないよう、俺達は入り口を押さえて戦いを見守っていた。鬼も大分体力が減ってきたようで、抵抗も少なくなってきたからもう少しで何とかなるだろう。そう言えばどうやって凶魔になった人を元に戻すのだろうか? 肝心のそこをまだ聞いていなかった。手持無沙汰な今のうちに聞いてみると、


「ああ。……以前同じように凶魔になった者を知っていてな。あの時と同じなら身体のどこかにある魔石を摘出すれば元に戻れる。ただ下手に傷つければ後遺症が残るからな。何とか動きを止めて摘出しようと考えていて」

「それでアタシがスライムちゃん……今はヌーボって名前になったけど、そのヌーボを強化することで鬼になっちゃった人を抑えつけようと思ったの」


 なるほど。確かにここのスライムはなるべく相手を殺さずに捕まえるよう言われているらしいし、大抵の物理攻撃は効かないから鬼を抑えるには最適だ。


「あとはヌーボが鬼の動きを封じたら、アタシが魔石の場所を特定。そして看守ちゃんがそれを摘出すればおしまいね。これでや~っと一息つけるわ」


 イザスタさんは大きく息を吐いて額の汗を拭うジェスチャーをする。と言っても少し休んでいたので汗はあらかた引っ込んでいたのだが。

 

「それにしてもトキヒサちゃん。さっきのことなんだけど」

「さっきの? もしかして俺の投げた硬貨が爆発したことですか?」


 イザスタさんはその言葉に静かに頷く。あれには俺も不思議だったんだ。もしこの世界の金がみんなあんなんだったら、下手に買い物に行くだけで毎日がデンジャラスだ。という訳で金に爆発物が仕込んである可能性はまずない。となるとアレは何なのかだが?


「トキヒサちゃん。落ち着いて聞いてほしいんだけど……


 …………今イザスタさんは何て言った? 俺の魔法? あれが? …………いやいやいやちょっと待ってほしい。イザスタさんから教わったことだが、魔法の基本属性にこんな投げた金が爆発するようなものは無かったはずだ。だとすると俺の魔法は……。


「トキヒサちゃんの魔法適正は特殊属性。その名も…………金属性」

「あのう…………一応聞きますけどきん属性ではなく?」

かね属性。言葉通りお金を媒介にして使う魔法なの。さっきのは金属性の基本技“銭投げ”。お金の額によって威力が変わる魔法で、ちなみに使ったお金は消滅するわ」


 ……なんてこったい。俺はがっくりきて膝をついた。ただでさえ目標金額が高いうえに、イザスタさんに返す分も必要。その上魔法を使うたびに金が無くなるとは。おまけにこれは特殊属性だから、他の基本属性の魔法とは両立できない。俺が火球ファイアーボールとか言ってカッコよく魔法を使える未来も潰えたということか。


「…………元気出してトキヒサちゃん。ほらっ! 前にも言ったでしょ。魔法の属性にはそれぞれ個性があるって。金属性だって使いようによっては十分使えるわよ」

「イザスタさん……」


 俺を励ましてくれるのかイザスタさん。……そうだよな。金属性だって使い道が有るはずだ。さっきだって結構な威力だったからな。上手く使えばモンスターとガンガン渡り合うことだって。


「ちなみに実用に足る威力となると、少なくとも銅貨数枚以上は必要だな。出費を考えると、そこらの弱いモンスターでは倒しても逆に赤字になっていく。更に言えば、能力の関係上常にある程度の現金を所持する必要があるので荷物が多くなり、現金が無くなると魔法が使えない等の欠点がある。このことから不遇魔法としても有名だぞ。金属性は」


 イザスタさんがなんてことをって目でディラン看守を責めるが後の祭り。看守が何気なく言った言葉に、上がりかけていた俺の気持ちはまたぽっきりと折れてしまう。使えば使うほど赤字になるって、今の俺とは相性最悪な属性じゃないかっ。


「…………まあ気を落とすなトキヒサ・サクライ。これは本来語ることのない情報なのだが、以前の検査の結果お前が加護持ちだということが判明した。元々今日遅れたのはそれも理由の一つだ」


 流石に悪いと思ったのか、ディラン看守も俺を励まそうとしてくれている。それにしても加護? アンリエッタからもらった分は簡単に分からないようになっているはずだから、残るはここに来た時に手に入れた召喚特典の方。……そうだよ。まだそっちがあった。俺は再び気を取り直す。属性は最悪だったが、何とかこっちでフォローできるかもしれない。


「お前の加護はとても珍しい物でな、その名も“適性昇華”と言う」

「“適性昇華”? 聞いたことない加護ねぇ。似たもので“適性強化”なら知ってるけど。そっちも珍しいものだけどね」

「詳しい内容は不明だ。ただ“適性強化”とおそらく同系統の、自分の魔法適正を向上させる加護だというのが検査した者の推測だ」

「自分の魔法適正を向上って…………ちなみに金属性持ちでその加護を持っている人はいるんですか?」


 俺は悪い予感がしてディラン看守に聞いてみる。頼むから間違っていてくれ~。


「“適性強化”の方なら昔いたな。実際試したところ、並みの使い手に比べて魔法の性能自体は格段に上がっていた。威力や射程、技の応用等もだ。ただし、消費する金額の方もそれに合わせて増えていたが」


 ……喜べばいいのか嘆けばいいのか。確かに魔法適正が上がるのは良いことだと思う。普通の人にはとても有用な加護なのだとも思う。しかし、しかしだ。…………俺は金を貯めなきゃいけないんだよぉっ!! こんな金食い虫の属性は嫌じゃあぁぁっ!!

 

 やっぱり崩れ落ちる俺に対して、流石の二人もどうフォローしていいか分からず何も言わなかった。……今はその優しさが微妙に心に刺さる。そこに、ドスンと何か重量のあるものが倒れる音が聞こえてきた。俺は落ち込むのを一時中断して音の方を見る。すると、鬼となった巨人種の男がヌーボに四肢を拘束されて倒れこんでいた。


 一瞬殺してしまったのかと思い焦ったが、よく見れば微かに胸が上下していることから気を失っているだけだと安心する。見事鬼を倒してみせたヌーボの姿は、どこか誇らしげにも見えた。

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