4-26. 地の裁き
グレンの言葉に、グレン以上に逆上した……否、図星をつかれた人間が見せるような動揺と反発を露わにしたランダが押し殺した声で嘲笑する。
「いずれにせよもう遅い! マーカリアの死神にセイミ・シャオ、それにミケラン王子よ……お前達などいくら束になろうとも無力だ。オリエンタはもうじき新しき艦隊でこのマンドラに襲い掛かってくるのだからな!」
「そして、貴様が新たなる傀儡の座に居座るという魂胆か――――」
「なぁんだ……勿体ぶって何を言い出すかと思ったら。そんなことあるわけないわ。ええ……絶対に」
空気を読まないことに関してはアルメリカに負けず劣らずのレンヤがからかうように髪をかき上げ、男たちを閉口させた。
「アルメリカちゃんの言う通り、貴方たちってほんと……」
「どういう意味だ……何者だ、女!」
「黙るのだ、ランダ。そちを護るのはもはや死のような沈黙のみと心得よ」
誰かがそう言った……決然と。
それは、ミケラン自身の声だった。
腹の底にわか黙った積年の恨みつらみがそうさせているのに、自分の声はひどく静かで、命じることにいつしか慣れきっているかのようでもある。
「……逆賊を捕えよ!」
「何を言うかと思えば……父王にも死刑を宣告された廃王子の命令など誰が聴くとお思いか……あの者どもを捕えよ!」
廃王子と破壊僧の間で逡巡する王宮の兵士たち……
痺れを切らした見たランダは、立ち尽くす兵士から槍をもぎ取った。
「……腰抜けどもが。よかろう、懲罰は、この私が……いやそう、それがいい……!」
ろくでもないことを思いついた人間特有の嘲笑を浮かべながら彼が取りだしたのは、いかにも禍々しい黒の小瓶である。
グレンが、顔つきをますます厳しいものにした。
「やめよ……大僧正。魔香に身を浸すのはジンハの戒律に反するはず」
「言っただろう、この島の神々はもはや虚神……貴様らこそが、マンドラの大敵……そしてここは、蘇った地女神の神殿。であれば裁きは彼女に任せようではないか。女悪叉に魅入られし悪の使い魔どもに、末期を……!」
止める間もなく、ランダが小瓶を足元に叩きつけた。
こちらに投げつけるのかと身構えていたミケランたちは面食らった。
砕け散った小瓶から立ち上る煙霧のような妖しい帳の向こうで、ゆらめくランダの影がありえないほど巨大に変化しはじめた――――
竜頭に豊満な肉体、そして……両手に、荒ぶる神として、大地を揺るがす槍を構えた異形の女神が、尻の中ほどから長大に伸びた尾で石段を粉砕しながら歩み出る。
間違いなく強力な幻覚の作用だ。こちらも、そしてランダ自身も、妖しい作用によって同じ“夢幻”の中に捕われ、混沌と狂気に満ちた力の中で自らを昂ぶらせている。
地女神の怒りに刃向えず立ち竦む兵士が、煙霧を割って急襲する槍の穂先に腹を貫かれ、なすすべもなく倒れ込む。
「あいつ、ちょっと本当に色々なところが毒されすぎよ。挑発するおじ様もおじ様よ!」
「私のせいではない」
恐怖どころか憤りもあらわに叫ぶアルメリカにグレンもまた正面きって反論する。
図太い神経という意味ではいい勝負である二人を見ているうち、ミケランの内で高まりつつあった恐慌がかえって霧散した。
シャオとヴェガが皆を護るように飛び出しかけたその時。
ランダが立つ足元の床が、突如、見えない拳が突き上げたように割れた。はじめミケランはそれすらも幻覚かと思いかけた。
だが……
「な――――?! 木の根が、なぜここに……?!」
地女神の足に、ぎりぎりと木の根が絡みつく。まるでそこにある魔香の匂いに惹かれているかのような奇妙な動きだ。
自らの眷属であるはずの木の根に巻きつかれ、よろめいた女神が倒れ伏した。
首に女人の腕めいた気根がまとわりつく。
誰も手を差し伸べなかった。何よりランダ自身が我が身を捉えた力に驚愕する間こそあれ、地女神と重ねあわせた昂ぶりの中で理解することは出来なかっただろう。
「あ?――――あああ?! 誰だ、この忌々しい、腕を、離せ――――?!」
続いて張り出してきた根はうねりながら地表の“付着物”を絶叫ごと巻き込んだ。
皆は咄嗟に顔を背けたが、ミケランは見ていた。
気根は、よじ登るべき柱へと“付着物”に構わずさらに腕を伸ばして行った。
「……愚か者め……」
淡々とグレンが評した。
漂っていた魔の芳香もようやく消えていった。シャオが先ほど刺された兵士を助け起こす。他の兵士たちも呪縛を解かれたように手を貸した。
「……さて、そろそろあたしの見るべき出し物は終わったみたい」
レンヤが物憂げに声をあげ、目の前で起こったことに硬直した皆の呪縛を解いた。
「報酬も頂いたし……帰ることにするわ」
「……それが何だったのかぐらい教えて。寄越せだなんて言わないから」
「つまらないものよ、姫様。だってただの……毒林檎だから。でも最後の幕引きぐらいは見ていこうかしら……男だけに任せておくとろくなことにならないでしょうし、ね」
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