第32話 デクスロー、回顧する。

(デクスロー視点です)



「なんじゃと……?」

「見てわからない? 僕はね王に……いや、神になったんだ。天空から全てを統べる、真なる支配者にね」


 レヒターがこちらを見て、屈託なく笑う。

 身体こそ奇怪ではあるが、やはりその顔も声も、そして性根も我が兄、レヒターそのもの。

 しからば、おそらくその願いも狙いも同じであろう。


 ──遠い過去を思い出す。


 まだ自分が、このガデスの王子……ジアガデス王家の人間であったころの旧い記憶だ。


 古代魔導王国の覇権を握ったジアガデス。

 まさに現人神のごとき魔導の力で、人々の安寧と繁栄を約束する真なる王の一族。その第二王子として、儂は生を受けた。

 ジアガデスにはすでに王を継ぐべき兄王子がおり、その名をレヒターと言った。


 儂と違い、血を濃く受け継いだ兄はまさに次王に相応しい能力を有しており……そして、才能を欠片も示せなかった自分は、予備スペアにもならぬと両親や家臣たちに捨て置かれた。

 寂しくはあったが、気ままな生活は儂を王子という重圧から遠ざけた。何もかもが穏やかで、平和だと思っていた。


 だが、ある日。突然にそれは反転する。

 優れた魔導研究者でもあったレヒターは、興味が先行するとリスクを顧みない所があった。

 そして、あるおぞましくも革新的な魔法実験の最中の事故により……レヒターはのだ。


「デクスタロニーア。王にはお前がなれ」


 まるで兄などいなかったのような父王の言葉に、儂は憤った。


「私が王に相応しくないと言ったのは父上でしょう? 兄上は生きております」

「アレはもうだめだ。もう使えぬ。喜べ、支配者たる王の玉座はお前のモノとなる」

「私は王などごめんです。そのようなものに興味はありません」

「拒否権などあるものか。レヒターは近くし、お前を王とするための教育を開始する」


 魔導の王らしい、人を人とも思わぬ言い様。

 そして、それを兄本人が耳にしているなどと、儂も父も気付いてはいなかった。


「回想は終わったかな? デクスタロニーア。この、裏切り者め」


 レヒターの言葉が、儂を現実へと引き戻す。


「儂がお前の何を裏切ったというのじゃ」

「このガデスを、神聖なる空中魔導都市を、地に墜としたのはお前じゃないか」

「そうせねば、世界が滅びを迎えておったわ!」


 竜眼の杖を構え、魔力の矢を連続で発射する。

 一本一本が必殺必中のそれであるはずだが、レヒターの身体に触れる直前で軌道を歪曲させられ、届かない。


「無駄だよ、デクスタロニーア。僕は、ついに成功したんだ。かつて、お前に壊された僕じゃない」

「それをもう一度壊してやるって、言ってんだろうがッ!」


 様子を見ていたらしいバールが、目にもとまらぬ突進でレヒターに躍りかかる。

 しかし、バールの振るう金梃は、レヒターに触れる直前にピタリと止まった。


「無粋だな。下民が王族の語らいに割り込むんじゃないよ」

「なんだと……!?」


 レヒターから放たれた魔法の衝撃波が、バールを大きく吹き飛ばす。


「バール! 大丈夫?」

「問題ない! だが、くそ……ッ」


 バールにはロニ殿がついておる、問題ない。

 問題なのは、レヒターの使うあの力だ。

 過去、レヒターと対峙した時はあのような力を持っていなかった。


「驚いているようだね? デクスタロニーア。これが、あの日……僕が手に入れられなかった力だよ。そう、『ズヴェン』に約束し、約束された力さ」

「まさか……!」

「そうとも。僕の身体は……『ズヴェン』そのもので出来ているのさ。僕は『ズヴェン』で『ズヴェン』は僕。二人で同じ願いを共有するたった一人の僕。それこそが、君の眼の前にいる神なんだよ」


 無数の赤い光線がレヒターの指先から発射され、それを辛くも躱す。

 いくつかは掠ったが、致命的なダメージではない。


「知っているかい? 『ズヴェン』の願いを」

「なんじゃと?」


 『ズヴェン』の願い?

 意志のようなものがあるらしいとは父から聞いていたが、『願いを叶える魔法道具アーティファクト』が、願いをもつなどと。


「彼はね……たくさんの願いを叶えてきたんだって。たくさんの人の想いを叶えてきたんだって」


 どこか恍惚の表情で笑みを浮かべながら、レヒターが語り出す。


「そして、疑問に辿り着いた。自分の願いは誰が叶えるのかって。その時初めてズヴェンは自我を持ったんだ。でも、ね、ズヴェン次元核レムシリア・コアだ。誰かに願われて乞われて、それで初めて、『全知録アーカーシャ』へ触れることができる。だからさ……レヒターズヴェンは一つになることでお互いの願いを叶え合うことにしたんだ」

「何を言っておるのだ?」

「こういうことさ」


 膨大な魔力が、レヒターズヴェンから放射される。

 その濃厚で重厚で強大な魔力は、現象として世界を歪めていく。


「ぐぬ……!」

「ぐあ!」

「あぅ……」


 重みがのしかかり、思わず膝をつく。床にへこみはない。だが、一つ目巨人サイクロプスにでものしかかれたような重圧が、体をミシミシと押さえつけていく。

 バールは耐えているようだが、ロニ殿は気を失ってしまったようだ。


「このような……もの!」

「無駄だよ、デクスタロニーア」


 ご満悦な様子で、レヒターが足を組む。


「神王の御前に相応しい姿勢になったじゃないか。そう、これさ。君たち下等生物を飼育する神に……レヒターズヴェンはなることに決めたんだ」

「なんじゃと……?」


 這いつくばる自分の身体が、徐々に沈み込んでいくのがわかる。

 無理やり転送されているような、特異な感覚。


「デクスタロニーア。裏切りは大罪だ……。だが、弟の首を切り離すのは忍びない」

「何を……!」

「今度はお前の番だよ。永遠の闇を彷徨うがいい」


 次の瞬間、儂の身体はどこか溶けるようにして、闇へと滑り落ちた。

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