第25話 第三章 知りたいとは思いませんか、文明がどこから来たのか。(6)

 突然口を開く、「クイ、セース(これは何ですか)」

 突然だったので驚いたが、すぐにピンと来た。

 ラテン語だ。

 少女が見ていたのは、本棚に平置きされたラテン語複写本だったのだ。

 またも驚きだ。ヨーロッパでそれなりに使われている言語なら別に驚きはしないが、よりによってラテン語とは!

 ラテン語はヨーロッパでは古代から近代まで、公文書の記録文字として機能しているが、会話で使うとなると相当昔に途絶えているはずだ。

 古代では普通に会話もなされているが、今も日常会話で使っているとなると、ヴァチカンの聖職者くらいしか思いつかない。

 だが俺は考古学の専門家でもあるので、当然ラテン語をマスターしていた。

 ラテン語を知らないと、古文書の解析は難しいからなぁ。

「クイ、エスト、ティビ、ノーメン?(あなたの名前は?)」

 ラテン語は久しぶりだが、思い出しつつゆっくり尋ねる。

「クイ、エスト、ノーメン?(名前とは何ですか?)」

 少女が答える。

 やはりこの少女は、ラテン語を話せるのだと確信した。

 そういえば! 初めて出会った時、『ダンテの神曲』を口ずさんでいたっけ・・・。

 しかし少々困ったのは、こちらがあまりラテン語を流暢に操れないことだ。

 考古学研究で、海外赴任歴がそれなりにあるので数か国語を操れるのだが、それでも、普段使っていない言語を話すのは一苦労だ。

 会話能力というものはやはり、使っていないと劣化する。

 たとえば情報機関のエージェントや特殊部隊の隊員は、自らの会話能力を維持するために(潜入時に怪しまれないよう、ネイティヴ同等に話せることが求められるのである)、その言語をネイティヴに話している地域で定期的に滞在するよう工夫しているらしい。

「名前、分からないか?」

 こちらの話し方がたどたどしい。慣れていないから仕方が無いんだけれど。

「・・・わたくしの、識別名でしょうか?」

「ああ、この際それでもいい」

「・・・『ヴィオレンテーリア・アルティフィキャリス』・・・と申します」

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