第35話 自分のしたことの意義

「おお、片岡。大丈夫か?」


 ミルクと砂糖たっぷり入れた甘いコーヒーを飲んでいたら、声を掛けてくれたのは三田ケ谷。ルーファさんと一緒だ。

 テレビと伊勢田さんの配信を見てこっちに駆けつけてくれたらしい


「ああ、大丈夫、ありがとな」

「悪いな……援護できなくてよ」


 ちょっとばつが悪そうな顔で三田ケ谷が言うけど。

 一階層の探索にも加わったらしいし、わざわざ来てくれるだけこいつはなんだかんだでいいやつだと思う。



 ダンジョンマスターを倒した後、ダンジョンは崩壊して地上に戻った。 

 映画のように崩れるダンジョンを必死で走るのかと思ったけど……周囲のタイルがバラバラと崩れて、そのまま気づいたら地上にいた。


 ただ、崩壊するダンジョンを走るケースもあるらしいけど。

 全員疲れ果てていたし、絵麻や朱音がいることを考えるとそうならなくてよかった。


 警察がスクランブル交差点を取り囲んでいて、沢山のライトが夜空を照らしている。

 交差点は元の通りでダンジョンが発生したことは感じられない。鑑識の人や学者のような人が交差点を何やら調べていた。 

 

 絵麻と朱音、それに七瀬さんは警察に保護されて休息をとっている。

 今回のこのダンジョンはいろんな意味で特殊だった。発生の仕方もだけど、ダンジョンの中で起きたことも。

 魔討士の協会の人や警察の人に色々と聞かれたけど、それも終わって。

 あとはなにやら待っていれば警察の人が家まで送ってくれるらしい。


 警官のバリケードの向こうにはテレビ局のカメラとかが見える。そのさらに向こうにはたくさんの野次馬が見えた。

 空からはヘリの音。周りでは沢山の人の話し声と、多分ニュースのレポーターの声で結構騒がしい。

 テレビ局のカメラの前でレポーターと話していた伊勢田さんがこっちに歩いてきた。


「テレビ局の人が君も撮りたいようだけど、どうする?」


 一瞬自分の顔とインタビューが全国のお茶の間に流れることを考えたけど……テレビデビューより気恥ずかしさの方が先に立った。


「いや、止めておきます」

「テレビは嫌いかい?まあいいさ」


 そう言って伊勢田さんがテレビ局の人らしきカメラを持っている人に合図した。


「ありがとうございます。妹を助けてくれて」


 あのダンジョンマスターの強さを考えれば……この伊勢田さんと七瀬さんなしで、僕等だけで勝つのはまず無理だっただろう。


「気にすることは無い。感謝してくれるなら、私の動画に出て魔討士とはかくあるべし、というのを語ってくれると嬉しいね」


 本当に気にしてないって感じで伊勢田さんが言う。


「僕なんかでいいんですかね」

「君は銀座で突発的に発生した多層ダンジョン発生にあたって、3人の民間人を守り抜き、さらに深奥まで進んで二人を救助、そしてダンジョンマスターを討伐した」


 ……言語化されると確かに結構凄いのかもしれない。まあ僕一人でした訳ではないけど。


「銀座の此処にダンジョンが出来たらどうなっていたか分かるだろ?君は英雄と言って良い。ほら」


 伊勢田さんの指さす方に目をやったら、手を振りながら優君がこっちに走ってきた。

 その後ろから男の人と、小さな赤ちゃんを抱いた女の人。お父さんとお母さんかな。


「君が片岡君かい」

「ええ」


 男の人が声を掛けてくる。

 40歳くらいだろうか。背が高くて、いかにも高そうな感じの茶色のジャケットを着た、ダンディな紳士って感じの男の人だ。


「貴方が裕を守ってくれたと聞いた。本当に……本当にありがとう。感謝する」

「僕だけじゃないですよ」


 檜村さんもいたわけだし。

 男の人が強く握手をしてくれる。奥さんらしき人が後ろで頭を下げてくれた。

 

「ありがとう……この恩は絶対に忘れない」


「お兄ちゃん、やっぱり強かったんだね!」

「ありがとう、優君も強かったね」

「うん!」


 自慢気に笑って優君がうなづく。小さな手とハイタッチした。


「もし差し支えなければ連絡先を教えてもらえるかな?」

「ええ、別に構いませんけど」


 電話番号を言ったら、お父さんが手帳にさらさらとペンを走らせて満足げに頷いた。


「僕もお兄ちゃんみたいに強くなるね」

「後日必ず連絡する。このお礼は必ずさせてもらうよ、いいね?」


 そう言ってお父さんが名刺を渡してくれる。

 なにやら立派な名刺で、英語と日本語が書かれていた。なんか社長とか書いてあるんだけど……

 裕君がお母さんに手を引かれながら手を振ってくれた。


 入れ替わるように近づいてきたのは、相馬さんの夫妻。

 疲れた感じだけど、怪我とかは無いらしい。


「無事でよかった……こんなことしか言えないが、本当に無事でよかった」

「あの……妹さんは……?」


 奥さんがおずおずと訊いてくるけど。


「ああ、助けられましたよ。今は休んでます」

「本当に……どう感謝していいか」


 相馬さんの奥さんが安心したように大きなため息をついた。


「ごめんなさい、あの時……あんな風に言って」

「いえ……気にしないでください」


 こういう風に言われると、自分がしたことは良かったことだって感じる。

 それはそれで誇らしいんだけど。ただ正直言って、こんな風に言われるとどう答えればいいのか分からない。

 やってやったぞ!どうだ!とドヤ顔でもできればいいのかもしれないけど……ちょっとそういうのは柄じゃないな。 


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