第14話 ねじ伏せてやる!
合図と同時に目の前に穂先が迫っていた。
「何?」
とっさに刀を立てる。ガンと手に衝撃が走って枝刃が刀とかみ合って押された。穂先が頬に触れる。
すっぽ抜けそうになる刀を握った。
如月の立ち位置は変わっていない。
5歩ほどは離れているけど……この距離でも届くのか
「どうした?ちょっと乙類のボクには刺激が強すぎたか」
そう言って如月が槍を横に構え直す。
もう一度突きが飛んできた。今度は二段突き。どうにか刀で払いのける。
突きに併せて踏み込もうと思ったけど、槍の枝刃に引っかかりそうになって下がった。
漫画だと格好いいだけに見えるけど、実際に相対するとあれがあるのはかなり厄介だ。
当たり判定がでかい、というか突きが点じゃなく線になる。避けるにも大きく横に避けるか、下がるしかない。
「おら!どうした!」
また突きが伸びてきた。かなり距離をとったつもりだけど、それでも穂先が届く。
間合いが飛び道具のように長い。穂先や枝刃が頬や首筋をかすめた。何歩分、間合いの差があるんだ。
踏み込まないといけないのは勿論わかっているけど。
踏み込もうとしたところで穂先がこっちを向くと、とっさに足が止まってしまう……近づけない。
踏みとどまらないといけないと頭ではわかっている。でも、突きに押されるようにまた一歩下がってしまった。
如月が恐ろしく遠くにいるように感じる。
思っていたよりこいつははるかに強い。甲の5位は僕より全然上なのか。
……どうすればいい。頭も足もふわふわしていて、考えがまとまらない。
「おい、片岡ぁ!」
ぼんやりした頭に、不意に師匠の大声が飛び込んできた。
★
「なんなんだ、そのへっぴり腰は!ああ?」
目をやると、試合場の外で師匠が恐ろしい怒り顔で僕を睨んでいた。
「そのダセェチャンバラ、お前の女に見せられんのか!?」
頬をひっぱたかれた気がする。師匠のカツで少し頭が冷えた。
間合いで負けている相手とこの距離で戦っていては勝てるはずもない。相手の攻撃は届くけど僕の刀は当たらないところで戦ってどうする。今は風の斬撃は飛ばせないんだし。
後ろに飛んで大きく距離を取った。仕切り直す。ささくれた畳の感触が足の裏に伝わってきた。大きく息を吸って吐く。
刀を剣道のように正眼に構え直した。
如月が槍を構えたまま少しづつ間合いを詰めてくる。
もう一度牽制気味に突きが飛んできたけど。今度は下がらずに受けた。
大丈夫だ。予想より遠く伸びてくるけど、それだけだ。突き自体は落ち着いていれば見える。十分対処できる。
少し気持ちに余裕が出来た。さっきまで異様に遠く感じた如月の姿が近くに見えてくる。
「ザコが、逃げ回ってばかりだなぁ」
如月が槍の穂先を挑発するようにゆらゆら揺らしている。
こいつはさっきから振り回しはしないで突き一辺倒だ。僕のことをバカにしてるからなのか。
師匠の言葉を思い出す。敵をよく見て戦力を見抜け。敵の強さを見極められなければ死ぬ。
強い敵には隙を見せず、勝機を見いだせ。
そして、弱い相手は侮らず速やかに制圧せよ。油断は恐怖と同じくらいに死を招く。敵を侮って負ける奴は三流以下。師匠が言ってたな。
「もう逃げられねぇぞ。降参して僕の負けですっていったら痛い目に会わなくて済むぜ」
畳を見ると赤い場外のライン上だった。随分押されてたな。
実戦に場外は無いけど、一対一の訓練だと場外は反則になる。でももう下がる気はない。足で畳を強く踏み締める。
中段を止めて刀を上段に構え直した。
こいつは真っ向勝負でねじ伏せたい………いや、ねじ伏せてやる。僕はできる。
僕の言いたいことが分かったのか。如月が薄笑いを浮かべて槍を構え直した。十字槍の穂先がまっすぐ僕を向く。
集中できている。5メートルは離れているのに、あいつの息遣いも聞こえる気がする。
まっすぐに突き出された槍の穂先がわずかに動いた。
来る。
★
「くたばれや!」
わざわざ声でタイミングを教えてくれるとは。声からワンテンポ遅れて槍が突き出された。
大きく踏み込んで足で強く畳を踏む。
相手の武器を打ち落としたり弾くときは、まずそれだけに集中しろ。落として次にどうするかなんて小賢しいことは後から考えろ。
打ち落としとか弾きをやろうとして散々失敗してお説教されて身に染みた。
鋭く突き出された穂先に真上から叩きつけるように刀を振りおろす。ガツンと音がして、鉄の棒を殴ったような感触が手のひらを叩いた。
撃ち落とした槍の穂先が床に当たって跳ねる。
「俺の槍が!?バカな!」
如月が槍を持ち上げようとするけど。
「させるか!」
一歩踏み込んで槍の柄を刀で叩く。如月が前のめりに崩れた。
足を自然に前に運べ。正しく動けば刀はそのまま出る。もう半歩踏み込むと如月が間近に迫っていた。
槍を持ち上げて防御しようとするけど、もう遅い。
反転して踏み込んで無防備な胴をなぎはらった
手ごたえあり。鈍い音がして衝撃が刀から伝わってくる。
如月がよろめいた。普通ならこれで致命傷だけど、模擬刀だからまだ動ける。踏みとどまって槍を構え直すしぐさを見せた。
相手が倒れるまでは油断せず、止めを刺せ。
槍を構え直すより早く、無防備な頭に上段から打ち下ろしを叩きこんだ。
★
如月がよろめいてしりもちをついた。模擬刀とはいっても、実戦を想定しているからかなり重い。
槍が畳の上に転がった。
「てめえ……何しやがる」
頭を押さえた如月が僕を見上げて怒りの声を上げる。正直言って結構痛かったと思う。同情はしないけど。
硬めのボクシングのグローブでぶん殴られた感じ、とはボクシング経験者の言葉だ。
「わざわざ追い打ちとはいい度胸じゃねぇか、喧嘩売ってやがるのか?」
「いや、今お前はまだ戦おうとしただろ?なら……」
「こいつの言う通りだ。まだ敵が動いているなら止めを刺すのは当然だ。違うか?」
僕が言うより先に師匠が言ってくれた。
如月が口ごもる。偉そうな態度だったけど、流石に師範格に口ごたえはできないらしい。それにまだ何かしようとしていたのは自分でよく分かっているだろうし。
舌打ちして如月が立ち上がった。
師匠が睨むと、しぶしぶって感じで槍を壁に戻して練武場から出ていこうとする。
「おい!」
背中に呼びかけると、如月が止まった。
「僕の勝ちだ」
「うるせえんだよ、能力を使った実戦ならなぁ、てめえみたいなガキに」
振り返った如月が言う。確かにそうかもしれないけど。
「勝ちは勝ちだ。あんたが売った勝負だぞ」
強く言い返すと如月が黙った。
「もう檜村さんに近づくな」
「……クソガキが」
吐き捨てるようにいって、畳を一蹴りして如月が出て行った
練武場が静かになる。ようやく緊張が途切れた……危なかったけど勝ち切れてよかった。
「一発目で終わらなかったのは運が良かったな」
師匠がタオルを放ってくれる。受け取って髪の汗を拭いた。
確かにあの初弾を止められたのは運が良かったな。
「まあ、戦場では運は大事だ。それに、その後はいい気迫だったぞ。技を極めても最後にそれを使うのは人の心だ。気合は大事だぜ」
真剣な顔で師匠が肩を叩いてくれる
「しかし、なんだ、お前強くなったな……男子三日合わざれば刮目して見よってやつか。大したもんだ」
「ありがとうございます」
「で、だ。そいつは余程いい女なんだろうな。次はそいつもつれて来いよ」
真面目な顔から一変して、師匠がゴシップ誌を読むかのような楽し気な顔になった。
……なんだかなぁ。
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